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第2章-第4社 入学式/学園長との対面

『ってことがあってね……』

『なんや、上の方が騒がしい思たらそういうことやったんか』


 秋葉は昨日起きたことを隣に座っていた熾蓮(しれん)へ念話越しに話す。ただいま入学式の真っ最中。今は来賓の方々のお話を聞いている時間だった。


『ちなみに、怪我は?』

『エルが早急に対処してくれたから何ともないよ』

「そうか。で、同室の悠って子は、前で寝かかっとる子でええんよな?』

『え? あー……うん、そう』


 熾蓮の視線の先を辿ってみると、そこには頭がぐらぐらと揺れている悠の姿があった。恐らく昨日のことがあって眠れていないのだろう。秋葉自身もかなり寝つきが悪く、睡眠不足気味になっていた。


 だが、今隣に座っている熾蓮は勿論、悠とも同じ一年A組のクラスになることができ、秋葉はホッとしていた。誰一人知り合いのいない中で学園生活を送るのは、二次元と創作オタクの道を走っている秋葉としては忍び難いものだからだ。


「これで二〇二一年度京都大神(きょうとおおみわ)専修高等学校《せんしゅうこうとうがっこう》入学式を終了します。一年生の皆さんは退場し、教室に戻ってください」

 

 そうこうしているうちに入学式が終わったようだ。全員が一斉に礼をしたところで、順番に講堂から退場していく。


『ほな教室戻ったら、悠に声かけに行ってみるわ』

『了解。私は学園長室に行かなきゃだからまた後でね』


 教室に戻った後には、自己紹介や今後の授業や学校生活での説明があるらしいが、秋葉にとってはそんなことよりもこの後に待っている西園寺(さいおんじ)学園長との対面に緊張していた。


 用件は言わずもがな、昨日の呪物の件だ。溜息を吐いた秋葉は、熾蓮たちA組のクラスメイトと別れて学園長室へと向かう。


 ◇◆◇◆

 

「西園寺(さいおんじ)美和子(みわこ)ねぇ……」

『どうしたんだい?』

 

 学園長室へ向かう最中に秋葉が学園長の名前を口にすると、彼女の横を浮遊していたエルが念話(ねんわ)を飛ばしてきた。


『なーんか西園寺学園長と入学以前にどっかで会ったことあるような気がするんだよね……』

『ボクは君がここに入学するまで直接会ったことは無いから、ボクと出会う前かな?』

『エルと出会う前か……』


 エルと出会う前であれば、それは中学に入ってすぐかそれ以前のことになるだろう。秋葉自身、七歳までは体質的に家の外に出ることができず、その後も神社の手伝いがあり、あまり遠出するようなことはなかった。


 そのため、外の人と会う機会自体限られていたのだ。西園寺はパンフレットの情報に書かれている通り、右京区に住んでいる訳でもないので、神社の氏子や参拝者というわけでもなさそうだ。唯一あるとすれば、両親と祖母の葬式ぐらいだろう。


『あ、思い出した。西園寺学園長と会ったのおばあちゃんのお葬式の時だよ』

『そうなのかい?』

『うん。なんでかはあんま覚えてないけど、多分、西園寺学園長がおばあちゃんの教え子だったからじゃなかったっけ……。おばあちゃんこの学校に勤めてたって前に聞いたから。そういえば、お母さんとお父さんのお葬式のときにも見たような……』


 両親の葬式の際に、祖母と西園寺が軽く話していた覚えがある。秋葉が七歳の頃のことなので、何を話していたかまでは覚えていないが、両親も代報者だったため、恐らくはそれに関することだろう。


 そう考えているうちに学園長室へ到着した。秋葉はその場で深呼吸してから扉をノックする。少しして中から入室許可を促す声が聞こえてきた。


「失礼します」


 エルと共に扉を開けて中に入れば、木目調の机を挟んだところに西園寺が本革製の椅子に腰掛けていた。入学式の時と同様、銀髪を後ろで団子にし、右目が前髪で隠れた金眼に着物姿といった品のある風貌をしている。


