第2章-第3社 エルの乱入
突然のエルの登場に秋葉が呆然としていると、ダンボールの処理を終えた悠が部屋に入ってくる。
「秋葉ー? 大声出してどうし――いや、どちら様⁉」
宙を浮遊する謎のマスコットの存在に、悠は驚きのあまり声を荒げる。悠の反応を受けたエルは自信満々な笑みを浮かべて名乗りを上げる。
「ボクはエル! 秋葉の保護者代理兼神様だよ~」
「どうも千草悠です! じゃなくて保護者代理兼神様って何⁉ どういうこと⁉」
「あー、話せば長くなるんだけど……」
唖然とした表情で声を上げる悠へ、秋葉は事情を説明する。両親と祖母を亡くして実質独り身なことからエルとの出会いと正体について悠との解釈を一致させながら話すこと十数分。
「んー、なるほどそれでか……。というか、神様だとは知らずに無礼な態度取ってすいませんでした!」
事情を把握した悠は、光の速さでエルに向かって土下座する。
「そんなに畏まらなくても、気軽に接してくれていいよ~」
「おっけー」
「切り替え早っ!」
悠の迅速な態度の変化に秋葉は思わずツッコむ。とはいえ、実際のところ変にエルに対して気を遣われると、普段からラフに接している秋葉としてもどこかむずがゆくなるので、友達感覚で接してもらった方が有り難い。
「そ・れ・で? なんでエルはここに来たわけ? 神社の留守番はどうしたの?」
現在時刻は十七時前。社務所の営業までまだ時間はあるというのに、寮室に来たということは職務放棄と言っても過言ではない。
「秋葉の様子を見に来たってのもあるんだけど……これの処分に来たんだよっと!」
ベッド脇に移動したエルが指を鳴らした直後、そこにあったダンボール箱が紫の炎に包まれて燃え始める。
「あぁっ⁉ ちょっと何すんのさ⁉ 私の大事な荷物がぁー!」
「というか、火事になるっての!」
燃えたダンボールを目にした秋葉と悠が慌てる一方、エルがダンボールへ視線を落としながら口を開く。
「大丈夫、火事にはならないよ。本物の炎じゃないからね」
「本物の炎じゃないとか関係ないから! エル、今すぐ元に戻して!」
秋葉が強く言うと、エルは仕方ないと言った表情で炎を消す代わりにダンボール箱を覆うように結界を張る。
「本当にこれが大事な荷物なのかい?」
「えっ……?」
エルに訊かれた秋葉はまさかと思い、霊眼を起動させてダンボール箱の中を視る。 すると、結界で覆われたダンボール箱の中には非常に濃い黒い霧のかかった壺のようなものが入っていた。
「こ、これって……もしかして……」
秋葉と同じく霊眼を通して視ていた悠が、何かに気づいたようで声を震わせる。
「悠は分かるみたいだね。そう、呪物の類だよ。それもかなり強力なね。結界で封じてるから今は大丈夫だよ」
「ど、どうしてこんなものが……」
呪物と聞いて秋葉は動揺する。呪物とは文字通り呪いのかかった物で、禍福をもたらすとされているが、実在するものだとは秋葉は予想だにしなかった。
今、目の前にあるものは邪の気配を纏った黒い霧がかかっているので、災いをもたらす物に当たるだろう。
「秋葉、これ誰から受け取ったんだい?」
「引っ越し業者の人だよ。忙しくて手が空いてないから持っていくように渡されてここまで運んできたんだけど……」
引っ越し業者に荷物を引き渡すときよりも一箱分多かったので不思議には感じていた。が、まさかこのような事態になるなどとは思ってもみなかった。
「その引っ越し業者が知らず知らずのうちに運ばされていたか、祟魔が引っ越し業者に化けていたか……。どちらにせよ、祟魔による犯行であることには変わりない。秋葉なら分かるだろう? これがどういうことを意味しているのか」
「う、うん。間違いなく狙われてる……よね」
秋葉は顔を強張らせながら呪物を凝視する。こうも早く、それもこちらが気づかぬうちに命を狙われていたとは思いもせず、恐怖から悪寒を感じる。
「ねぇ、秋葉。狙われてるってどういうこと?」
「えっとそれは……」
