第3章-第8社 新たなる守護者
週が明けて月曜日。五・六限目の演習授業を終えた秋葉は、悠と熾蓮と共に演習場内にある稽古場で居残り稽古をしていた。武術稽古に加えて祓式操作の稽古も入ってきたことから、悠長なことはしていられない。
悠が隣の模擬戦闘ルームで荒級祟魔相手に苦無と草木操作の祓式を使って祓う中、秋葉は熾蓮と共に体術の練習をしていた。
「遠慮せんと思いっきりやってええからな」
「分かった」
前に白澪がやっていた感じかなと思いつつ、秋葉は殴りかかって来た熾蓮の腕を掴んで背負い投げをした後、抑え込むようにして肩をホールドして締め上げる。すると、ゴキッという音が響き、熾蓮の肩が外れた。
「いったああああ!」
「あ、ごめん。やりすぎた……」
熾蓮の声に秋葉は慌ててその場から退く。
「ちょっと何事っ⁉ なんか叫び声聞こえて来たけど……」
叫び声を聞きつけた悠が戦闘を中断して模擬戦闘ルームから出てきた。秋葉が事情を説明するべく口を開こうとした直後、立ち上がった熾蓮が袖から落とした苦無を手に、入口へと視線を向ける。
「おい、そこにおるんやろ? はよ出てこんかい」
熾蓮が発破をかけると、扉の影から黒いリボンを身に着けた茶色のロングヘアに蒼い瞳をした女子生徒がゆっくりと出てきて笑みを浮かべてこう言った。
「流石は御守の人間ね。気配を消したつもりだったのだけど、見抜かれていたとは」
「いや結構、駄々洩れやったで?」
「え、嘘でしょうっ⁉」
熾蓮から指摘された女子生徒は目を丸くして叫んだかと思えば、その場にしゃがんで顔を覆い、何やらぶつぶつと呟き始める。
恐らく、気配を消せていると本人は思っていたのだろうが、熾蓮からしたらそんなことはなかったようだ。もしやこの子ポンコツかと薄っすら感じていると、女子生徒がふと顔を上げる。
「てか、何であなた肩外れてるわけっ⁉」
「それが組み手してたら思ったよりキツイのが来てな……」
「全くしょんないわね。ほら戻してあげるからこっち来なさい。後、敵意はないからその手に持ってるものは直してもらえるかしら?」
女子生徒は立ち上がって熾蓮に告げる。言われた通りに苦無を仕舞った熾蓮は彼女の元へ行き、肩を嵌め直して貰う。お礼を口にした熾蓮はその場を立つと、再度女子生徒の方へ目を向ける。
「で、あんた何しに来たんや?」
「あなたの悲鳴が聞こえて気になって来たってのもあるけど、そこの彼女に用があってね」
「え、私?」
女子生徒に視線を向けられ、秋葉は戸惑いながら自分を指差す。熾蓮と悠も秋葉を見つめる中、彼女は頷きながら続けて言った。
「これであなたに会うのは二度目かしらね。久しぶり、秋葉」
「いや、あの……誰?」
「……えっ?」
「えっ?」
秋葉が絞り出すようにして問いかけると、女子生徒と秋葉の口からそれぞれ疑問符が飛び交う。
「はぁ⁉ あんた従姉妹の顔と名前も忘れたわけ⁉」
一瞬の静寂の後、女子生徒が信じられないといった顔で詰め寄ってくる。
「いやいや、貴方が私の従姉妹って、なんかの間違いじゃない⁉」
「間違いなんかじゃないわ。あなたのご両親のお葬式の時に一度会ってるわよ」
はっきりとそう言われ、秋葉は記憶の遥か彼方にある両親の葬儀の時のことを思い返してみる。
もう八年近くも前のことなので、ほとんど覚えていないに等しいが、確かその時は祖母に連れられて行動を共にしていたはずだ。
名も知らないおばさんやおじさんたちに「可哀想に」「これから大変でしょう」などと声をかけられる中、桜葉という夫妻が何かあったら頼るようにと言っていた気がする。
と、その夫妻に隠れるようにして、秋葉と同い年ぐらいの小さい女の子がじっとこちらを見ていた記憶が蘇ってきた。そう、ちょうど目の前にいる彼女のように茶髪に蒼眼で色白の――。
「――あ、思い出した! 確か名前は……」
「桜葉初音よ」
「そうそれ! なんだあの時の子だったんだ。ごめんね。かなり前だったから忘れてて」
「別に良いわよ。思い出してもらえたんならそれで」
頭を掻きながら謝る秋葉に、初音はそっけない口調で答える。
「それで? 結局、あんたは何しに来たわけ?」
「ホンマや。いくら従姉妹様でもしょうもない理由やったらすぐにでも帰ってもらうで。俺らも暇とちゃうしな」
ずっと置いてけぼりにされていた悠と熾蓮が、初音に向かって言い放つ。すると、初音は二人の存在を思い出したように、熾蓮と悠の方へ視線を向けた。
「用向きは全部で二つ。一つは桜崎の命でそこの御守の人間と同じく秋葉の護衛を任されたからその挨拶に。もう一つは秋葉の祓式操作の習得を手伝いに来たのよ。一つ目に関しては、そこのあなたにも話は通ってるはずだけど、知らないかしら?」
「話? ……あぁ、あんたが。後、俺は御守熾蓮や」
「あたしは千草悠。よろしくね」
「改めて、わたしは一年B組の桜葉初音。富士山本宮浅間大社本家・桜崎の命により秋葉を守りに来たわ。二人と秋葉がどういう関係かは承知済みだから説明しなくて結構よ」
