第1章-第11社 愛宕山稽古(後編)
華南の号令で始まった実戦形式の鬼ごっこ。祓力で身体強化した秋葉は、罠や仕掛けが山ほど張られている中を猛ダッシュで逃げ続けていた。
しかし、後ろからとんでもない速さで木々を跳んで駆けていく華南から、苦無が投げられ、秋葉の足元に命中する。
「ヒィッ⁉」
怖さのあまり踏み止まった瞬間、容易に捕らえられて、秋葉は早々に脱落してしまった。
続いて、空を飛んで逃げているエルに狙いを定めた華南は次々と苦無を投げ飛ばす。エルが回避して逃げる中、上に吊るされていた網が先ほど飛んできた苦無によって切断される。
そして降ってきた網が逃げているエルを捕獲した。
「もぉ~! この網邪魔なんだけど!」
身動きがとれないまま網の中で暴れ回るエルを他所目に、華南はどこかに潜伏した熾蓮を追っていた。
一方の熾蓮は二人の様子を窺いながら、華南がこっちに迫ってくるのを検知。苦無が熾蓮の真横を通過する中、彼は木陰から斜め向かいの木の枝へと飛び移って逃げる。
「待て、熾蓮っ!」
「誰が待つかアホ……!」
その後、華南が苦無や鎖鎌、煙弾を投げて、熾蓮を追撃。最後には一本の木を根こそぎ切断し、支えを失った木が熾蓮に向かって押し寄せる。
「おいおい、嘘やろ⁉」
慌てて跳躍し、その場から退く熾蓮。しかし、退いた先にいた華南から首筋に苦無を向けられ、止む無く降参することとなった。
その後、振り返りをしつつ、少しずつレベルを上げながら五回ほど鬼ごっこを繰り返したところで、一旦休憩を挟もうと華南に言われた。
「し、死ぬっ……!」
「はぁー、疲れた……」
想像以上に過酷な鬼ごっこを経験し、秋葉とエルは膝と手を地面についていた。華南があんなに早いとは思っておらず、度肝を抜かれた秋葉は、涼し気に木の幹に背中を預けている彼女を見上げる。
(熾蓮も相当だけど、華南さんってどんだけ体力お化けなんだ……)
華南の余裕さに半分慄きつつ、同じく傍にいた熾蓮へ目を向ける。
「熾蓮は……撃沈してるね」
「あぁ、可哀想に……」
「ホンマ何やねんあいつ。一歩間違えたら死ぬぞ」
秋葉とエルが哀れみの目を向ける中、熾蓮は地面に寝転びつつ、悪態をつく。
一回目の鬼ごっこのラストに熾蓮へ向かって木が降って来た時はこっちも肝が冷えたものだ。無事で何よりだと思っていると、華南が熾蓮へ視線を寄越した。
「実戦では常に死と隣り合わせだからな。今のうちに慣れておいて損はない」
「それはそうなんやけど……」
正論を口にする華南に対して、熾蓮は不貞腐れるようにして呟く。
「何か言ったか? ん?」
「い、いや何でも……。や、社の方から水持ってきます!」
圧のかかった笑みを向けられて徐々に顔が青ざめていった熾蓮は、すぐに起き上がり、ダッシュで神社のある山頂へと消えていった。
普段はこんな風に誰かに対して慄くことのない熾蓮がそうなっているので、流石は師匠だなと感じていると、エルが神社の方に用事があるとのことで、その場から姿を消した。
(これは……二人とも逃げたな)
あっという間に置いてけぼりにされた秋葉は内心、呆れ返る。
「さて、二人も行ったことだ。少し話さないか?」
「良いですよ」
地面へと腰かけた華南から声をかけられ、秋葉は頷きがてら隣に座る。最初は好きなものや趣味はなんだと他愛もない話から始まり、秋葉は華南に去年の冬に二日連続祟魔から襲われたことを話す。
「なるほど。よりによってあの二人に助けられたのか……」
「え、海希さんと多田さんのこと知ってるんですか?」
「あぁ。あいつらとは色々かかわりがあったからな。秋葉が今年入学予定ということは、案外すぐに会えるやもしれんぞ」
華南が海希と多田と知り合いだという話に秋葉は目を見開く。