 西園寺の机の上には止まり木が設置されており、白い羽毛に金眼の梟(ふくろう)が佇んでこっちをじっと見ていた。


(この白い梟どっかで見たことあるような……)


 秋葉は白い梟に気をとられながらも、西園寺の前へと歩み寄る。


「ようこそ、北桜秋葉さん。この度はご入学おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 老婦独特の柔らかい声色の中に威厳めいたものを感じ、秋葉は緊張した面持ちで頭を下げる。


「こうして面と向かってお会いするのは、北桜先生の葬儀以来ですね。お元気で何より」


(てことは、やっぱりあの時会ってたんだ……)


 祖母の葬式は三年前のちょうどこの時期。思い返してみれば、葬儀の出席名簿に西園寺の名前が乗っていたように思えるし、何ならその時、軽く話したような気もする。


 何はともあれ、三年ぶりの再会だ。再会早々話す内容が呪物の件と物騒なのは残念ではあるが。


「本題へ入る前に一つ、貴方に渡したいものがありましてね。これをどうぞ」

「……御祝儀(ごしゅうぎ)袋(ぶくろ)ですか?」


 机に差し出された祝儀袋を手に取った秋葉は、何故こんなものを西園寺が持っているのだろうかと思い、尋ねる。


「貴方のお祖母様がまだ生きていらした頃、自らの死期を悟られた先生が貴方へ渡すよう私に預けられたものです」

「おばあちゃんが……。ありがとうございます」


 秋葉は西園寺にお礼を言った。裏面を見てみれば祖母の字で自分宛に『入学おめでとう』と文字が記されていた。


 それを見て懐かしく思うと同時にツンと鼻の奥が痛くなるのを感じた秋葉は何とか我慢して、祝儀袋を着物の袂へ仕舞う。


「では。本題に入りましょう。昨日起きた事件についてそちらの天御中主神《あめのみなかぬしのかみ》――もといエルよりご報告を受けました。」

「あのお話を遮るようで申し訳ないんですが、どうしてエルが天御中主神だと? エルが喋ったとか?」

「それは私の祓式(ふしき)である千里眼(せんりがん)のおかげですね。離れた場所の状況であったり、そのものの本質、未来のことも視ようと思えば視ることができます」

「す、凄い……」


 西園寺の千里眼が祓式――つまりは祓力(ふりょく)を用いた異能力ということを耳にした秋葉は、千里眼がアニメや漫画の世界でしかないと思っていたものが実在し、尚且つ西園寺が所持していることに驚く。


「ついでにもう一つ良いですか?」

「どうぞ」

「その、隣にいる白い梟って?」


 さっきからずっと見られているのを感じ、気になっていた秋葉は尋ねる。


「その子は私の所属する秩父(ちちぶ)神社の神使(しんし)です」

「秩父(ちちぶ)神社って確か埼玉にあって、思金神(おもいかねのかみ)を祀ってるところですよね?」

「流石、正解です」


 秋葉がそう答えると、西園寺は軽く微笑を浮かべながら、首を縦に振った。


 思金神(おもいかねのかみ)は知恵の神でありながら天気の神様という側面を持ち、その昔、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が岩に隠れて出てこなくなった時に、岩の外へ出すための知恵を授けたとされている。


