第3章-第5社 軽動術試験
四限目が終わって昼休み。一足先に演習場へ向かった秋葉はさっそく織部に憑依できたことを報告し、その場でやってみせる。
織部は霊眼を起動させると、朱華に憑依した秋葉をじっと視ながら顎に手を当てた。
「憑依してもそれだけ祓力が余っとるとはな。その歳でこないなずば抜けた量と質のええ祓力を持ってるんは、かなり特異なんやけど、なんか心当たりあるか?」
「恐らくだが、ちっちゃい頃から神社の結界貼ったり、念話したりしてたのが影響してるのかもしれねぇ」
秋葉は朱華を宿した影響か、男口調で答えた。祓力は祟魔や祟魔の発する祟気を浄化するのに使ったり、身体や物の強化に使ったりする他、祓式を使う際や結界の生成、念話と幅広い用途で使用する。
祓力は使った分だけ失われる反面、使うことで保有量を増やすことが可能だ。また失った祓力に関しては、主に食べたり寝たりしっかり休養を取ることによって回復できたり、人づてに貰うこともできる。
祓力は使えば使う程増えるということは、秋葉が口にしたことに加え、愛宕山での稽古も祓力量の多さに起因しているのかもしれない。
「せやけど、憑依しただけで一時間しか持たへんのは流石にまずいな。祓力量を増やす意味でも演習授業の間は憑依したままで受けた方がええやろう」
「了解だ」
返事をしたところで、チャイムが鳴った。五限目は軽動術試験が行われる。
軽動術とは、世間一般でいうところのパルクールに該当するもので、縦横無尽に街中を駆け回りながら祟魔を祓わなければならない代報者にとっては習得必須の科目だ。
「ちゅうわけで、今から軽動術試験を開始する。ルールは簡単、模擬演習ルーム内に潜む仮想祟魔百体から十分間逃げ切ったら合格や。せやけど、直接ダメージを与えるんは禁止。やった時点で失格とみなすからな」
「ちょっ! 五十体じゃないんですか⁉」
織部の説明を聞いていた樹が声を上げる。愛宕山での稽古で軽動術を一通り習得し、愛宕衆の忍び五十人に協力してもらい、熾蓮と共に予行練習もやったが、その倍となる百体もの祟魔から逃げ回れとは聞いてない。
華南から聞いた話では軽動術試験に現れる祟魔は五十体であり、入学資料に同封されていた試験概要書にもその数が記載されていたはずだ。
「五十体やと緊張感がない言うことで今年から百体に変更されたんや」
「う、噓だろ……」
突然の変更に秋葉たちは揃って絶句する。
「本番では必ずしも決まった数の祟魔が現れるわけでもあらへんし、事前に数が分かっとるだけまだマシいうもんや。分かったらはよ始めんで~」
織部に急かされ、秋葉たちは渋々演習場内にある模擬演習ルームAへと向かった。軽動術試験の会場となるそこは、実際の市街地を想定して造られた施設だ。
この施設全体には空間操作の祓式を付与した結界が施されており、操作盤一つで空間の拡張や縮小は勿論、ビルの並ぶオフィス街や住宅街、観光地に果てはテーマパークなど様々な街並みに変更することができる。
またその他にも仮想祟魔を出現させることも可能で、数や等級、種類の指定も可能となっている。今回の舞台は一軒家やマンションなどが立ち並ぶ住宅街で、出現祟魔は拙級の次に強い荒級祟魔だ。
『よーい、スタート!』
祓力を全身に纏って身体強化を施した秋葉たちが各自配置に着いたところで、織部から念話が飛ばされるとともに施設内全体にブザーが鳴り響く。
と、どこからともなく人型の祟魔が群れを成してやってきた。三階建ての瓦屋根の上を走っていた秋葉は、屋根先から跳んで回転。車道に止まっていた車の上に着地し、すぐさま向かいのビルの外壁へと飛び移った。
試験開始から三分。クラスメイトが迫りくる祟魔相手に障害物を駆使して必死に逃げる中、四方を建物に囲われた地面に立っていた秋葉は、狙いを定めた十数体の犬型祟魔に取り囲まれていた。
