第2章-第1社 寮への入居
無事に愛宕山での稽古を終えて四月一日となった今日は、大神学園にある寮への入居日。
午前中の業務を終えた秋葉は社務所に置いておいたスーツケースを手に玄関まで移動する。
と、見送りに来たのか人の姿を取ったエルが待ち構えていた。エルは腰まである紫メッシュ混じりの白髪をハーフアップにし、神職装束となる白衣と白袴を身に纏っている。
「もう出るけど、絶対参拝者に変なことしないでよ?」
秋葉が口酸っぱく言うと、エルはマスコット姿の時と変わらない紫眼で彼女を見る。
「分かってるって。全く心配性だな~、ボクだってこの神社に三年務めてるってのに」
「あんたがこれまでに何度もやらかしてきてるからでしょうがっ!」
聞き飽きたと言いたげな表情を浮かべて話すエルに、秋葉は怒鳴り声を上げる。
参拝者が拝殿で祈願中、その願いを叶えるのは無理と念話越しに言ってしまったり、祈禱の最中に御祭神であるエル自身が光ってその場にいた一同を驚かせてしまったりと数々のやらかしをしていた。
今ではマシになってきているが、時々やらかすので秋葉は、目が離せないでいた。
「まぁ休日には帰って来れると思うから、ひとまずそれまで留守番よろしくね」
「はーい、いってらっしゃーい」
間延びしたエルの返事に、秋葉は本当に大丈夫だろうかと不安になりつつ、家を出ていった。
◇◆◇◆
電車とバスを乗り継ぐこと一時間。更にバス停から三十分程歩けば、土でできた塀の上部に瓦の乗った築地塀に囲われた建物が見えた。
塀に沿って坂道を進み、入口となる木造の楼門の前で立ち止まった秋葉は周囲を見回す。
「ここが大神学園か……」
三方を山に囲われたところにあるおかげか風が涼しく、比較的のどかなところに建てられているので市街地のような騒音なども聞こえてこない。
しかし、駅は疎か最寄りのバス停からも三十分と遠く、学園の周囲にはコンビニやファーストフード店など学生が休み時に利用できそうな店もなかった。実に青春を謳歌する学生にとっては優しくない立地だ。
一抹の不安を覚えながらふと見上げれば、広大な学園全体を覆うようにして三重もの結界が貼られていた。
「え、凄っ!」
流石は代報者の育成機関。霊眼で結界を注視すると、祟魔が入れないようにするための入縛の効果と結界内部の者がどこにいるか感知できる効果が付与されている。
大規模で精巧な結界に魅入られていると、結界の上部に一本の線が入っているのが視界に入った。
(あれは……ムラかな?)
秋葉は一瞬、首を傾げる。だが、これだけ範囲の広い三重結界だ。ムラの一つや二つあってもおかしくないだろう。
そう思い、秋葉は肩掛け鞄のチャックを開けてスマホを取り出して時間を確認すると、十五時前だった。引っ越しの荷物の受け渡し時刻まで五分を切っている。
秋葉は足早に門扉のついた楼門を潜って寮のある場所へ向かう。瓦屋根に白の漆喰壁と和風な五階建ての建物の前に着くと、既に大型トラックが止まっていた。
直後、トラックの荷台からダンボール箱を持った引っ越し業者の若い男が現れ、秋葉を見つけると彼女の元まで歩いてきた。
「あの、北桜秋葉さんで間違いないでしょうか?」
「はい、そうですけど」
つば付き帽子を目深にかぶり、肩につくかつかないかぐらいの黒髪を後ろで縛った男に声をかけられ、秋葉は頷く。
「良かった。この時期は引っ越しシーズンでどこも繁忙期でしてね。申し訳ないんですが、次の引っ越し先まで急がないといけないので、これとあちらの荷物の方もご自分で運んでいただけないでしょうか?」
抱えた中型ダンボール箱を見せながら話す男の視線の先には、大型ダンボール箱の積まれた台車があった。
「えぇ、大丈夫ですよ」
了承した秋葉は一度スーツケースから手を離して、男からダンボール箱を受け取る。
「ありがとうございます。台車の方は運び終わり次第、トラックの傍に置いといてもらえれば、こちらで回収しますので」
男はそう言い残して駆け足で荷台の方へと戻っていった。秋葉は受け取ったダンボールとスーツケースを台車の上に乗せる。
(あれ? 荷物引き渡した時よりも一つ多い?)
途中で梱包直したのだろうか。ダンボール箱が一つ増えていることに気づく。
不思議に思いながらも台車を押して寮へ入ろうすると、中から秋葉と同年代の少女が出てきた。ロングボブの毛先がふわっとした苔色の髪に紫眼の彼女は、秋葉と目が合った途端口を開いた。
「そこの君ー! 北桜秋葉って人知ってる?」
「え? 私ですけど……」
「ってことは、君がルームメイト⁉」
何故自分の名前を知っているのだと戸惑うのも束の間、少女は全速力でこちらに走ってきて、ぐいっと顔を寄せて問うてきた。
瞳を爛々とさせる彼女に圧倒されながら、秋葉はルームメイトという言葉を聞いて、寮室は二人部屋だったことを思い出す。
「あたし、千草悠! 同室同士これからよろしくね!」
「北桜秋葉です。これからよろしくお願いします」
どうやら同室は随分と明るい子のようだ。上手く付き合っていけるだろうかと心配に思っていると、当の本人が拗ねたようにして口を尖らせていた。
「もおー! 同い年なんだからタメでいいよ!」
「は、はい。じゃなくて……分かった」
「それでよし! あ、荷物運ぶの手伝うね~」
満足そうに笑った悠は、颯爽と不安定に台車へ積まれた秋葉のスーツケースを手にする。
「このダンボール、蝶のマークついてるじゃん! 可愛い~!」
「あ、ホントだ」
悠に指摘されて見てみると、先ほど引っ越し業者から手渡されたダンボール箱の三つの側面に一羽ずつ黒い蝶のマークが描かれていた。
秋葉は先を歩く悠に続いて寮へと入る。外観からして中も和風な構造かと思っていたが、壁はビニールクロスで床はグレーのタイルカーペットと洋風な空間が広がっていた。
悠に案内されること数分。寮内に完備されたエレベーターを降り、再び歩いた先でふと彼女が立ち止まった。
「ど、どうしたの?」
「あー……降りる階間違えちゃった」
「……はいっ⁉」
気まずそうに頬を指で搔く悠に、秋葉は目を丸くする。
「今いるのが四階だから、もう一個上だ。いや~、昔っから道覚えるの苦手でさ。ごめんね~」
(つまりは方向音痴ってわけね……)
悠が苦笑交じりに話す一方、秋葉は内心で呆れ返った。




