第2章-第5社 一年A組
(てっきり学園内は安全かと思ってたけど、気は抜いてられないな……)
学園長室を出た秋葉は未だ校内をうろついているであろう黒い蝶を警戒しつつ、教室に戻るべく廊下を進んでいく。
すると、突然自分の肩を叩かれ、秋葉は「うわっ⁉」と大声を上げながらガバッと後ろを振り返る。と、そこにいたのは黒い蝶――ではなく熾蓮だった。
「気配消して人の後ろに立つなあっ!」
「ごめん、つい癖でな……」
驚きのあまり秋葉が怒鳴れば、熾蓮は苦笑交じりに謝る。「つい癖で」と熾蓮が言ったように忍びという職業柄、気配を消すのが常習化していた。
警戒していた矢先のことだったのでつい怒鳴ってしまったが、普通に心臓に悪いことには変わりはない。どっと疲れを覚えながら秋葉は熾蓮と共に教室へと入る。
てっきりホームルームが始まっているものと思っていたが、クラスメイトたちが点々と固まって談笑しているところを見るにまだのようだった。
教卓には肩までの暗い赤髪をハーフアップにし、臙脂色の着物に黒袴を纏った長身の若い男が立っていた。入ってきた秋葉へ赤い瞳を向ける。
「お、戻って来たか」
秋葉が帰ってきたことに気づいた彼は赤い瞳を向けて言った。男の名は織部信武。京都市北区にある建勲神社の神職であり、秋葉たち一年A組の担任だ。
『学園長からも言われたと思うけど、なんかあったらすぐ言うんやで』
『分かりました』
何の前触れもなく飛んできた念話に不意を突かれつつも、秋葉は返答する。
「で、隣のそいつ何や?」
「……へっ?」
関西弁でそう尋ねられ、秋葉は咄嗟に自分の隣を向く。と、そこにはいつの間に戻って来ていたのか不可視の術を解いたマスコット姿のエルがいた。
エルの正体を知っている秋葉、熾蓮、悠の三人以外のクラスメイトが不思議そうに凝視する中、エルは教室に置かれた教卓へ腰を下ろす。
「どーも、初めまして! ボクはエル! またの名を天御中主神! 気軽にエルって呼んでくれたまえ」
愛らしい笑みを浮かべて話すエルに、教室全体が静まり返った。
「え、ちょっ、エル何言って――」
「――はあああああ⁉」
秋葉が問い詰めようと口を開いたものの、クラスメイトたちの驚きの声に容赦なくかき消された。
エルの突拍子もない自己紹介に秋葉がこれでもかと深いため息を吐いていると、すぐ隣にいた織部がエルに詰め寄る。
「ちょ、ちょい待ちぃ! 神ってそれホンマか⁉」
「勿論さ。信じられないならその眼で視てみると良い」
何食わぬ顔で告げるエルの周りに、霊眼を起動させたクラスのみんながわらわらと集まって来た。秋葉も改めてエルへ眼を向ける。
普段からエルは自身に正体が周囲に視えないように術をかけているのだが、いつの間に解いていたのやら微かに神々しい気を感じる。
「……ガ、ガチもんや」
「うお、マジかよ。凄いな……」
「か、神様なんて初めて視たよ……」
担任の織部は勿論のこと、クラスメイトたちもみんな揃って目を丸くしていた。
「だから言ったでしょ? 本物だって」
エルが誇らしげに話せば、全員納得したように首を縦に振る。
『ちょっといいの? そんな簡単に正体バラしちゃって』
『何、バラすと言っても代報者限定だよ。ほら、ことあるごとに説明するの面倒だし、バラした方が色々と都合がいいからね。心配しなくても天界と祟魔用に対策はしてあるから大丈夫さ』
エルからの返答に秋葉は本当に信用して良いのだろうかと溜息を吐く。すると、秋葉とエルの周囲にクラスメイトたちがこぞって集まってきた。
「神様がなんでここに⁉ 天界にいるんじゃないのかよ⁉」
「ねぇねぇ、君とエルってどういう関係なの⁉」
「神様ってやっぱり凄い力とか使えたりするのかい⁉」
「え、えーっと……」
クラスメイトたちからの質問攻めにあい、秋葉は困ったように頬を引き攣らせる。これじゃあまるで聖徳太子みたいだなと思っていると、見るからに不機嫌そうな織部が視界の端に映った。
(あ、これはまずい……)
「こら! 全員黙らんかい!」
織部の怒号が教室内に響き、さっきまで騒がしかった教室が一瞬にして静かになった。
「みんな気になるんは分かるし、俺もめっっちゃ気になる。けど、まずはやること終わらせてからや。質問は放課後にせえ」
「はーい」
織部がそう言うと、クラスメイトたちは不満げに返事をする。この調子だと驚異の質問ラッシュが放課後に待ち構えていることだろう。秋葉は本日何度目かのため息を吐きながら、自分の席に着くのだった。