実質二度も助けられたのだ。流石に入学して早々会えることは無いだろうが、また会えた際には重ねてお礼を言っておこう。少し楽しみが増えて浮かれる秋葉に華南は声色を落として、こう続ける。
「だが、常に警戒はしておけよ。いくらエルや熾蓮がいるからと言って、常時守れるわけでもない。祟魔に遭遇したら倒すまではいかずとも、逃げられるぐらいにはなっておけ。もっとも、お前はその辺筋が良さそうだから、あまり心配はしてないがな」
「いえそんな。でも、ありがとうございます」
筋が良いことを褒められ、笑みを浮かべる。
しかし、それでも警戒が必要なのは事実だ。浮かれて足元をすくわれて殺されるなんてことのないように、常日頃から気は引き締めておかなければ。そう心に留めた秋葉は、ついで口を開く。
「あの、熾蓮とは師弟関係なんですよね? 普段はどんな感じなんです?」
熾蓮が忍びだと知ったのが最近ということもあるが、自分の知らないところではどんな様子なのか、師匠と弟子だから普段見ないようなやりとりでもしているのかと気になり、興味本位で訊いてみる。
「何かあったらすぐ吠えるし、反抗するし、余計なことは言うわで煩いやつさ。しばらく会わないうちに一段と口が悪くなってるし、どうせ学校でもあんな感じだろ?」
「い、いや……」
(反抗的な態度は華南さんとエルだけじゃないかな……。いやまあ、たまに気が緩んでか失言しちゃうことはあるけど)
引き攣った笑みを浮かべながら、内心で華南の発言をやんわり訂正する。
華南の場合、容赦なく熾蓮を色んなことに巻き込んでそうではあるし、実際無茶苦茶ではあるし、付き合いもそれなりに長そうなので、先ほどのように言い合えるのだろう。
「だが、あいつは他人でも話せばすぐ仲良くなれる社交性があるし、周囲を見る力がある。加えて何かあったらすぐ気づいて動ける行動力の持ち主だ。忍びとしてのスキルはしっかり持ち合わせているだろう。ただ座学となると途端にアホになるがな」
「あー、確かにそれはそうですね……」
熾蓮は目に見えて勉強ができないという致命的欠陥を抱えている。地頭は良いのだが、テストを受ければ決まって平均より下で赤点ラインギリギリなのだ。
かと言って、秋葉もそこまで勉強ができるというほどではないが、毎回平均点以上は取っている。だが、それもほぼ一夜漬けによるものなので、あまり人のことを言える立場ではない。
「戻ったで~」
噂をしていると、熾蓮が人数分のボトルを持って戻って来たようで、華南と秋葉は水の入ったボトルを受け取る。
「遅いぞ。どれだけ時間かかってるんだ」
「ちょっと爺ちゃんに声かけられてしもてな。師匠に勝手に出入りするなって伝えろやってさ」
「全く頑固なジジイだな。出入りぐらい別に良いだろうが」
「勝手に入られたら、侵入者と見間違えるやってさ」
華南が呆れたように言えば、熾蓮が付け加えるように話した。事実、華南は許可を取らずに勝手に入って来たそうなので、侵入者には相違ないだろう。
何とも勝手というか自由奔放、周りの目をまるで気にしない華南の姿勢には、出会ってまだ数時間しか経ってない秋葉も呆れるばかりだ。
「そろそろ日も落ちるし、戻るとしよう」
「ですね」
休憩を終え、一同が社に向かって歩き出そうとしたところで、華南が後ろにいた熾蓮を振り返った。
「あぁ、お前は罠を再配置してから戻ってこいよ」
「ちょっ! なんでパシられなあかんねん!」
さらっと口にした華南へ、熾蓮は眉を顰めながら抗議する。
「直すのは弟子の役目だ。頑張れよ~」
「あはは……。頑張ってね」
熾蓮の不憫さに苦笑いがこぼれる。秋葉自身、手伝おうにもどこから罠が飛んできたのか分からない。
仕方ないが、ここは罠の配置を把握している熾蓮に任せることとしよう。こうして秋葉と華南は社に戻るべく歩みを進めるのだった。