眉を顰めた悠から問い詰められ、秋葉は言うか否か躊躇する。悠は巻き込みたくないし、できるなら知らないまま学園生活を過ごしてほしい。
だが、どう考えたって言い逃れできる状況ではない。どうしようかと迷っていると、見かねたエルが口を開いた。
「今後、一緒に過ごすんだから遅かれ早かれ知ることになるだろう。話しといて良いんじゃないかな?」
「わ、分かった……」
エルに提案され、観念した秋葉はクリスマスイブにエルから伝え聞いたことを少し簡略化して悠へ話し出す。
『数年の後、この国は災厄に見舞われる。その災厄を防ぐ鍵となるのは北桜家の少女』だという予言から、災厄を引き起こす障害となる秋葉が祟魔たちに命を狙われていること、今まで陰ながらエルと幼馴染であり愛宕衆の忍びである熾蓮が守っていたことを順を追って伝える。
それを聞いた悠は顎に人差し指を当てながらしばらく頭を悩ませていたが、理解できたのかやがて口を開いた。
「まさか秋葉が祟魔に命狙われてるだなんてね……。にしたって情報量多すぎない?」
「それは私もつくづく思う……」
秋葉は苦笑交じりにそう答える。エルから一気に説明されたときには情報過多で頭がショートするかと思ったというか実際していた。
悠にはできるだけ分かりやすく話したが、それでも多少混乱が生じるぐらいにはややこしい。
「とにかく話は分かった。ここまで聞いたからにはあたしも秋葉を守るの協力する」
そう言ってくれる悠の気持ちは秋葉にとっては嬉しいものであり、有り難いものだ。だが、そう簡単によろしくお願いしますと言える話でもない。なぜなら――。
「――悠だって巻き込まれるかもしれないんだよ?」
「そんなの代報者になるって決めた時点で覚悟してる。友達がピンチなのに何もせずにいろってのはあたしにはできないし、祟魔から人を守るのが代報者でしょ? 友達一人守れないんじゃ到底代報者は務まらないよ」
悠の表情は真剣そのもので、何があっても揺るがないという意思があった。ここまで言われれば、流石の秋葉も断るわけにはいかない。
「――分かった。迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね」
「うん! 任せといて! ……後、迷惑なんて言うなっ! あたしがやりたくてやるんだからねっ!」
悠は誇らしげに笑みを浮かべたかと思えば、終いに秋葉にデコピンをお見舞いした。かなり強めに喰らった秋葉はでこを指で擦るとともに、悠なりの優しさに頬を緩める。
「それで、二人とも身体に異常はないかい?」
「うん、特には」
「あたしも大丈夫」
エルに問われ、秋葉と悠はそれぞれ答える。ダンボール箱の封が効いていたのか今のところ体調の悪さは感じなかった。もし、エルが現れる前に封を切ってしまっていたらと考えると恐ろしい。
「他に変わったことはなかった?」
エルが続けて尋ねると、秋葉は顎に手を当てて思案した後、こう口にした。
「変わったことといえば、エルが出てくる前にダンボール見たら黒い蝶のマークが消えてたんだけど……」
「あ、ホントだ! 三つあったのが無くなってる!」
秋葉が話す傍ら、結界の施されたダンボールを確認した悠が驚いたように声を上げた。
「何だって⁉ これはまずいことになった……!」
珍しく慌てた様子のエルに秋葉は勿論、悠も首を傾げる。いまいち状況が掴めずに混乱していると、当のエルは手のひらを宙に振りかざして部屋全体に結界を張り、玄関の方へと飛んでいった。
「ちょっ! エルどこ行くの⁉」
秋葉は、部屋を出て行こうとするエルに向かって問いかける。
「この件を学園長へ報告しに行ってくる! それと、二人とも今日は絶対に部屋から出ちゃダメだからね!」
「わ、分かった」
秋葉が頷くと同時にエルは玄関の扉をすり抜けて廊下へと出て行った。
いつも飄々としているエルがこんなにも焦っているところを初めて目にし、秋葉は何かまずいことが起きていることだけは確かなのだろうと思うのだった。