どういう経緯で初音が護衛に携わることとなったのかは分からないが、ひとまず味方のようで秋葉は安心する。少し上から目線な言動が鼻につくが、仲良くはやっていけそうだ。
「それで二つ目の用件についてだけど、聞いたところによれば、あなた祓式操作が全然なってないらしいじゃない」
「お前、言われてるぞ」
「うるさいな。一体、誰のせいだと思ってんの……」
いつからいたのか霊体化した朱華に揶揄され、秋葉は彼女を睨みつける。祓式操作が上手くいっていないのは、秋葉がまだまだ未熟なのもそうだが、何より朱華の暴走が大きな要因だった。
それに気づいているのか気づいていないのか、朱華が平然とした態度でこっちを見てくるのに対し、秋葉は無視して口を開く。
「いやまぁ、祓式操作の習得に困ってるのは実際そうなんだけど、なんで初音がわざわざ私の祓式操作を手伝いに?」
「そんなのあなたが巫級代報者試験に落ちたら、わたしがわざわざ静岡からこっちに来た意味が無くなるし、何より数年後に起こるとされてる災厄を防ぐ鍵となるあなたが代報者になれないなんてことになったら大問題だからよ」
初音の話に秋葉は何も言えなかった。意地でも試験に受からないと退学は確定し、この学園に引き入れてくれた西園寺や護衛役の熾蓮、同室の悠たちに合わせる顔がなくなる。
「幸いにも、わたしの祓式は所属する浅間大社から付随して桜と炎操作。憑依に関しては専門外だけど、貴方の創作キャラ、確か朱華と言ったかしら? 彼女を憑依させた時の能力である桜と紅葉操作に関してなら教えられるわよ」
「え、本当っ⁉」
自分が創作してることは勿論、何故朱華の名前や朱華憑依時の能力まで知っているのだと頭をよぎるが、それよりも秋葉は教えて貰えると知って目を輝かせる。
「えぇ。試験に受かってもらうためにも、その祓式の操作方法をしっかり叩き込んであげるわ」
そう言って初音は自信に満ちた笑みを浮かべた。彼女の頼もしさに秋葉は思わず胸を高鳴らせる。
「ほぉ、そこまで言うんやったらまずは実力見せてみいや」
「そうだそうだ!」
「良いわよ。しっかりその目で見ておきなさい」
傍で話を聞いていた熾蓮と悠に突っかかられた初音は得意げに笑みを浮かべると、模擬戦闘ルームの入口にある操作盤へ移動した。
が、いくら待っても操作盤をじっと見つめるだけで手を動かさない初音に秋葉は首を傾げてどうしたのかと尋ねる。すると、彼女は泣きそうな顔で秋葉たちを見た。
「これ……どうやって操作するの?」
「はいっ⁉」
彼女の発言に秋葉たちは揃って声を上げる。授業で操作盤の操作方法を教わっていないのかと訊けば、教えてもらったのは教えて貰ったが実際にどうやればいいか分からないようで、授業では他の人に設定してもらっていたらしい。
初音の機械の扱えなさに呆れながら、代わりに秋葉がパネルをタップして制限時間と祟魔の数と等級を設定する。無事に設定を終え、初音が模擬戦闘ルームへ入ると、室内が四車線の道路へと変貌した。
次いでスタートボタンを押せば、一分間のタイマーが起動し、道路に三体の子鬼の姿をした荒級祟魔が現れた。手に金棒や刀を持った彼らは、初音に向かって走り出す。
一方の初音は『蔵』から薙刀を出現させて両手に持って構えた。
『蔵』というのは学園内にある一人一つ与えられる宝物庫で、そこに仕舞ってある物は所有者がどこにいようとも、その者が念じただけで手元に出現させることができる。
そんな『蔵』から武器を出した初音は薙刀の刀身に無数の桜の花弁を纏わせると、祟魔へ接近した。
祟魔が刀を振る中、初音はそれを柄で受けて弾いた後、花弁が纏われた刀身で祟魔の胴を両断して殲滅し、次いでやってきた金棒を持った二体目に手のひらを向け、桜を纏った炎を一直線に放射する。
放たれた炎によって祟魔が丸焦げになったところで、初音はトドメを刺すように横一線に振るった。と、上下に身を裂かれた祟魔が呆気なく消えていく。
「す、凄い……」
「無駄な動きが一切ないね……」
流れるように祓っていく初音の姿に感服する秋葉と悠。その後、初音は刀を持った一体と打ち合い、祟魔の刀を足で踏みつけ、ガラ空きの胴へ花弁と炎を纏った薙刀を十字に振り下ろす。
攻撃を諸に受けた祟魔が消滅すると同時にタイマーが止まった。時間は残り二十秒だった。
「悔しいけど、上から目線な性格以外、所作も祓式の扱いも俺より上やな」
「そこ! 一言余計よ!」
薙刀を『蔵』に戻した初音が、マイク越しに話した熾蓮の方を向いて指さした。熾蓮は事実だろうがと反論。
わいわい言い争う声が聞こえる中、秋葉はこれならば教えて貰う価値は十分にあると確信する。と、初音が秋葉の方へ目を向けた。
「それと秋葉! 見たんならさっさとこっち来なさい! 時間ないわよ!」
「は、はい!」
鬼の形相でそう言われ、秋葉は慌てて実戦室の中へと入るのだった。




