第1章-第2社 逃走劇
「よぉ、そこのあんたら無事か?」
青年に声を掛けられ、戸惑う秋葉。視たところあやかしの類ではなさそうだが、警戒するに越したことは無い。秋葉は恐る恐る口を開く。
「えっと……貴方は?」
「俺は大東海希。信じられへんかもしれんけど、代報者言うもんや」
「北桜秋葉って言います。……えっと、代報者ってあの?」
秋葉がそう尋ねると、海希は頷きながら話し出す。
「そうや。祟魔――分かりやすう言うとあやかしを祓う祓魔師みたいなもんやな」
質問する秋葉に対して海希は首を縦に振りながら答える。
祟魔というのは古来より世に蔓延っている噂や伝承、負の感情といったものから生まれるものたちの総称で、先ほど襲ってきた蜘蛛の怪異がそれに当たる。
一方の代報者は祟魔を祓う存在で、天界に属する神や仏に仕えており、一般的に神職や僧侶、聖職者などがそれに該当する。
「それじゃあさっき助けてくれたのって……」
「俺やな。さっきは手荒な真似してすまんかった。こっちも急いでたもんやから……」
「いえ、助けていただきありがとうございます」
海希に手を差し伸べられ、秋葉は立ち上がる。
「ほんで隣にいるそいつは?」
海希は秋葉の隣で浮いているマスコットへ目を向けた。
「エルです。私の保護者みたいなやつで神獣っていう神の使い的存在なんですけど……」
「どーも、ボクがエルだよ。どうぞよろしく~」
「よろしゅうな」
笑みを浮かべたエルと海希は互いに握手を交わす。と、その様子を傍から見ていた秋葉はふと違和感を覚える。
「って、エルのこと視えてるんですか⁉」
「まぁな。現に視えてへんと祟魔なんか祓えてへんで。それ言うたら、あんたも視えとるようやけど、北桜いう苗字からして麓にある神社の人間か?」
海希の問いに秋葉は首を縦に振ってから応えだす。
「一応、そこの宮司やってます。確かおばあちゃんによると、私の家は代々、代報者の家系だって言ってました」
「なるほどな。やったら視えるんも自然なことか。もしかすると、いずれオオミワにも入ることになるやもしれへんな……」
(オオミワって何だろ……)
海希の口から何やら聞きなれない単語を耳にし、秋葉は眉を顰める。
と、不意に茂みの方からガサガサと音が聞こえて秋葉たちがそちらを振り向けば、 先ほどと同じ蜘蛛の祟魔が十体、彼女たちを囲むように現れた。
「ヒィッ⁉ また出た……!」
秋葉が悲鳴を上げる中、彼女を守るようにして前に出た海希は祟魔たちを注視しながら刀の鍔に指をかける。
「俺が道を切り開いたるから、エルは秋葉連れて家戻り。神獣なら道案内ぐらいはできるやろ?」
「あぁ、勿論だとも」
エルは走るのに邪魔だろうと秋葉の傍に寄って、彼女が持っている鞄を抱える。
「え、でもそれじゃあ海希さんは⁉」
「こんぐらいの敵しれとる。俺のことは気にせんでええからはよ行き!」
海希はそう言い放ちつつ、持っていた鞘を祟魔たちへ向けて牽制する。
彼一人でこんな数の敵処理しきれるとは思えないが、自分がいたら守る対象がいる分、自由に動けなくなる。であれば、ここは逃げるしかないだろう。
「っ……分かりました! どうかご無事で!」
覚悟を決めた秋葉はエルの後を追う。数体の蜘蛛型の祟魔が道を塞ぐように立ちはだかるも、そこへ海希が刀を抜刀して目の前の祟魔へ突きを入れ、横へ薙ぐ。
祟魔が黒い霧となって消えたところを秋葉とエルは突っ切って、包囲網を潜り抜ける。だが、すかさず祟魔たちは彼女を逃がすまいと追いかけ始めた。
しかし、瞬く間に海希の卓越した剣技で蹂躙され、あっけなく消滅してしまう。
一方の秋葉は、エルに連れられて山道を爆走。左脚がジリジリ痛む中、倒れた木を飛び越えて走っていると、蜘蛛の祟魔が横の山林から迫って来た。
不安定な斜面を難なく駆けた海希が斬り伏せる。秋葉は視線をエルへと戻して、再び走り出した。
祟魔に追われながらも、山道を走ること数分。やっといつもの参道に戻って来た秋葉は、見慣れた光景にホッとする。
だが、海希が取りこぼしたのか、後ろから祟魔がやってくるのが見えた。しつこい祟魔に嫌気が差しつつも、秋葉は必死に足を動かす。
「もう無理……!」
「後、ちょっとだから辛抱して!」
目の前を飛ぶエルからそう言われるも、宮司の仕事で動いてはいるが、普段から激しい運動をしていないオタクの秋葉にとって、こんな足場の悪い中を走り抜けるのは到底無理がある。
(けど、何もしないで殺されるのはもっと嫌だ……!)
