8. デー...ト?
「あづい...なぜ美里の家まで行かねばならん......現地集合でよかろう...... 」
ディズニーデート当日、由梨奈は現地集合ではなく一旦美里の家に来るように伝えられていた。
現在8月上旬。太陽が本気で人間を殺しにかかってくる時期だ。直射日光、アスファルトの照り返し、無風の都会。自分の長い髪ですら首を絞めにきている。
もちろん、不登校の由梨奈はそんな時期に外に出るような自殺行為は行わない。冬眠ならぬ夏眠だ。だからこそこの夏の暑さには慣れておらず、文句たらたらなのである。
「美里の家はこのへん……って、うーわぁでっかぁなんだこれ...... 」
目の前にそびえ立つのは、見上げるだけで首が痛くなりそうな、30階をゆうに超えていそうなタワマンだ。さすが元超人気声優。
セキュリティも超頑丈だ。てかエレベーターの押しボタンが三列もあるの初めて見た。
最上階に向かうエレベーターも長くて暑い。この熱気で皮膚が溶け出しそうだ。毛穴という毛穴から長年溜め続けた老廃物が押し出されているような感覚がある。
すんすんと脇を嗅いでみる。うわ、すっぱ。
「やっと着いた...なんでこんな不便なところに住むんだか...... 」
やっとの思いでインターフォンを押すと、ドカドカと派手な足音が近づいてくる。足音までやかましいのかこの人は。
「由梨奈いらっしゃーい!今日めちゃくちゃ暑いよねぇ大丈夫だった?うわ、汗だくじゃん!はい水分とって!ほら!」
暑さに慣れておらず何も考える気力の無い由梨奈は、美里に誘導されるがままにソファに座り、アクエリを流し込まれる。
口から喉、食道、胃へと、臓器の形に沿って冷たいアクエリが流れていく。
「うんまぁ」
水分不足で萎んでいた体の節々にまで水分が行き渡る。
「まさかこの暑さの中飲み物持ち歩かずに歩いてたの!?しかも長袖長ズボンで!?バカなの!?」
上から下まで由梨奈を見ると、上下はいつものレッスン着と同じグレーのスウェットで、荷物は何も持ってきていない様子だ。
「いやぁ、夏に外を出歩くのはほとんど人生で初めてみたいなもので... 」
「なに冗談言ってんだか。はよシャワー浴びてきなー?タオル置いとくし!」
(いやこればっかりは本当なんだよな... )と心の中で呟くも、とても言い返す気力はない。
◇
「だはぁぁぁぁぁあああああん゛ぎも゛ぢえ゛え゛〜〜〜〜〜〜」
近衛家の浴槽はそれはもう想像通りの広さで、両腕両脚を大の字にして伸ばしても余裕があるほどだ。
「人間って水の中で大の字になると意外と浮くんだなぁ」
などと、川や海で遭難した時くらいにしか役に立たなそうな感想しか出てこない。
◇
「ごめん由梨奈ー着替え置いとくの忘れてたわー」
美里がガラッとドアを開けた先にはタオル一枚だけの全裸サービスショット由梨奈の姿が。
華奢で優美なキュッキュッボン。少しだらしない下っ腹とのコントラストが美しく親近感を覚える。
「おぉっ、おおおぉ〜。......えっろぉ〜。」
選んで出てきた言葉がそれかよ。
みるみるうちに由梨奈の顔が赤くなってくる。顔の中心から徐々に耳の先、そしてつま先まで。
(わぁ〜。全裸だとこんな感じで染まってくんダァ〜...人間ってオモシローイ。)
思わず頭の先からつま先までまじまじと見つめてしまう。
「なっ、なっ、み......美里のえっちーー!!!!」
「いやそうはならんだろ」
アニメでしか聞かないセリフと共にバシーンと投げつけられたバスタオルを剥ぐと、そこにはつい数秒前まで目線の先にいた由梨奈の姿がなくなっていた。
「んん?......って、由梨奈大丈夫!?!?」
目線を下に落とすと、そこには目をぐるぐる回して倒れている由梨奈の姿が。
「あ〜ぁあぁこりゃしっかり熱中症じゃん。やっぱうち集合にして正解だったよ。」
由梨奈にその言葉は届かなかった。
◇
知らない天井だ。
高級感のある、自分の体の形に沿うように沈むベッド。部屋に微かに香るフレグランス。鼻に当たっている布団の匂いが心地いい。そして横には美少女が添い寝をしている。
「あれ......ん?なぜ推しが隣で寝ている......?あぁ、なんだ美里か。......って近衛美里!?!?」
「ん......なんだよやかましいなぁ」
美里も由梨奈の看病で疲れて眠っていたのだ。しかしなぜ同じ布団に入っているんだか。
「あぁ、なんだ。寝ぼけてて訳が分からなくなっていました。これは失礼。」
ぐい〜っと全身を伸ばすと、凝り固まっていた筋肉がゴリゴリと解れていく。
あぁ、ずっと同じ体勢で寝てたんだな。
「由梨奈、あんた熱中症だったんだよ。」
「お風呂に入ってからの記憶がない......そして隣では推しが添い寝をしていた...そして窓の外の暗さを鑑みると現在時刻は20時頃......これは事後だな...... 」
「やめんかあほ。話聞けや。」
話を聞かずにあらぬ方向に話を自己完結する由梨奈に手刀を下す。
「あいたっ。」
「由梨奈、あんた風呂上がって私と鉢合わせた時に意識失って倒れたんだよ?それでこの時間まで爆睡。あたしの身にもなってよねー。」
美里は少しムスっとした顔で頬を膨らませており、朝玄関を開けた時の表情と照らし合わせると、よほど今日のデートを楽しみにしていたようだった。
「それはもう本当に申し訳ありません......ところで、なぜディズニーデートの予定だったのに美里の家に集合だったのですか?」
「ん、今まで何回か会う度に由梨奈の服装がクソダサいことが気になってさ、せっかくなら由梨奈のこと可愛くしてからデート行きたいなーって思ってた感じ?余計なお世話かなーとも思ってたんだけど、まぁ怪我の功名だわなー。」
言葉の端々に隠れた棘を感じるのは自分の所為なので、触れないでおこう。
「本当にすみません......全部私のせいで美里の1日を無駄にしてしまって...... 」
「いやいや、あたしはこれはこれで楽しかったからいいの!由梨奈の寝顔も見れたことだし!」
「......そういえばなんですけど、なぜ美里が同じベッドで寝ているのですか?」
「...... 」
「美里?」
俯いた美里の耳がみるみるうちにカーっと赤くなってくる。
人間ってこうやって赤くなるんダァ。
「か、看病で疲れたから寝ちゃっただけ!そもそもこのベッドはあたしのなんだからね!!!!」
美里はそう叫んで1人で何やらブツクサ文句を言いながら台所へ逃げていった。
「耳元でうるさいなぁ......なにもそこまで声を荒げなくとも....... 」
罪悪感を感じながらもすぐに出るつもりでベッドインしたら、由梨奈の髪の匂いが好きでついつい眠ってしまったのは内緒である。