(ヤバい……どうしよ……)
電灯や塀を登ってこの包囲網を抜け出そうにも、この距離では動いた瞬間、祟魔たちに飛び掛かられて捕まってしまう。すっかり追いつめられて焦っていたその時。
「あ゛ー! うぜえええ! こうなったらっ!」
『待って朱華!』
中で様子を見ていた朱華が表に出かかり、慌てて秋葉が念話で制止する。だが、秋葉の意思に反して刀の柄に手が伸びてしまう。
「おいそこっ! 攻撃すんの禁止や!」
朱華に操られた秋葉が腰を落として抜刀しようとした瞬間、織部から念話が飛んできた。
「はあっ⁉ んなもん知るかっ! 逃げてばっかじゃ意味ねぇっつーの!」
「ちょっ、力強ッ……!」
朱華が秋葉の肉体の主導権を握って抜刀を試みるが、秋葉は負けじと必死に抑え込む。
『ほな、失格になってもええんやな?』
『それだけは勘弁っ! 朱華、頼むから一回戻って……!』
念話に切り替えた織部に言われ、秋葉は咄嗟に朱華へ声をかける。
『ったく、しゃーねぇな』
そう声がすると、刀から手が離れ、肉体の主導権が秋葉に戻った。
『けど、この状況一体どうするってんだ?』
「それは……」
朱華に尋ねられ、祟魔の多さを目にした秋葉は言い淀む。織部とやり取りしている間にも、祟魔が集まってきたようで、先ほどまであった周囲の足場が祟魔にとられてしまっていた。
このままじゃ捕まる……。
そう思った瞬間、上の方からかんしゃく玉が地面にぶつかったような破裂音が聞こえて来た。ふと見上げてみると、向かいの建物の屋根に熾蓮がいた。
「おーい、こっちやー!」
熾蓮が上から呼びかけると、数体の犬型祟魔が障害物を伝って彼の元へ走っていく。
「熾蓮、お前……」
「別に協力したらあかんいうルールはないやろ?」
秋葉が目を見開くと、熾蓮はやってきた祟魔たちを誘導するべく、その場を後にした。
「そうだよ。直接は攻撃したらダメだけど、これぐらいなら大丈夫でしょっ!」
ビルの屋上にいた薫は手にした消火器を秋葉を狙っていた祟魔たちに向けて噴射する。
「使える手は使わないともったいないし、そもそもの話こうでもしないと全員逃げ切るなんて無理なのよっ!」
薫の隣にいた白澪も次いで消火器の栓を抜いて噴射した。放たれた消火器の煙によって周囲に煙幕が発生し、祟魔たちの視界が遮られる。
「そうそう。祓式使ったら駄目なんて決まりも無いしね!」
薫たちとは反対側のビル屋上にいた悠によって、次々とビルとビルの間にツタが形成される。
「そう言うこった! 分かったらそのツタ足場にして早く上がってこい!」
白澪たちと共に消火器を放っていた樹が秋葉に声をかける。未だに煙幕が立ち込める中、霊眼で視力を上げた秋葉はその場で跳躍し、架けられたツタを足場にビルの屋上へと上がっていく。だが、屋上に辿り着く寸前、足を滑らしてしまう。
(落ちる……!)
そう思った刹那、表に出てきた朱華が屋上の縁に手を伸ばし、落下を防ぐ。
「た、助かった……」
『ったく、気いつけろよ』
『ありがとう朱華』
その後、祓力で腕を強化した秋葉はビルの外壁をよじ登り、悠と樹と合流。無事に危機を脱した秋葉は、その後もクラスメイトたちと随時連携しながら住宅街を逃げ回る。
そうしてあっという間に時間が過ぎ、試験終了のブザーがなったところで、秋葉たちは織部の元へ再集合。
「約一名失格しかけた奴もおったけど、全員合格や」
『チッ、うるせぇな……』
『はいはい、怒らないの』
織部の言葉に周囲が歓声に包まれる中、舌打ち交じりに愚痴る朱華の声が聞こえ、秋葉は宥める。
「ルールの穴をついて協力するのもなかなかやったで。やっぱり何事も頭使ってやらんとな」
「さては、最初からこれが狙いだったな……」
『どっかの万能神と似ていけ好かねぇ野郎だぜ』
織部からの講評を耳にした秋葉が呆れながら呟けば、念話越しに朱華も同意するのだった。