殺される恐怖を糧に汗だくの状態で走り続けると、境内に繋がる階段が見えてきた。いつもならぱっと上がれる階段も、これまでの逃走で疲弊している秋葉にとってはキツイもの。
しかし、逃げなければやられる。そう気を取り直した瞬間、背後にぞわっとする気配を感じた。咄嗟に後ろを振り向くと、そこにはいつの間にか後ろに迫っていた一体の祟魔がいた。
「ヒィィィ! 死ねやゴラァー!」
秋葉は傍にあった『この先、北桜神社境内』と書かれた木の看板を力ずくで引っこ抜き、祟魔をこれでもかと看板で殴る。
すると、後ろにいた祟魔たちがそれを見て恐れをなしたのか、動きが一瞬止まった。その隙に秋葉は看板を放り捨て、足元が灯篭で照らされる中、石段を猛スピードで駆け上がる。
(もう少し……!)
息が乱れる中、残る石段を上って鳥居を潜り、結界の貼られた境内に入る。直後、秋葉は力尽きたように地面へ寝転がって長く息を吐いた。
「はぁー……死ぬかと思った……」
「ここまで来ればもう大丈夫。お疲れ、秋葉」
「ありがとエル……」
全身にかいた汗で身体が徐々に冷えていくのを感じながら、息を整えた秋葉は身を起こして立ち上がる。境内から参道の石段を覗いてみると、追いついた海希に祓われる祟魔の姿が見えた。
これならもう襲われることもないだろう。そう思いながら隣にいるエルへ視線を移すと、階段下にいた海希へ無事に神社へ着いたと念話を入れていた。
今後、万が一にも祟魔が境内に入って来ないとも限らないので、今のうちに結界を強化しておこうと秋葉は結界の傍まで行き、右手で透明な膜に触れる。
目を閉じて補強するように念じると、体内のエネルギーが右手に向かって流れていき、透明な膜に光が走った。エネルギーが放出されていくごとに境内全体に貼られた結界の強度が増していく。ある程度したところで、秋葉は瞼を開けて手を離す。
「これでよし」
結界から目を逸らしてエルの方を見ると、ちょうど伝達が終わったのか翼を広げて秋葉の傍にやって来た。
「海希に連絡しておいたから、中に入ろうか」
「だね」
(部屋着いたら治療しないとな……)
血の滲んでいる左脚へ視線を向けながら、拝殿へとつながる道を横に逸れ、社務所の裏へ回る秋葉。すると、一軒の古めかしい日本家屋がそこにはあった。
秋葉の実家は境内にある社務所と繋がっている二階建ての日本家屋で、昔は神社で働く人たちの家も兼ねていたようで人が大勢いたらしいのだが、年々人が減っていき、今ではここに住んでいるのは秋葉とエルのみとなっている。
玄関扉の前まできた秋葉はエルから鞄を受け取り、鞄から鍵を取り出して引き戸を開けて中に入る。
「えっ……?」
目の前の光景に思わず、秋葉は手に持っていた鞄を落とす。
信じられないものを見るように一点を凝視する彼女の目の前には、金色の大きな瞳にもふもふの白い羽毛が生えそろった梟が何食わぬ顔で佇んでいた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
少しでも面白かったという人はぜひともブックマーク・評価をよろしくお願いします。
感想もお待ちしておりますので、そちらもぜひ! 作品の推しポイントを語り合いましょう!




