第3章-第16社 居残り稽古(その五)
放課後。稽古場での居残り稽古も人数が増え、秋葉、熾蓮、悠、薫、樹、初音の六人となっていた。二組に分かれての祟魔と戦闘を終え、後攻組だった秋葉、薫、樹の三人が模擬戦闘ルームから出てくると、白澪が稽古場に入って来た。
「あれ? 白澪じゃん。今の時間って保健室にいるんじゃなかったっけ?」
悠が首を傾げながら尋ねる。
「貴方たちが揃いも揃って毎日のように保健室に来るもんだから私がこっちに来た方が早いと思ったのよ。当直は香月に任せてあるから心配ないわ」
白澪の来訪理由に秋葉たちはそっと目を逸らす。居残り稽古を始めてからというものの対人戦や祟魔との戦闘で傷が絶えず、治して貰おうとことあるごとに保健室へと通っていたのだ。
「後、これ持ってきたから好きに食べてちょうだい」
白澪はビニール袋の中からクッキーやチョコレート、飴などのたくさんのお菓子袋を取り出して机の上に置いた。
「ありがとう白澪」
「ちょうど甘いものが欲しかったから助かる」
薫と樹はそれぞれホワイトチョコレートと抹茶チョコレートを手にした。二人に続いて秋葉はミルクチョコレート、初音はいちごチョコレートを取って食べる。
「にしても結構持ってきたね。これわざわざ買って来たの?」
「いいえ、これ全部白澪のお菓子ボックスに置いてあるものよ」
初音の話に尋ねた秋葉は目を丸くして食べる手を止める。
「甘いもの食べないとやってらんないのよね~」
そう言って白澪はクッキーを次々と口の中に放り込んだ。
「医者の不養生やんけ……」
「いいのよ。内科医のあいつと違って私の専門は外科だから」
熾蓮がジト目で白澪を見れば、彼女は懐に仕舞ってあった医師免許を見せた。治療院から発行されたそれには治療師・市ノ瀬白澪の下に担当・外科と記されている。
治療師は祓式が使えなくなった時のために一般の医術も身に着けているようだ。その歳で医師免許を持っているとは凄いなと唖然としていると、クッキーを頬張っていた白澪がこめかみに二本の指を当てた。少しして白澪の顔が険しくなり、やがて指を離した。
「どうしたん?」
「今、緊急で呼び出しがかかって香月が出て行ったのよ。最近、患者が増えてきてるから大方その手伝いでしょうね。もしかすると、私も途中で抜けるかもしれないからその時はよろしくね」
香月と念話をしていた白澪が告げると、その場にいたみんなが首を縦に振った。治療師というのは医者同様、昼夜問わず呼び出しがかかると現地に出向かなければならないため、大変だなと秋葉は思う。
「そういえば最近、祟魔の数が増えとるらしいな。衆の連中が言うとったわ」
「先日、親父の仕事で同行したけど、確かに増えてたな」
熾蓮の話に樹も頷きながら応じる。
「昨日ちょうどそれでわたし、春日野守の巡回に加わるよう呼びだされたんだよね。日輪に所属してる母さんや兄貴たちも駆り出されてるのか、しばらく家に帰って来てないみたいだったし……」
「日輪の課長務めてるあたしのお父さんも、似たようなこと言ってたよ」
薫と悠も立て続けに口にした。二人の言う日輪とは代報者によって構成される警察機関で、警視庁や県警とは違って本部が京都にあり、祟魔討伐は勿論、祟魔や祓式保持者に関する犯罪を専門に取り扱っている。
と、熾蓮が秋葉、悠、初音の三人へチラッと視線を向けた。
『日輪も動き出してるとなったら、これは警戒せんとあかんな』
『うん。お父さんによると、主に京都市内で増加傾向にあるらしいから尚更だね』
『了解よ。秋葉も何かあったらきちんと報告すること。良いわね?』
『分かった』
初音から念話越しに言われ、秋葉は強く返事をする。試験も目前に迫ってきていることだ。いつも以上に周りには気を付けておいて損はないだろう。
そう気を引き締めていると、初音がパンッと手を叩いた。
「話はこれぐらいにして、巫級代報者試験まで残り一週間切ってることだし、そろそろ実際の試験や任務の流れを掴んでおいた方が良いでしょう。予行演習も兼ねて模擬演習ルームに移動するわよ」
初音の指示に秋葉たちは、軽動術試験が行われた演習場内にある模擬演習ルームへと向かった。
◇◆◇◆
試験本番では十五分の間に、この模擬演習ルームに潜む荒級・準烈級の祟魔合わせて十体を探し出して祓うことになっている。