 神職だからというのはもちろん、創作で何かと取り扱うことも多いので、自然とそういう知識が出てくるのだ。


「推薦状を届けに貴方の家に向かわせたり、クリスマスの日に嵐山での任務の際、生徒たちに同行して手助けしたのもこの子なんですよ」

「ホー!」


 梟は西園寺の言葉に呼応するように鳴き声を上げる。


「なるほど。そういうことだったんですね」


 やけに見覚えがあると感じていたが、西園寺の話を聞いて秋葉は納得する。


 秋葉を入学まで導いたきっかけを作ったのも、秋葉と熾蓮の危機を救くべく手助けしたのも白い梟だと知り、神使の能力の高さには驚きを隠せない。


 一方の梟は西園寺に顔を指で撫でられて気持ちいいのか、ピィーっと鳴きながら目を細めていた。その様子を微笑まし気に眺めていると、西園寺が切り出す。


「話を戻して、昨日貴方の元に送られてきた呪物を調べたところ、触れてから三時間後に標的を死に至らしめるものであったことが分かりました。加えて、引っ越し業者も架空の人物であったことから祟魔が化けてやって来たと見て間違いありません」

「触れてから三時間後ってことは……」

「ボクの到着がほんの数分でも遅かったら死んでいたね」

 

 エルの容赦ない物言いに秋葉は胸を抉られる。もう少し言い方ってものがあるだろうと思いつつ、エルの発言が正しいことには変わりない。一歩間違えれば同室にいた悠も巻き込んでいたことだろう。


「学園の結界を破った形跡もなく潜り抜けてきた挙句、感知結界にも反応しなかった。となると、相手は己が内にある祟気(すいき)を隠しきることのできる上級祟魔と思われます。相手が誰か特定できれば対処のしようもあるのですが……」

「それならもう検討はついてるよ。でも、対処するのは難しいだろうね」

「……どういうことかお聞かせいただいても?」


 秋葉の傍を飛び回りながら話すエルへ西園寺は静かに視線を向けた。その瞳には微かに怒りの念が渦巻いている。


「学園長は、マガツキって聞いたことあるかい?」

「マガツキ……。噂程度でしか耳にしたことがありませんが、確か祟魔の住む祟界(すいかい)を取り仕切る者でしたよね?」

「そう。太古からその名が囁かれてはいるけど、未だに年齢・性別・容姿が不明で神出鬼没。現状、分かっているのは黒い蝶を式神として使役していることだけなんだよね」


 年齢のみならず性別や容赦が不明ということは、やはりあの引っ越し業者は仮初めの姿だったのだろう。何にせよ、それだけ情報が少なければエルの言う通り対処のしようがないのも頷ける。


「そんな相手が接触してきたとすれば、大事になります」

「だよね~。でも、本人は早々に学園内から出たから大丈夫だと思うよ。アレも流石に代報者がこれでもかってうろついてるところに長居はしないだろうしね」


 西園寺とエルが会話を繰り広げる横で話を聞いていた秋葉は、本人は学園内から出たとしても、あのダンボール箱に描かれていた黒い蝶が本当にマガツキの式神ならば今も学園内にいるはずで、相当マズいのではないのだろうかと思う。


「ねぇ、エル。例の黒い蝶ってどうなったの?」

「三匹いたうちの二匹は、ボクが昨日仕留めといたよ。黒い蝶も学園内をうろついてるだけで、今のところこれといって動きはない。早々に仕留めて問題解決と行こうじゃないか」

 

 そんなわけで捜索を再開するからまた後でと言ってエルは、学園長室から姿を消した。エルが去るのを見届けた西園寺は秋葉に向き直る。


「三年前に出された予言の内容やクリスマスイブでの一件、貴方が命を狙われていることについては私を含め、学園の教員全員が認知済みです。今回の事態を踏まえて学園の結界及び巡回警備も強化済みですが、今後、学園内でも危険があるかもしれません。警戒しつつ、何かあれば連絡してください。教員一同、全力で対応することを約束しましょう」

「ありがとうございます」


 秋葉は西園寺の言葉に強い安心感を覚える。だが、その一方でエルは勿論、熾蓮や悠、そして学園の先生まで巻き込む事態になってしまっていることへの罪悪感を拭えないでいた。


(せめて自分の身は自分で守れるように強くならないと……)


 秋葉は気を引き締めると、西園寺に一礼して学園長室を後にした。

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