9. 当たり前
「本日は〜〜〜〜〜!レコーディングーーーッ!いえ〜〜〜〜〜い!!!!」
「...... 」
「はい由梨奈もっ!いえ〜〜〜〜〜い!!!」
「い、いえーーーぃ」
ナツキチの厳しいレッスンも何度か受け続けた2人は、「まぁこのくらい歌えたら世間に出しても恥ずかしくないんちゃう?」と、仮免許ならぬ仮合格が出たので、自分たちの実力を知るためにも、一度歌ってみた動画を投稿することにしたのだ。
だがもちろん資金はないので、初めましての時と同様、由梨奈の部屋での録音となる。
「ゆーてあたしらもめちゃくちゃ成長してるから秒でRec終わるっしょ!チャチャっと終わらせてチャチャっとMIXしてチャチャっと投稿してチャチャっとバズっちゃおう!」
(すごい難しいことをすごい簡単そうに言うなぁこの人は......でもまぁ、私たちが成長してるのは事実。もしかすると、もしかするかもしれない。)
美里が浮かれているのは見たその通りだが、由梨奈が浮かれているのも事実だ。元より由梨奈は投稿した動画がとんとん拍子に伸びて今のチャンネルがあるので、経験からくる安心感もあるだろう。
でもなんだろう、この特大フラグを立てている時特有の危険な香りがするのは。
◇
「おかしい、こんなのおかしいよ...... 」
朝9時に集合した2人は、16時現在でもレコーディングが終わっていなかった。
「上達してるってナツキチさん言ってましたけど、逆に私たちどんどん下手くそになってません??」
粗を気にすれば気にするほど、ドツボにハマっていく。先へ進むと、曲の冒頭の完成度が気になり、後戻りして録り直してしまう。
「いやまじそれな。録っても録っても納得いくテイクが録れん......あの酒カスコーチ、騙したな......ちょっと文句言ってやる。 」
そう言っておもむろにスマホを取り出した美里はなんの躊躇いもなくナツキチに電話をかける。
「お〜う、どすた〜?」
スピーカー越しでもアルコールを感じるくらいに酒が入っているようだ。
「どーしたもこーしたも、あたしら下手すぎて全然録音終わらないんですけど!録っても録っても粗出てくるし、前までの方が気持ちよく歌えてたんですけど!何してくれたんですか!」
(おぉ〜、責任を完全に丸投げしたなぁ。しかも抽象的に。)
「ん、そりゃぁええことやなぁ。なんでそんなことで電話してきたんや?」
「ナツキチさん酒入りすぎてボケてきたんじゃないですか?こっちは大真面目なんですけど!」
「おう、だから成長してる証やんけ。何当たり前のことでそない怒ってるんや?」
「......んん?」
何か色々と腑に落ちないが、自分の考えにどこか穴が空いていたのかと思うような違和感を覚える。
「粗が目立つってのはそんだけ成長してるから欠点を見つけられてるってことや。前まで気持ちよく歌えてたってことはそんだけなんも考えてへんかったってことや。まさかお前らそんな単純なことも気付かずに今まで音楽やってきてたんか?一回頭冷やしてから昔の音源と比較してみ?あ、あとRecで細かいとこ気にしてたらキリないから、どっかで妥協することも必要やで。まぁお前らならわかってると思うんやけど、一応な。ほな!もう人が酒飲んでる時間帯に電話かけてくんなよ!」
16時に酒を飲んで酔っ払っている大人とはいかに。
ポロロンと通話が切れる音が防音室に吸音される。やけに部屋が静かだ。
「...えっと、つまりあたしたちはめちゃくちゃ成長してて、自分たちの音楽にストイックになりすぎてた。でもその先に行くにはまだ技術力が足りていなかった。こういうこと?」
顎に人差し指を置いた状態で首を傾げる美里がやたらとアホっぽく見える。
「ですね。これを世間一般では練習と成長って言うみたいです。私たちは気が付いていなかったみたいですけど。」
「......アホすぎる......」
「ですね...... 」
「「はぁぁぁぁぁぁあああああああ」」
もうため息をついて寝転ぶしかない。ただ、そのため息と共にRecのストレスも抜けていくようだ。
「と、とりあえず休憩も兼ねて顔合わせの時の録音聴いてみませんか?ナツキチさんも仰っていましたし。」
「だね!聴いてみよう!」
初回練習時のセッションを立ち上げ、スペースキーを押して再生する。
「......これはひどい。」
再生を止めてもお互いに顔を合わせられずにいる。
「あまりにもひどいですね......これは初回レッスンで下手くそって言ってしまう気持ちもわかります......」
「例えばここの盛り上がりのところ、テンション上がりすぎてピッチも40セントくらい高くなってるし、タイムもガッタガタ。オケ聴いてないのが丸わかりだわ...... 」
「あとはここ、落ちサビで声量落としすぎてカッスカスになってます。感情を優先しすぎるとマイク乗りが疎かになってしまいますね。これがナツキチさんが仰ってた感情と技術力の話ですね。」
「でもそれと比べると今日の音源めちゃくちゃ良くない!?なんというか、一応聴けるクオリティというか、人に見せても恥ずかしくないというか!」
「ですね!でも恐らく今日の音源も1ヶ月後とかに聴いたら下手すぎて死にたくなるんでしょうけど。」
「だねー。これが練習かぁ〜。」
「ぷっ、あっはっはっはっはっは」
当たり前すぎるセリフに、思わずお互いの顔を見て吹き出してしまう。
「こんなことにも気がつかなくなるなんて。音楽ばっかり打ち込んで視野が狭くなるのって本当に良くないですね......」
「そうだ!じゃあさ、せっかくだし2人で旅行行かない!?リフレッシュも兼ねてこないだのリベンジで!」
「いいですね!ディズニーリベンジですか?」
「いや、目的地は...... 」




