第3章-第9社 居残り稽古(その一)
祓式操作の稽古開始から三十分。朱華を憑依させた秋葉は、右手を前へと向ける。
無数の桜の花弁をイメージしながら手のひらに向けて祓力を流すと、脳裏で思い描いた以上の大量の花弁が自身の周囲に現れた。
「どわっ⁉」
あまりの多さに拍子抜けした瞬間、浮いていた大量の花弁が落ちてきて秋葉は尻餅を着くと共に桜の山に埋もれる。
「こら、集中切らすな! 常に花弁一枚一枚に均等に祓力を回す意識でいなさい!」
ガラス窓から様子を見ていた初音からマイク越しに声が飛んでくる。秋葉は気を取り直して、再度花弁を出現させる。
今度は集中を乱さないようにと神経を尖らせつつ、花弁に祓力を回して強度を上げて十メートル離れた先に設置された的へ放った。放射された花弁はまっすぐ的の表面に当たったものの貫通までには至らなかった。
「もっと強度上げないと到底祟魔には刺さらないわよ!」
初音に言われ、秋葉はもう一度花弁を周囲に出して先ほどよりも強度を上げて繰り返す。そうして桜の花弁操作を行うこと一時間。
「だぁー! 疲れたぁ……」
模擬戦闘ルームから戻ってきた秋葉が稽古場の地面に座り込むと、初音が近寄ってきた。
「強度と操作の正確性も重要だけど、ただでさえ憑依で祓力が持ってかれてるんだから、桜と紅葉操作による祓力の消費は最低限で済むようになさい。後、これ渡しておくから合間時間に練習しておいて」
「わ、分かった」
そう言って初音から渡されたのは木の枝を模した棒だった。一見するとただの木の棒に見えるが、祓力操作を鍛える機能がついており、通した祓力の量に応じて枝の色が変わり、先端から色の着いた葉っぱが生えてくる。
祓力量を必要最低限に抑えるには葉っぱの色を常時黄緑に維持しなければならず、多すぎると赤色に、少なすぎると青色に変化してしまう。段階も随時調整でき、それによって葉っぱの強度も変わるらしい。
「ねぇ、熾蓮。さっきの苦無出すやつあたしもやってみたいんだけど教えてくれない? そのついでに暗器の扱い方も見てほしいんだけど」
「ええよ、任せとき」
さっそく貰った棒に祓力を通していると、悠と熾蓮が話しているのが聞こえた。二人の元へ駆け寄った秋葉は質問を投げかける。
「二人に訊きたいんだけどさ、祓式操作ってどうやってる?」
「どうやってってそりゃ、木の葉をふわって出現させた後にシュッ! って感じで飛ばしてるよ」
「俺の場合はボッと出してドカーン! って祟魔にぶつけてるな」
(感覚派すぎて全く参考にならないな……)
聞いた相手が悪かったと後悔しつつ、悠と熾蓮が模擬戦闘ルームに入っていくのを見届ける。憑依を解いた秋葉は、再び木の棒に祓力を通しつつ、霊体になって顕現していた朱華を振り返った。
「ねぇ朱華~、後で団子奢ってあげるから巫式使ってるときどうやってるか教えてくれない?」
朱華は団子を始めとした甘味に目がない。朱華が主人公を務める『朱守祓魔譚』の作中でも時折、依頼を持ってくる先輩キャラへことあるごとに甘味を強請っては代わりに依頼を引き受けているのだ。
「なら、加茂屋のみたらし団子二十本で手ぇ打ってやる」
「あそこのみたらしまあまあするんだけど⁉ というか、一人でどんだけ食べるのさ……」
「教えて欲しいんだろ? だったらそれぐらい用意しろ」
「はいはい、朱華先生の仰せの通りに」
朱華をその気にさせる。そのためには好物で誘い出すのが手ではないかと結奈と舞衣との会話の最中に考えていたが、まさかこうも簡単に釣られてくれるとは思いもしなかった。
朱華は利己主義な反面義理堅く、対価を払えば必ずと言って良いほど応じてくれる。
「最初に言っとくが、こういうのは頭で理解するんじゃあねぇ。頭の中のイメージと感覚でやるもんだ。試しにオレが表出た状態でやってやるから、ちゃんと花弁操る感覚覚えろよ」
「分かった」
悠と熾蓮が模擬戦闘ルームから退室し、代わりに入った秋葉は朱華を己が身に宿す。憑依度を上げて朱華に肉体の主導権が渡ったところで、手を前にした朱華が桜の花弁を出現させて的へ放った。
すると、的が木端微塵に粉砕されて地面へと欠片が落ちる。一連の流れを今と同じことを今度は朱華が秋葉の精神世界に戻った状態でやってみると、放たれた桜の花弁が的を貫通し、半分に割れて落下した。
「おぉ、できた!」
『オレから言わせればまだまだだが、教える以前よりはマシだな。おら、もっかい行くぞ』
「はい!」
念話越しに朱華から促され、秋葉は勢いよく返事をした。
その後ぶっ通しで祓式操作をすること一時間。十分間の休憩時間になり、模擬戦闘ルームから出て来た秋葉は祓式を解いて熾蓮たちの元へ向かう。個包装のお菓子を口にしながら談笑していると、ふと熾蓮が秋葉を見た。
「呪物の一件以降、何も変わったこととかないか?」
「いや、特には」
熾蓮に問われ、ここ一週間のことを振り返ってみるが、祟魔らしき気配や視線を感じたことは無かった。
「ほんなら良かったわ」
秋葉の応えに熾蓮はホッとしたように笑みを浮かべた。恐らく愛宕衆に報告しなければならないのだろう。常時周囲を警戒しておかなければならない護衛役は大変だ。
きちんと休めているのだろうかと気がかりに思っていると、悠が初音へ視線を向けた。
「でも、まさか初音が機械音痴だとはびっくりだよ」
「対人関係不器用なんに加えて機械扱えへんって今までどうやって生きてきたんや?」
「どうってそんなの、その都度何とかしてきたに決まってるじゃない。まぁできるようになるまで、何度かおしゃかにしたことはあるけど……」
初音はバツが悪そうに視線を逸らした。これは苦労してるなと感じつつ、秋葉は何か協力できることはないかと口を開く。
「機械扱えないんだったら、料理とか家事とか大変じゃない? 良かったら手伝おうか?」
「別にそれぐらいできるわよ! ひ、一通りは……」
初音の言葉にこれはどっちだ……と秋葉は眉を寄せる。
「それに何かあったとしても、薫……は鍋料理以外あんまりだけど、料理のできる白澪が同じ寮室だから最悪教えてもらえればいいし、貴方達の手間は取らせないわ」
「へぇ、初音って二人と同室だったんだ! というか、寮の三人部屋って二人部屋に比べて結構広いよね⁉ 羨ましっ!」
初音が薫と白澪と一緒に住んでいると知るやいなや悠がはしゃいだようにして言う。二人部屋とそうレイアウトは変わらないだろうが、三人がどんな部屋に住んでいるのか少しばかり興味が湧く。
「良かったら、今度お邪魔していい?」
「二人に許可取ってオッケーが貰えたらね」
ということは初音自身は良いらしい。案外、緩いところもあるのだと感じていると彼女のスマホのタイマーが鳴った。
「十分経ったことだし、そろそろ再開しましょうか」
タイマーを切った初音はそう言って立ち上がる。稽古場が閉まるまで、残り二時間。気合いを入れ直した秋葉たちは稽古を再開するのだった。