手始めに試験本番通り二人一組のペアを組んで、荒級祟魔十体を捜索して祓い、何分で祓えたかを見ることに。
空間全体に市街地が形成され、トップバッターの秋葉と熾蓮がスタート位置となるビルの屋上に着く。
『えーっと、ここを操作してっと。二人とも準備は良い?』
『いいよ~』
操作盤を使って設定を終えた初音から念話で声が掛かり、朱華を身に宿した秋葉はそう返す。
『よーいスタートッ!』
初音が言った直後、室内にブザーが鳴り響いた。ビルの屋上から飛び降りた秋葉と熾蓮は建物の屋根を伝って移動しながら、自分の祓力を薄く周囲に飛ばして索敵する。
すると、十数メートル圏内に五体、更に祓力の感知範囲を広げるごとに十体とどんどん祟魔が増えていく。
『って、なんか数多くないっ⁉』
『十体どころとちゃうでこれ!』
秋葉は勿論、少し離れたところで祟魔を探していた熾蓮も思ったのか動揺した声色でみんなに向かって念話を飛ばす。
『あっれ? おっかしいわね……。ちゃんとマニュアル通りに操作したはず……って、百体になってるぅ~⁉』
『おい待て、嘘だろっ⁉』
『初音ったら何やってるのよ!』
初音の話に、模擬演習ルーム内の非戦闘区域にある展望室で様子を見ていた樹と白澪が念話越しに声を上げる。
『ご、ごめんなさい! なんか間違えてゼロを一つ多く押しちゃってたみたいで……』
自分でできるようになりたいからとの初音の申し出に、許可を出して操作盤の設定を任せたのが間違いだったと秋葉は頭を抱える。
『ど、どうすんのさ! 時間制限がない分、一度スタートしたらもう戻せないよ⁉』
『えぇい! こうなったら全員で探し出して祓い切るよ!』
同じく展望室から見物していた悠がパニックになる中、薫が意を決したように言い放つ。
雑居ビルの屋根から路地裏に着地した秋葉は、桜の花弁を纏わせ、壁を足場に潜んでいた数体の人型の祟魔を斬り伏せる。
予行演習開始から十数分。合流した白澪とともに道路上に群がる四つ足型の荒級祟魔を一掃していると、十数メートル離れた信号機から真下の地面に降り立った薫が周囲にいた数体の祟魔目掛けて雷撃を放った。
と、薫の攻撃を避けた四つ足の祟魔がこちらに向かって走ってくる。
「秋葉! そっち行ったの頼める⁉」
「任せろ!」
薫の声に応答し、やってきた祟魔を逃すまいと地面を蹴った秋葉は、下段から刀を水平に振り上げて首を跳ねる。首を跳ねられた祟魔が黒い霧となって消える中、秋葉はこの場を白澪と薫に任せて次の祟魔を探すべく建物の上へと飛び移って捜索を再開する。
そうしてビルとビルの間を移動していると、ふと模擬戦闘ルームの壁際に張られた結界が視界に入った。空間操作の祓式が付与された結界には一メートルほどの一本の線が入っており、秋葉は同じようなものを前にも何処かで見たような気がして眉を顰める。
すると、左前方から爆発音が聞こえて来た。霊眼で視力を上げた秋葉が音の鳴った方へ目を向けると、熾蓮と悠が密集したオフィスビルの上を跳んでいるのが見えた。彼らの近くには全長二メートルはあろう鳥型祟魔が飛来していた。
等級はその大きさからして準烈級だろう。鳥が二人に向かって祟気を纏った突風が放射される。すぐさま秋葉は祓力で脚を強化し、突進。直撃する寸前で熾蓮と悠の前に降下し、紅葉で防御する。
その後、三人で連携しつつ、鳥型祟魔と交戦。秋葉と熾蓮が桜の斬撃と炎の斬撃を飛ばして翼を削ぎ、祟魔が地面に向かって落下したところで下にいた悠が建物の間や地面からツタを発生させて拘束する。
「秋葉、熾蓮!」
「あぁっ!」
悠から声をかけられ、返事をした秋葉と熾蓮はビルの上から飛び降りると共に、祟魔の核となる祟核目掛けて刀を振り下ろす。二本の刀が祟核を破壊するのと同時に祟魔が悲鳴を上げ、黒い霧となって消えた。
刀を降ろして一息ついた秋葉はこめかみに指を当て、みんなに向けて念話を飛ばした。
『ねぇ、さっき模擬演習ルームの内側に張られた結界に線みたいなものが見えたんだけど……』
『それホンマか?』
『うん』
熾蓮の問いかけに秋葉は小さく頷く。
『線ってことはムラの類かもしれんな。一応、確認しに行きたいんだが、案内できるか?』
『勿論』
