第2章-第7社 交流会(後編)
雑談タイムが一通り終わり、交流会も後半戦。各自持参したお菓子をつまみながらの自由時間となっていた。
秋葉はというと、教室の隅に熾蓮と悠を集めて表向きは雑談の呈を取りつつ、裏では念話越しに学園長室でのことを報告する。
『マガツキか……。聞いたことないけど、祟魔のトップが接触してきたかもしれんとなると厄介どころの話とちゃうで……』
『まだそいつが操ってる黒い蝶が一匹校内をうろついてるんだよね?』
熾蓮の表情が強張る中、悠が訊いてきた。秋葉は首を縦に振り、続けて念話を飛ばす。
『うん。だからまだ安心は――』
『――それなら秋葉が学園長室から教室に戻って来た時に、あそこの教卓にいたから自己紹介ついでに潰しておいたよ』
クラスメイトたちと話し終えたのか、割って入ってきたエルが教卓の方を指を差す。
『あ、そうなの? 全然気付かなかった』
『霊眼持ちの君たちでも視るのは難しいから仕方ないね~』
今回の交流会をやるきっかけとなったエルの自己紹介中に始末していたとは思わずに秋葉が訊き返せば、エルは三人の周りを飛行しながら緩い口調で答える。
『ひとまずの脅威は去ったってことで良かったよ』
『そうだね』
悠の言葉に秋葉は肯定する。
『とはいえ、警戒しておくに越したことはないだろう』
『やな。俺からもこの件については衆の方に報告しとくわ』
『よろしくね~』
熾蓮とエルが言葉を交わしているのを脳内で聞いていると、前方の方からどっと歓声が上がった。
教卓の前に机が二つ固められており、相対するようにして薫と白髪に水色のメッシュの入ったポニーテールの女子生徒が腕相撲をしていた。
薫と対戦し、勝利した彼女は、市ノ瀬白澪。滋賀にある日吉大社の神職で、先ほどの雑談タイムでは何やら用事があったのか一度目のローテーション以降、教室から姿を消していた。
「にしても、腕相撲ってなんでまた……」
「白澪がどうやら腕力強いらしくてね。だったら力比べだー! って絶賛、クラス総当たり戦形式で勝負中だよ」
呆然と口にする秋葉の声を聴いたのか、つい先ほど負けて帰ってきた薫から説明を受ける。
「あー、なるほどそれで……。って、私たちもやるの⁉」
前の黒板を見ると、いつの間にか自分の名前が対戦表に記載されており、秋葉は目を見開く。
「いいじゃん! やろうやろう!」
「えぇ……」
ノリ気な悠に誘われ、秋葉はげんなりとした顔つきになる。しかし、対戦表に名前がある以上はやるしかないのだろうと半ば諦め、秋葉も参加することに。
そうしてひたすら対戦していくこと数十分。クラス総当たり戦の腕相撲大会は想像以上に白熱し、結果は白澪と伊勢神宮の神職である一条姫香が同率一位、薫が次いで二位という結果に終わった。
「おぉ、凄いな」
「男子抜くってゴリラやん」
女子が男子を抜いて上位に食い込むという圧巻の成績に、樹が感嘆の声を漏らす中、熾蓮は頬を引き攣らせていた。
下から数えた方が早い順位に終わった秋葉としてもこの結果は全く予想だにしておらず、戦慄する。
「へぇ……私が何ですって?」
いつの間にか熾蓮の背後に一位を獲得した白澪がシアンの瞳を細めてニッコリと笑みを携えて立っていた。
「ちゃう! 今のはちゃうて!」
白澪に気づいた熾蓮が焦ったように否定するも遅く――。
「――ゴリラで結構ッ!!」
「イダダダダッ!!」
問答無用で白澪から締め技のスリッパーホールドを仕掛けられ、熾蓮は悲鳴を上げる。これは庇いようがないと秋葉は自業自得な彼を哀れみの目で見つめた。
少しして気が治まったのか白澪は腕をほどいて熾蓮から離れる。
「そんなに力強いってことはなんかやってたの?」
「入学前に治療院で五年間治療師として活動してたからそのおかげね」
悠に問われた白澪は、考える素振りを見せ思い当たる節があったようでそう答えた。
「あのー、治療院って?」
聞きなれない単語を耳にし、秋葉は白澪に尋ねる。
「代報者専属の医者となる治療師を育成する機関のことよ。代報者は祟魔と戦う分、怪我がつきものだから治す人がいないとでしょ?」
「なるほど、そういうことか」
白澪が微笑を浮かべながら話す傍で、樹が何かを察したのか納得したように呟いた。
「治療師は怪我人の症状が重篤な場合、現地に赴いて患者を安全地帯まで運ばなきゃいけないから、その分腕力が強くなるのよ。ま、病院送りにされたくなかったらくれぐれもゴリラなんて二度と口にしないことね」
「もう言いませんっ!」
先ほどの締め技が効いたのか白澪が忠告すると、熾蓮は間髪入れずに声を張り上げた。白澪のおっかなさに秋葉は彼女だけは絶対に怒らせないでおこうと肝に銘じる。
「それよりも紹介が遅れたわね。私は市ノ瀬白澪。薫とは寮が同室でね。秋葉と悠、それと……」
「神城樹だ」
