第3章-第15社 止血術
翌日。五限目の演習授業で行われる止血術は、水による治癒の祓式を持ち、治療師としても活躍している白澪から教わることになった。
止血術とは、祓力を用いて怪我の止血を行う祓術の一種だ。
と、白衣を着て前に立つ白澪の横に見慣れない男子生徒が立っていることに気づく。オレンジ色の長髪をハーフアップにした黄緑の瞳の彼は、制服の上から白衣を羽織ると一歩前へ出た。
「どうも、一年B組の橘香月です。他クラスの僕が呼ばれるのもどうかと思うけど、生憎と保健医の先生が出張で出られなくなった代わりに助っ人として入ることになりました。よろしくお願いします」
香月は穏やかな口調で自己紹介を終えた。
織部からの捕捉によると、彼は京都府八幡市にある石清水八幡宮の神職で、橘の霊薬を用いた治癒の祓式を持っているようだ。
「全く、何でよりにもよってあんたなのよ……」
「別に良いじゃないか。実際、人手は足りてないんだし」
白澪が隣にいる香月を見て顔を歪めるのに対し、当の彼は澄ましたように笑みを浮かべながら言った。
「白澪と香月って知り合いなの?」
「そうよ。入学前に所属していた治療院でこいつとは何度も組まされてね。その時からの腐れ縁ってわけ」
悠の質問に白澪は首を縦に振って応える。彼女の言い方に怒気が込められているのを感じ、これは何かあるなと秋葉は思う。
「それで止血術についてだけど、言葉で説明するより先に実演して見せた方が早いでしょうからやってみるわね」
白澪は白衣のポケットから医療用ナイフを取り出し、利き腕と反対の右腕をみんなに見えるように掲げた。
彼女が躊躇することなく前腕部へナイフを入れると、血がだらっと流れ出す。白澪が左手を傷口に翳して祓力を流し込んで翳した手を退ければ、流れていた血が止まった。
「これが止血術よ。傷口に祓力を流し込んで膜を作るだけ。ほら、簡単でしょ?」
口元を緩めて笑った白澪は持っていたナイフを透明な袋に入れる。そんな彼女の様子を隣で見ていた香月は呆れたように目を細めた。
「白澪は簡単だとか口を抜かしているけど、止血術には結界術同様、かなりの精神力と集中力が必要になってくる分、そうすぐにできるものでもないんだ。任務中、必ずしも僕らが傍にいるとは限らないから、失血多量で死ぬような羽目にならないように今日でしっかり習得してもらうよ」
止血術の際の注意事項などを教わったところで、実際にやってみることに。全員が一気にやってしまうと、いざというときに対応できないため、順番に一人ずつそれぞれ白澪と香月の目の前で行う。
空いた時間で織部から試験本番と任務の流れの説明を受けていると、秋葉の番がやって来た。紺羽織を脱いだ秋葉は白澪の元へ行き、ナイフを受け取る。ナイフで腕に切り込みを入れると、じわっと血が流れて来た。
傷口がじんわりと痛み出す中、手を翳した秋葉はムラの無いように傷口を膜で覆うイメージをしながら祓力を流し込む。と、傷口の上に祓力を由来の透明な膜が現れ、流れていた血が止まった。
「これでどう?」
「うん、できてるわね。そのままだといくら祓力で止血してようが、菌に感染する恐れがあるから包帯を巻きましょうか」
白澪から包帯を渡された秋葉は正しい巻き方を教わってから、実際に前腕部へ包帯を巻きつけていく。終わったところで白澪からチェックを受け、秋葉は無事に合格を貰う。
「包帯とテーピング材は勿論、祓力が枯渇した時のために消毒液と止血用のガーゼは常備しておくといい」
横で見ていた香月が付け加えるようにして言った。
「分かった。ありがとう二人とも」
「えぇ。どういたしまして」
お礼を言った秋葉は、その場を後にする。そうして全員の番が終わって再び整列すると、前にいた白澪が口を開いた。
「最後に二つ、みんなに言っておくことがあるわ」
「一つ、止血術及び治癒の祓式を使ったからと言って、血まで戻るわけじゃないから貧血には注意すること」
香月が人差し指を立てながら話す。どうやら止血術も治癒の祓式も万能ではないようだ。今回も少量とは言え、血が出ているので今日一日は貧血に気を付けておくべきだろう。
「二つ、怪我をしたらできるだけ早く保健医の先生か私、もしくは香月に診せてちょうだい。念話で呼びかけてくれたら向かうことも可能だからその時は遠慮なく言うように」
些細な怪我でも放っておけば命取りになるからと白澪が最後に忠告し、授業が終わりを迎えるのだった。




