第3章-第2社 祓式判明
「だぁー! 間に合ったー!」
「あ゛ー……しんどっ」
校舎から五・六限目の会場となる演習場まで猛ダッシュでやってきた悠と秋葉は、互いに疲れ切ったように息を整える。
昼食を食べ終えて直行したはいいものの、悠の方向音痴のおかげで迷子になり、ギリギリの到着となってしまった。
「全員集まったところで巫級代報者試験に向けて説明するさかい、資料を一人一部ずつ受け取ってんか」
秋葉と悠が列に並んだのを見届けた織部はさっそく一年A組の生徒全員に資料を配布する。配られた資料の表紙には二〇二一年度巫級代報者試験概要と記載されていた。
「まず前提として、お前らには三週間後に四月二十六日に行われる巫級代報者試験に合格した上で、翌日に実施する初任務にも全員参加の上で合格してもらう。両方ともクリアできひんかった場合は、悪いけど退学してもらうことになる」
「はぁっ⁉ 退学⁉」
織部がそう告げると、後ろにいた熾蓮が真っ先に声を上げ、それを皮切りに周囲が騒然とし始める。
「え、ちょ、噓でしょ……」
「いや、退学とか聞いてないんだけど⁉」
秋葉と悠も衝撃の事実に思わず目を見開く。入学早々、もう退学の危機が迫っていると知り、一気に驚きと焦りが込み上げてくる。もし仮に、試験に合格できない、合格できたとしても任務に失敗して退学という事態になってしまえば、後がない。
学費でだいぶ資金をとられたため、神社の運営面は勿論、生活面で死ぬことになるし、熾蓮や悠、他のみんなにも迷惑をかけることになる。
(どうしよう、意地でも受からないとまずい……)
焦燥に駆られていると、織部が静かにするよう口にする。
「心配せんでも、今日からの三週間でこの場にいる全員、祟魔祓えるように指導するさかい大丈夫や。というわけでさっそく出席番号順に祓式測定始めてくで~」
どこが大丈夫なんだと内心ツッコみつつ、ページを捲ると、そこには試験の概要と共にびっしりと予定の積まれた日程表が貼りつけられていた。今日、四月五日の欄には祓式測定の文字がある。
祓式測定とはその名の通り、祓力を用いた異能力である祓式をどれだけ扱えるかを測るものだ。だが、秋葉は祓式を扱うどころか自らの祓式が何なのかすら知らない。流石にこれは織部に言った方がいいかと、秋葉は彼の元へ向かう。
「織部先生ちょっと良いですか?」
「おー、何や?」
「その……私、そもそも自分の祓式が何なのか分からないんですけど……」
「――へっ?」
秋葉が勇気を振り絞って申告すると、想定外だったのか織部の目が点になり、後ろで話を耳にしていたクラスメイトたちも凍り付いたように固まってしまった。
「ちょ、ちょっと待て。それどういうことや?」
「だから、そのままですよ。自分の祓式が分からないんです」
気を取り直して問いかけてくる織部に対して、秋葉は同じ答えを返す。まさかの事態に織部は天を仰いで頭を悩ませる。
「ひとまず、全員分の祓式測定終わらせてからでもええか?」
「はい、勿論です」
というわけで祓式測定をするべく、秋葉たちは織部に連れられて開けた場所へと移動した。
「測定方法は、今から召喚する仮想の拙級祟魔一体を自分の祓式使って祓ったら完了や。拙級祟魔は祟魔等級の中でも一番下で、攻撃はしてこうへんから安心せえ」
織部はそう言うと、陣の敷かれた正面に立ち、「解」と唱えながら一枚の札を陣の中心に向かって投げる。直後、陣全体が光ってそこから四つ足の犬の形をした祟魔が現れた。
祟魔の召喚が完了したところで、測定開始。言霊操作の祓式を持つ詞貴から始まり、浄化・治癒作用のある水操作の祓式を持つ白澪、結界操作の祓式を持つ樹、草木操作の祓式を持つ悠、炎操作の祓式を持つ熾蓮、帯電操作の祓式を持つ薫と順番に拙級祟魔を祓っていく。
そうして全員の測定が終了し、あっという間に休み時間となった。織部は秋葉の元までやってくると、さっそく質問を繰り出す。
「秋葉。お前、七歳の時に統制局の祓式検査行ったか?」
「――何ですかそれ?」
秋葉が問い返すと、織部は一瞬頭を抱えた後、説明した。
それによると、代報者の素質がある子供は、必ず七歳の時に祓式の情報を管理し、その所有者を監視する祓式統制局が実施する祓式検査を受けなければならないようだ。秋葉は七歳という言葉を聞いてふと記憶が蘇る。
「多分ですけどその時、私の両親が亡くなって、その葬儀でバタバタしてて……。それにどうやら私、憑かれやすい体質らしくて、八歳になるまでは神社の境内から出るなって言われてたので、それもあって受けれてないんだと思います」
北桜家に生まれたものは元来、憑かれやすい体質で、まだ祖母が生きていた頃に聞いた話だと、歴代北桜家の中でも秋葉は特に憑かれやすいとのことだった。
それ故に祟魔がうろつく境内外に出ることができず、丸七年間はずっと境内の中にいたのだ。
「あー、そういやそうやったな」
「……織部先生、どういうことです?」
思い出したように頷く織部に、何の接点もないはずなのにどうして知っているのだろうと秋葉は尋ねる。
「実は、まだお前の両親が存命やった頃、陽香さんと彰人さんの二人に世話になったことがあってな」