「あぁ、そうだったわね。で、後は熾蓮か。五人ともこれからよろしくね」
またしても名前を忘れ去られている樹に同情しつつ、秋葉は白澪が薫の同室はであったことを知る。
それにしても、熾蓮への扱いが少し雑になっているのはきっと気のせいだろう。そう自分に言い聞かせていると、今度は教室の後ろが騒がしいことに気づく。
「次は一体何だ……って何事⁉」
白澪たちと話している間にも、教室の後ろにはパーテションを覆うようにして上から暗幕がかけられた怪しげなブースが出来上がっていた。
どこから用意したんだというツッコミはさておき、薫から声が掛かる。
「占いだってさ。伊予ができるらしいよ」
「へぇ、いいじゃないの。せっかくだから私たちも占ってもらいましょうよ」
薫の話に興味を持ったのか、白澪は薫と共に列に並び出す。清楚で優等生っぽい見た目からして白澪はそういうことに興味が無さそうに思えたが、案外ノリがいいらしい。
秋葉自身も占いには興味があるので、悠と一緒に並ぶことにする。
「けど、占いなんか本当に当たるのか?」
「占いて聞くとなんや胡散臭いイメージあるけどな……」
「それがどうやら当たるらしいよ。その証拠に私もばっちり当てられたしね」
列に並んだは良いものの疑心暗鬼になっている樹と熾蓮へ、赤みがかった長髪を三つ編みにした紫眼の男子生徒が言った。
そんな彼の名は綾瀬詞貴。奈良の葛城一言主神社の神職で、先ほどの雑談タイムでは人一倍知識欲があるのか、秋葉にエルとの関係を聞きまくっていた。
「お、出席番号一番くんじゃん」
詞貴の登場に気づいた悠が声をかける。
「綾瀬詞貴だ! 確かに出席番号は一番だけどそのあだ名は酷くないかい⁉」
「いや~、そっちの方が印象強くて……」
詞貴が不満げに抗議すると、悠は苦笑交じりに言い訳した。悠の言わんとすることは詞貴には悪いが理解できる。
何故なら、出席番号が一番だからという理由で自己紹介での順番は勿論、オリエンテーションには頻繁に織部から当てられ、果ては先ほどの腕相撲大会でも一番初めに白澪と対戦して惨敗する羽目になっていたからだ。
不憫極まりない彼に同情しながら、順番を待つこと十分。自分の順番が回ってきたようで、暗幕の中へ通される。
パーティションで仕切られた内部の奥側には机が設置されており、辺りを照らす用の蝋燭と水晶が置かれていた。その最奥では長い金髪をハーフアップで結んだ蒼眼の女子生徒が、これまた雰囲気のある黒いローブを羽織って机の奥に座っていた。
「いらっしゃい秋葉。占うからそこの席に座ってちょうだい」
そう促す彼女は成瀬伊予。天太玉命神社の神
職で、日本人とイギリス人のハーフだ。
ここに来る前はイギリスにいたらしく、ご覧の通り占いを得意としている。彼女は秋葉が手前の席に座ったのを確認すると、カードをシャッフルする。
「さて、何を占ってほしい?」
「じゃあ……これから先のこととか」
「良いわよ」
秋葉が少し思案してから答えると、彼女は笑みを浮かべながら慣れた手つきでカードを机の上へと広げた。
「この中からカードを一枚、表が見えないように引いてちょうだい」
伊予に言われた秋葉は真ん中あたりのカードを一枚引いて指示通りに表面が見えないように彼女に渡す。カードを人差し指と中指で挟むようにして持った伊予は、すっと瞼を閉じた。
どんな結果が待っているのかと緊張した面持ちで待っていると、伊予は目を開けて秋葉を見据え、こう告げた。
「これから先、幾度も貴方の身に災いが降りかかる。どれも特大級のね。普段から用心しとくに越したことは無いけど、いずれも自分の気持ちに正直になって突き進めば乗り越えられるわ」
占いの結果を聞いた秋葉はごくりと唾を飲む。薄々分かっていたような気がするものの、こうもはっきり言われてしまい、秋葉の中に言い知れない不安が渦巻く。
と、カードを整えた伊予がふっと口元を緩める。
「という感じで占ってはみたけれど、未来なんてものはその人次第でどうとでも変えられるものだからそこまで心配しなくても大丈夫よ。これから頑張ってね」
「ありがとう伊予」
彼女の言葉に秋葉はほんの少し安堵する。そうして占いブースを出ると、教室全体が占いの結果に湧いていた。
秋葉も話に混ざろうと悠たちの元へ歩みを進めようとした次の瞬間、教室の扉がガンッと激しい音を立てて開いた。
「お前ら全員やかましいッ! 外まで声聞こえてんで!」
「す、すいません……!」
教室の前を通りかかった織部に叱られ、秋葉を含めた一年A組の生徒は一斉に謝る。その後、時間も時間なので交流会はこれにてお開きということになった。
(災いか……確かマガツキって言ったっけ。昨日そいつが侵入してきたこともあるし、警戒しないとな)
先ほどの占いの結果から学園長室が話を思い出し、秋葉は再度気を引き締めるのだった。




