第3章-第14社 居残り稽古(その三)
結界術の授業を終え、秋葉、熾蓮、悠、初音の四人がいつものように稽古に励んでいると、扉が開いた。
「すまん。ちっと遅れた」
「お、樹いらっしゃーい」
入って来た樹に気づいた悠が声をかける。一旦、休憩にしようと秋葉たちも各々武器を仕舞って樹の元に向かう。
「ふわあああ……眠い」
「連日授業と稽古で寝不足だろうと思って、みんなにマッ缶の差し入れだ。これ飲んで目ぇ覚ませ」
夜ということもあってか珍しく初音が欠伸をこぼしていると、樹が携えていた袋から人数分のコーヒの入ったペットボトルを出した。黄色のラベルには『MXAコーヒ』という文字が印されている。
「私、苦いのはあんま飲めないんだけど……」
昔から苦いものを苦手としている秋葉が遠慮がちに呟く。
「安心しろ。これは普通のコーヒーよりも甘い、というか甘さしかないから心配ないぞ」
「あ、ホントだ甘い」
樹の話を聞いた秋葉が恐る恐る飲んでみると口の中に砂糖と練乳の甘さが広がった。
これなら自分でも飲めるし、カフェイン効果で目も覚めることから作業のお供に良いなと頬を綻ばせていると、傍にいた熾蓮がペットボトルを見つめながら顔を引き攣らせていた。
「どしたの熾蓮?」
「俺らの寮室にマッ缶の入ったダンボール箱が大量にあってな……。二人で一本ずつ消費してるんやけど、最近やともう見るのも嫌になってきて……」
秋葉の尋ねに熾蓮は額に手を当てながら応える。
「んだと? マッ缶は美味いだろーが」
「そやかて、毎日飲むほどのもんでも無いやろ」
MAXコーヒーは千葉県と茨城県の間で古くから親しまれているもので、茨城県民の樹からしたらコーヒーと言えばMAXコーヒーらしい。
樹と熾蓮の間で火花が散っているのを眺めながら、秋葉がコーヒーを口にしていると、キョロキョロと辺りを見回していた悠が言った。
「あれ? そういや今日、薫は? 一緒じゃないの?」
「お前ら三人みたいにいつも一緒にいるわけじゃねぇよ。あいつなら春日野守の巡回に呼ばれたらしいから今日は不在だ」
樹は秋葉、熾蓮、悠の三人を呆れた目で見た。言われてみれば、入学式以降、ずっと行動を共にしているような気がする。最近ではそこに薫と樹、白澪も追加されているのでかなりの大所帯になっていた。
樹の話にあった春日野守は春日大社周辺の治安を守護する組織で、管轄地域に潜む祟魔を祓うことを責務としている。
春日大社の神職である薫もそこに所属しており、最近、低級祟魔の出没が増えているからと薫も駆り出されることになったようだ。
「とか言っちゃって~、なんかあったら薫と喋ってるくせに」
「うっさいな。んなことよりも、悠と熾蓮は結界術の方を何とかするぞ。悠は勿論だが、俺から見たら熾蓮もまだ甘いところがあるからな」
茶化してくる悠を一蹴した樹がそう告げると、悠と熾蓮は図星を突かれたようにして視線を逸らした。
「なら、三人が結界術の稽古やってる間、わたしと秋葉で対人稽古といきましょうか」
「おっけー。今日で居残り稽古始めてちょうど一週間だし、せっかくなら今の私の実力がどのぐらいか見てもらいたいからね」
「良いわよ。手加減抜きでいってあげるわ」
秋葉の言葉に、初音は誇らしげに笑みを浮かべる。
樹、悠、熾蓮の三人が結界術の稽古をしている傍ら、準備を終えた秋葉と初音はそれぞれ得物となる刀と薙刀を構えた。時間無制限の中、朱華を憑依させた秋葉が桜の花弁を纏わせた刀を横、縦と振った。
直後、秋葉の刀身から桜の花弁が初音に向かって放たれる。初音は跳び前転で一撃目を避け、次いでやってきた花弁の刃を手から放射した炎で塵にした後、炎の間を抜けて突進してきた。
「そこっ!」
初音は桜と炎を宿した薙刀で秋葉の顔を狙って突きを入れた。秋葉が瞬時にしゃがんで彼女へ足払いをかけるが、飛んで回避され、続けざまに薙刀が振り下ろされる。
刀で受ける間がないと判断した秋葉は地面を蹴り、横に転んでその場を退く。
「っぶねぇな……」
初音から離れて立ち上がった秋葉がぼやいた途端、朱華が秋葉の身体から離れ、憑依が解けた。突然のことに目を丸くしていると、霊体姿の朱華がぐいっと顔を近づけて詰め寄って来た。
「今のは、どう考えても迎え撃った方が良かっただろ!」
「いーや! 避けて一度距離取るのが正解だった!」
朱華と秋葉が大声で言い争う様子を目にした初音は、一度祓式を解除してやれやれというように溜息を吐く。
「ここ一週間で仲も深まって実力も出てきたと思った矢先にこれか……。二人とも仲良いんだか悪いんだかどっちなのよ」
「仲良くなんかない!/ねぇ!」
初音の呟きに秋葉と朱華は同時に否定する。
「あー、もう分かったからさっさと憑依しなさい。続けるわよ」
薙刀を構え直した初音にそう言われ、秋葉は不服そうに口を尖らせながら祓式を発動させるのだった。




