第3章-第4社 四つの条件
翌日を迎え、今は二限目の日本史の授業の真っ最中。結局あの後、元の姿に戻れたのは祓力が完全に切れた一時間後だった。
織部が教壇に立って板書をしているのを見ながら、秋葉はノートの余白に昨日時点で分かったことを書いていく。
(取り敢えず、こんなもんか……)
祓式を使って憑依して判明したことは二つ。一つ目は容姿や武器がキャラ設定に基づいて反映されること。
このことから、武器や服装に関しては材質まで決めておいた方がいいだろう。二つ目に、憑依したらそのキャラの人称や口調は勿論、雰囲気や性格まで反映されること。これは現状、どうやっても戻すことができなかったので、慣れるしかない。
「痛ッ」
突如、頭を教科書で叩かれ、秋葉は声を漏らす。顔を上げると、そこには教科書を手に教室を巡回していた織部がいた。
「ったく、何しとるんや」
「す、すいません……」
秋葉が謝ると、織部は祓式についてまとめた箇所を覗き見た。
「ほーん、まぁそういうことやったら、ほどほどにせぇよ」
てっきり怒られるかと思っていたが、そんな様子もなく織部は教壇へと戻っていく。秋葉は小首を傾げながらも、シャーペンを持ち直して有り得そうな発動条件を書き出していった。
◇◆◇◆
休み時間を挟んだ三限目はPCルームでの情報の授業だった。ここでなら合法的にパソコンが触れる。
京都市東山区にある豊国神社の神職であり、一年B組の担任でもある豊田秀一の目を盗みながら秋葉はさっそく舞衣の管理するサイトにログインした。
発動条件を改めて書き写したメモを参考に改めてキャラ項目を開いていると、ここで祟魔も噂や伝承で具現化するなら、創作キャラもそうなのでは? と思いつく。
元は思念体だったエルの正体は、天御中主神。既存の古事記などで登場しているため、世の承認力で顕現できたのだろう。そして、アリシアに関しても数年前からWEB小説内のキャラの一人として登場させている。
(ってことは、細かく書いた設定且つ小説投稿サイトに上げている小説のキャラならひょっとしたら出来るんじゃ……)
そうして先ほどの授業も含めて、列挙した発動条件はこうだ。一つ目にキャラ設定の情報量の多さの有無、二つ目にそのキャラが登場する世界観の有無だ。この二つが無いとキャラの人格や背景がしっかりしておらず、まず憑依はできないと見て良いだろう。
三つ目にキャラのイラストの有無。これに関してはイラストがあることで視覚化され、秋葉のキャラに対するイメージのしやすさの補助になる。
そして四つ目にそのキャラを小説に登場させ、WEBサイトに投稿しているか否か。祟魔や神が既に世に出回っている噂や伝承に基づいて現界するならば、秋葉のキャラも同様に承認力が必要となる。そこで四つ目の方法を採用することによって、ある程度にはなるが達成できるというわけだ。
以上、四つの条件を持っているキャラとなると、かなり絞られる。秋葉がキャラ項目をスクロールする片手間に、授業で出された課題をこなしていると、不可視の術を付与したエルが現れた。
『調子はどうだい?』
『取り敢えず、発動条件はこの四つかな』
『ふむふむ。良い感じじゃないかな?』
『お、良かった~』
パソコン画面を上から見ていたエルにオッケーを貰い、安堵する。
『で、エルに訊きたいことがあるんだけど……』
『なんだい?』
授業内で出た課題を手早くこなし終わった秋葉は、時間が来るまでの間、エルに質問しようと念話を飛ばす。
『私の祓式って創作キャラの憑依で間違いないんだよね?』
『うん、そうだね』
『ならさ、その創作キャラってどこから来てるわけ?』
祓式を扱う上で、色々と調べている最中に秋葉の頭に思い浮かんだのだ。祟魔や神は噂や伝承から生まれるが、普段目に見えないだけで実在している反面、創作キャラはどこからやってくるのだろうと。
『目には見えないし、この世界にはいないだけで実在してるよ。普段は次元の壁の向こうにいるんだけど、君の祓式はその壁を越えて向こうからキャラをこっちに引っ張ってくることができるんだ。ちなみに現界後は念話による会話は勿論、そのキャラが霊体としてこの世界に顕現することも可能だったりする』
『え、何それ⁉ 凄すぎない⁉』
『ま、その祓式を授けたのはボクだし、こんな芸当ボクぐらいにしかできないからね~。存分に褒め称えるがいいさ!』