樹から頼まれた秋葉は悠に後を任せ、熾蓮と共に樹の元へ急ぐ。途中、樹と落ち合った秋葉は合間合間に祟魔を祓いつつ、目撃した場所まで二人を誘導する。
「ここだ」
ビルの屋上へと降り立った秋葉は壁際に張られた結界へと視線を向けた。熾蓮と樹も霊眼を起動して結界を凝視するが、先ほど秋葉が目にした線は消えていた。
位置が違うのかもしれないと三人で周辺をくまなく見て回ったものの、結界にムラもなく異常は見当たらなかった。しっかりと張られている結界に、再度屋上へと戻って来た熾蓮と樹は唸り声を上げる。
「何もあらへんように思えるけどな……」
「一通り見て回ったが、ムラもないし線も入ってない……。見間違えじゃないか?」
「かねぇ……」
樹の投げかけに秋葉は首を傾げながら呟く。だが、どうにも見間違いとは思えない。前にも似たような線を何処かで見た記憶があったので試しに辿ってみる。
と、その時のことを思い出した秋葉は熾蓮に向けて念話を飛ばす。
『入居当日にも楼門近くの三重結界で似たような線が見えたから、見間違いってことはないと思うんだけど……』
『念のため、学園長と織部先生に報告しとくわ』
『ありがとう熾蓮』
秋葉が念話越しにお礼を言うと、樹から肩を叩かれた。
「おい、二人ともあそこ。物陰に隠れてる」
「ホンマやな」
熾蓮が同意するのを聞いた秋葉も樹が指差した方向を視てみると、小柄な祟魔が五体、大きな換気扇の裏に身を潜めていた。
『うっし! まとめて叩き斬ってやる!』
『あんま調子に乗らないでよ~』
やる気に満ちた朱華の声が脳内に響き、宥めるように言った秋葉は熾蓮と樹に続いて屋上のフェンスを乗り越え、祟魔の元へと接近するのだった。
◇◆◇◆
戦闘開始から一時間後。ウエストポーチのチャックを開けた白澪が消毒液とガーゼを取り出す一方、秋葉たちは揃って地面にひっくり返っていた。
「し、死ぬ……」
「何とか祓い切ったね……」
「だぁー! 疲れたー!」
地面に寝そべっていた熾蓮、薫、悠が声を漏らす。憑依を解いた秋葉も流石に百体はキツすぎると疲弊した表情で床に這いつくばって溜め息を吐いていた。
「今すぐにでも治療したいところだけど、全員分を治せる祓力が残ってないわね……」
困り果てたように白澪が溢すと、念話が飛んできたのか彼女はこめかみに指を当てる。その様子をぼんやり眺めること数十秒。話を終えたのか白澪が倒れているみんなを見てこう言った。
「ちょうど今香月が戻ってきたところだから保健室に行きましょうか」
「はーい」
間延びした声で返事をした秋葉たちは身を起こして立ち上がり、いそいそと模擬演習ルームを出て行った。
◇◆◇◆
保健室に着くと、制服の上から白衣を身に纏った香月が椅子に座った状態で待機していた。
「白澪が着いていながらこの有り様とは……」
「悪かったわね。こっちだって祓うのに精一杯だったのよ」
全身傷だらけの秋葉たちを見て呆れる香月に、白澪はぶっきらぼうに返した。祓力を全身に纏って保護してはいたものの、百体もの祟魔を祓ったおかげで身体はどこもかしこもボロボロになっていた。
「それで一体、何があったんだい?」
「えっと、実は……」
香月が机に頬杖をつきながら尋ねると、今回の事態を引き起こした張本人である初音が事情を説明した。話を聞いて納得した香月は、祓式の一つである千里眼で白澪、熾蓮、薫、樹を診察する。
次いで橘の霊薬が入ったバイアルからシリンジで薬液を取り出し、注射針をセットして治していく。回復した白澪も治療に復帰し、秋葉と悠の全身を覆うように浄化作用のある水を付与する。
そうして全員の治療が終わったところで、白衣を脱いだ白澪がシリンジから注射針を取り外している香月へ近寄った。
「ちなみに向こうはどうだったの?」
「重傷者が数名いたけど、僕が全員漏れなく生かしたよ」
「そう。良かったわ」
香月が外した注射針を破棄用のボックスへ入れながら言うと、ホッとしたように白澪の表情が和らいだ。
「けど最近、低級祟魔の数も増えて来てる分、百体討伐は結構いい稽古になるんじゃないかな?」
「……確かに」
「取り入れてみる価値はありそうだな」
「えぇっ⁉ ちょっとみんな⁉」
香月の提案に秋葉と樹が同意する一方、百体討伐の引き金となった初音は焦りを見せるのだった。




