7. 推しとデート
鷹司由梨奈には母親がいない。
由梨奈が幼い頃に他界してしまい、父親はその現実から逃避するように仕事に打ち込んでおり、家に帰らない日も少なくはない。
学校にも行っていない由梨奈の1日は至ってシンプルだ。
朝起きて最低限の家事を行い、午前中に採譜をし、午後はレコーディング、夜はミックスマスタリングをして就寝だ。
チャンネルを伸ばすには投稿頻度を上げることが重要である。
由梨奈の生活サイクルはチャンネルを伸ばすためには非常に効果的だ。だからこそ、そのサイクルが毎日続くだけの生活には刺激のないつまらなさを感じていた。
そんな日々に舞い込んできた近衛美里という人物。
人生の歯車が狂い始めた、と言うより存在しないはずの歯車が現れて全ての人生設計が狂い始めたと言う方が適切だろう。
美里と過ごす日々は刺激的で本当に心の底からワクワクする。......まぁ時々うざくてぶん殴りたくなることもあるけど。
そんな今の生活が、愛おしい。
◇
「にしてもいまだに近衛美里とプロジェクトを共にしてるって信じられないな......ラインも繋がってるし。」
夜な夜な由梨奈がベッドに寝転がりながら眺めているのは美里とのトーク履歴だ。
美里は仕事の内容だけでなくプライベートな連絡を送ってくれるが、由梨奈はなかなか自分自身の生活を美里にさらけ出せないでいる。
「だって推しだよ!?そりゃあもう仕事を通して出会ってからはそれなりに時間は経つけど、それはあくまで仕事上の関係。推しに自分のプライベートを知られるなんて恥ずかしいよ...... 」
家にまで招いて黒歴史もほじくられているのに、それ以上の恥ずかしさなんぞあるんかいという正論は置いといて。
「でもせっかくなら2人でどっかお出かけとか行きたいなぁ......ディズニー行ったりとかー?洋服買いに行ったりとか!あ、あとライブとか一緒に行きたいなぁ〜!」
妄想が止まらない止まらない。
つい声に出てしまったグフッという気色の悪い笑い声と、暗くなった画面に写った自分の綻びすぎた口角を見て現実に引き戻される。
「でも仕事仲間ではあるけどまだ友達とは言えないんだよなー。他のファンの子たちはまだ悲しんでるはずなのに私だけこんないい思いしちゃっていいのかなぁ。...でもせっかくこれから仕事するなら仲良くなりたい!よし!ライン送るぞ!」
……と意気込んだはいいものの、チャッピーと格闘して早2時間。
この誘い方ならいいんじゃないか!?と思い美里とのトークに打ち込んではみるものの、なんか違う...となり、何も送れずにいる。
「んもーーーーどーーーーーーしたらいいんだああああああああああああああ!!」
ドーンと大の字になってベッドに突っ伏す。
さっさと送ればいいものを何かと理由をつけて躊躇っている自分自身に嫌気が差す。
「こんな時に美里が誘ってくれたらなぁ」
その瞬間、スマホからシュポッと言う音が聞こえる。由梨奈もドパガキなので、広げていた腕を光の速さで顔の前にスマホに持ってくる。
すると先ほどまではなかったチャットが増えている。というかどんどん増えている。
“ゆりなー!よかったら今度の土曜、2人で買い物行かない??”
“えっ、即既読??”
“なになに〜ずっとあたしとのトーク眺めてたの〜?^^”
即、既読......やってしまった。
まぁでも美里とお出かけできるのは願ったり叶ったりだ。
“いえ、ちょうど私も美里をデートに誘おうと思っていたところでした。奇遇ですね。”
平常心平常心と心の中で唱えながら思いっきり嘘をつく。
“お、まじ!じゃあディズニー行こ!せっかくだからオシャレしていこうぜ〜〜”
こうして美里との初デートが決まってしまった。
ん?デート??
「推しとディズニーデートぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!?」
かくして近衛美里と”ただのキショオタ”のディズニーデートの幕が開けるのである。