この地球以外に別の世界が存在していることも衝撃だが、実際に自分で作った創作キャラに会えるという方が、普段から創作に身を捧げている秋葉にとっては驚くべきことだった。
自分の祓式が次元の壁を越えてその創作キャラをこっちに引っ張って来られる力があるなど、普通に考えたら有り得ないが、そこは創造神という特性上、どうとでもできるのだろう。
ひとまず、聞きたいことは聞くことができた。さっそく条件に合うキャラがいないか探し出していると、ふと一体のキャラが目についた。
名を桜守朱華。桜の花弁で彩られた紅色の着物に紺袴、草履を纏った赤い瞳の女剣士。そう、終業式の日に熾蓮が目にしたという少女だ。
赤メッシュが混じった明るい茶髪を金の簪で一纏めにした彼女は『朱守祓魔譚』という小説内の主人公で妖魔奇怪を祓う祓魔屋「朱守」を営んでいる。
『紅桜』という異名を持っている朱華は女剣士というだけあって刀を扱う。加えて、彼女の持つ異能力は攻撃性のある桜の花弁に、防御性のある紅葉操作と十分戦闘でも使えそうだ。
(よし、これにしよう)
秋葉は、憑依する前の最終調整としてキャラ設定を編集し出した。
◇◆◇◆
三限目の授業を終え、秋葉は開いた場所へと移動する。周りには気になったのか見学に来た熾蓮、悠、薫、樹、白澪の五人がいた。彼らに見守られる中、秋葉は朱華の容姿を頭に思い浮かべながら目を閉じる。
と、次の瞬間、秋葉の周りに桜吹雪が発生し、無数の桜の花弁が秋葉の周りを円を描くようにして舞った。熾蓮たちが驚く中、桜の中から紅色の着物に紺袴、草履を履き、日本刀を携えた秋葉が現れる。
腰まで伸びた髪はイラスト通り、金の簪によって一纏めに結われていた。ある程度したところで桜が消滅し、秋葉は目を開ける。
「で、できた……! おっしゃあああ!」
「凄いよ、秋葉!」
目を輝かせながらガッツポーズを決める秋葉。部屋中にいつもより低くなった秋葉の声が響く中、一連の様子を見ていた悠が満面の笑みで言った。と、内在していた朱華が秋葉を通して熾蓮へ念話を飛ばす。
『お前とは校舎で一緒に戦って以来か』
『そうやな。あん時はホンマに助かったで。ありがとうな』
朱華が声をかけたことに気づいた熾蓮が念話越しにお礼を言った。やはりあの時に姿が変わったのは朱華のせいだったようだ。
「あら、かっこいいわね」
「刀使いの女剣士か。良いね~! わたしそういうの好きだよ」
「へぇ、憑依したら容姿は勿論、口調も変わるのか。こりゃおもしろいな」
「お褒めに預かり光栄だぜ」
白澪、薫、樹の三人からそう言われ、秋葉は歯を見せて笑った。アリシアの時と同様、自分の口調が変わっていることにしっくりこないなと感じていると、憑依が解けて姿が戻った代わりに、霊体となった朱華が顕現した。
「よっ! こうしてアンタと話すのは初めてになるな」
「そう、だね。これからよろしく『紅桜』」
笑みを浮かべながら挨拶をする朱華を見た秋葉は、少し気さくすぎるなと違和感を覚えつつ、握手しようと手を差し出す。
次の瞬間、抜刀した朱華が秋葉の首元へ切っ先を突きつけた。一瞬の出来事に部屋全体へ動揺が走り、秋葉は勿論、周りにいた熾蓮たちも朱華の強烈な殺気に当てられてその場から動けずにいた。
「次にオレをその異名で呼んでみろ。どうなるか分かってるよな?」
「す、すいません……」
殺気を帯びた目で睨まれ、秋葉は即座に謝る。ついいつもの癖で朱華のことを『紅桜』と呼んでしまったが、当の彼女はその異名を他人から呼ばれることを嫌っているのだ。口にした途端、誰が相手だろうと殺しにかかるので、命が危ない。
朱華が刀を仕舞うのを見ながら、異名で呼ばないよう気を付けようと肝に銘じていると、傍から窺っていた悠が話し出す。
「そ、それでその……君は一体……?」
「オレは桜守朱華。どうやらこっちの世界じゃあオレはそこの秋葉とか言うやつが書いた小説の主人公ってことになってるらしい。ま、何はともあれよろしく頼むぜ」
朱華が親指を立てて秋葉を指しながら言うと、熾蓮たち五人もそれぞれ挨拶する。
「つーわけで、用も済んだしオレは還る。じゃあな」
一通りみんなの名前と容姿を覚えるだけ覚えた朱華は、その場から姿を消した。 嵐のように来ては去っていった彼女に秋葉たちは揃って呆然とした。
「朱華って実際に会うてみると、めっちゃ癖強いな……」
「ハハッ、まぁね……」
『朱守祓魔譚』を過去に読んだことのある熾蓮が呟くと、秋葉は苦笑交じりに同意した。