「えぇっ⁉ そうなんですか⁉」
「あぁ。そん時に秋葉のことについて色々聞かされてとったんよ」
まさか織部が自らの両親と知り合いだったとは知らず、秋葉は呆然とした表情を浮かべる。
「にしても、検査受けてへんとなると、俺らで祓式が何なんか突き止めなあかんな」
だが、祓式を突き止めると言っても、手がかりがなければ話にならない。何かヒントになる情報でもあればいいのだが……。そう二人して考えていると、秋葉の頭の中に先ほど受けた授業での話が蘇る。
「確か祓式って自分が所属する神社の神様から授けられるんですよね? ひょっとしてエルなら知ってるんじゃ……」
「あぁ、その手があったな。すまへんけど、呼び出してもろてええか?」
「分かりました」
頷いた秋葉は、神社でいるであろうエルへこっちに来るよう念話を飛ばす。すると、数秒もしないうちに宙に白い光が現れ、そこからマスコット姿のエルが出てきた。
「呼ばれて出てきてじゃじゃじゃじゃーん! 急に呼び出して、どうしたのさ?」
妙にノリノリで出てきたかと思えば、エルは秋葉と織部に向かって問いかけた。
「秋葉の祓式が分からんから、突き止めよう思てな。お前ならなんか知っとるやろ」
「なんだそういうことかい。それなら簡単だよ」
笑みを浮かべたエルはその場でくるっと回り、秋葉を指差した。
「――ズバリ! 秋葉の祓式は『憑依』さ!」
「憑依って、霊的なもの降ろしてその身に宿すとかそういうやつ?」
「うん」
秋葉が訊けば、エルは軽快に首を縦に振る。厳密には憑依というのは、霊が人や物などに乗り移ることだ。
秋葉が言ったことはどちらかと言えば降霊術などが近いが、ここでは便宜上、『憑依』としておく。
「けど、憑依言うても霊が人に憑依するんか、はたまた物なんか。霊の種類も幽霊は勿論、悪霊とか守護霊、果ては神まで色々あるしな」
「じゃあ、何を憑依させるかですね」
先ほどの授業で、祓式の種類は所属する神社やその家や家族に由来するものが多いと聞いた。ならば、自分の身内の祓式が何だったのか分かれば、少しは答えに辿り着けるかもしれない。
「ちなみに、私の母の祓式って何だったんです?」
「陽香さんの祓式は、確か創造やったはずや」
恐らくだが、その創造の祓式は北桜神社の御祭神であるエル――もとい天御中主神から来ていると見て良いだろう。今はマスコット姿だが、エルはこれでも天地創造の神だ。
となれば、秋葉の祓式もそれに付随して創造関連のものということになる。創造と言われて秋葉が真っ先に思い浮かぶのは、やはり創作だろう。
「どうせお前のことやから、なんか知っとるんちゃうか?」
「えー、ボクが言ったらつまんないじゃない。君たちで考えてよ~」
「チッ。ほんま使えんやっちゃな……」
恐らく答えを知っているのだろうエルがそう言えば、織部は舌打ち交じりに吐き捨てた。
自分の祓式を知っているのにもかかわらず、答えを教える気のないエルを秋葉はジト目で見つめる。それに気づいたエルは、達観したように笑みを浮かべた。
「普通、祓式を持つ者はちっさい頃からコントロールできるように、慣らされとる。あの人も真面目な人やったさかい、何かしら秋葉に教えとるはずや。なんか覚えないか?」
織部に尋ねられ、まだ母が生きていた頃のことを思い返してみる。母が死んだのは秋葉が七歳の時。それ以前となると、覚えているものは限られてくる。
と、一つ自分の祓式を探る上でヒントになりそうなことを思い出した。
「ヒントになるかは分からないんですけど、幼い頃、家から出られなかった代わりによくアニメのDVDとか漫画、ゲームのカセットなんかを持って来てもらってましたね」
「なるほどな……」
秋葉の話に考え込む織部。当時は家に出られず、神社の境内は参拝者がいるため、外に出て遊ぶことができなかった。そこで退屈だった秋葉を見かねてか、母がアニメのDVDや漫画、ゲームに触れてみないかと言ってくれたのだ。
そこから度々、母と共に二次元コンテンツを摂取し、次第に創作にも手を付けるようになっていった。すると、思考を巡らせていた秋葉がふと顔を上げる。
「もしかして、憑依させるのは創作キャラだったりして……」
「何でそう思うんや?」
「エルって、私が練ったキャラクター設定を基に顕現してるんですけど、エルを初めて顕現させたとき、力がふっと抜けたような感覚がしたんです」
「確かに、祓式を使用する時には体内に流れとる祓力を用いるさかい、合っとるかもしれんな」
(エルのやつ……さては最初から図ってたな)
エルのことだ。最初に出会ったとき、既に秋葉の祓式を知っており、敢えて自らを顕現させるように仕向けたのだろう。それが今に繋がったというわけだ。三年前から図られていたことに秋葉は眉間を寄せる。
当のエルは知らぬ間に、何故かクラスメイトたちとかけっこしてるようで、秋葉と目が合った一瞬、ニコッと満足そうに微笑んだ。その反応を見るに進むべき道は合っているのだろう。
「ほなひとまず、『創作キャラの憑依』いう線で行ってみよか」
「分かりました」




