5. 結成!
「それじゃあ今後の作戦会議を始めよう!まずはあたしたちのユニット名を決めよう!はい!由梨奈さんどうぞ!」
2人が集まったのは先日同様由梨奈の部屋だ。防音室があるだけの簡素な部屋に、美里が事務所から勝手に持ってきたホワイトボードが所狭しと置かれている。
「いきなりめちゃくちゃですね......そんなすぐには思いつかないです......美里は何か案あるんですか?」
「ん?あたしはリヴァイアサンがいいかな〜?」
「殺しますよ。」
先日散々抉った由梨奈のメンタルを覆う瘡蓋はもう固まっている。
「うそうそ冗談だって〜。まぁ王道なのは名前とかコンセプトをいじる感じかなー?」
「コンセプトですか...... 」
まだ会うのは3回目と日は浅いが、その記憶を隅々まで辿る。
「そう...ですね......2人に共通するのは”理想”じゃないですか?」
「りそう?」
由梨奈の理想とか夢とかってまだ聞いたことないかも?と大きめに首をかしげる。
「はい。美里はルックスで評価されない、表現者としての自分を見てもらう事が理想なんですよね。私は生身の自分では成し得ないことをYurinaに代わりに舞台で演じてもらっているんです。彼女は私の理想の姿なんです。」
端的に表すと別人格というやつだ。否、生身の自分自身を批判から守るための鎧と表現する方が適切かもしれない。
80万人も登録者がいると、ネガティブなコメントがつくことも少なくない。
感情の表現を売りにしている由梨奈ではあるが、彼女自身の精神は傷つきやすいのである。
「おぉー!なんかいいねえ!こういうのって英語にしたらカッコよくなるよね!理想って英語でなんて言うの??」
「idealですね」
「あいでぃーる、あいでぃーる......じゃあさ!MisatoとYurinaの頭文字をもじってMyDeaLとかどう!?めっちゃよくない!?」
四つん這いで前のめりに迫ってくる美里。顔がとてつもなく近い。
くそぅ。かわいいな。
「......悪くないですね。」
悪くない、というかむしろ好きだ。だが思春期由梨奈はその気持ちを表現できずにプイッと横を向いてしまう。
「ほれほれ〜その顔は本当は結構いいなって思ってるんじゃろ〜?正直になりな〜?」
由梨奈の顔をわしゃわしゃとポメラニアンのように撫で回すが、軽くあしらわれる。
「はいはいわかりました気に入ってますよ。で、お互いの活動名はどうするんですか?こればっかりは身バレしないように本名をもじったりはできなさそうですが。」
身バレして自分が傷つくことを一番恐れている由梨奈からすると、少しでも特定されてしまう要素は排除しておきたい。
「んーじゃあお互いのお母さんの名前とかどう!?」
「お母さん......ですか」
少し由梨奈の顔が陰るが、美里にはその本音は見えない。
「そう!それなら絶対にバレないし考えやすくない!?あと愛着湧くし!うちはねー、芽生!」
「うちは......エリです。」
「いいじゃん!MeiとEri!しっくりくるじゃん!はいけって〜い!」
この時の美里は、陰った由梨奈の表情の裏に潜む負のオーラに気がつくことはなかった。
◇
「美里がレーベルに所属してるなら予算とかおりないんですか?不必要なバズを狙わないのであれば、オリジナル曲を作ってレーベルの力と知名度で押し出してもらうのが王道かと思うのですが。」
由梨奈の疑問はもっともだ。SNS上ではコンテンツが飽和しており、レーベルの人間の目に留まるにはバズは必要不可欠である。
「チッチッチ。私たちユニットはレーベルに所属していないんだよ。完全無名状態!ちなみにまず作曲って30万円くらいかかるみたいで、そこからアレンジとかバンドRec、ミックスマスタリングして世に出るまでには軽く100万とかかかるらしいよ!」
由梨奈に現実を叩きつける。額が額なだけに、由梨奈の下顎がゆっくりと下がっていく。
「ひゃく...... み、美里くらい稼いでたらそのくらい余裕なんじゃないですか...?」
元超売れっ子声優の美里ならバリバリ稼いでいそうだ。100万なんてポーンと出してくれるのでは......?と少し期待を込めた眼差しで目を合わせてみる。
「んー。全然余裕ってわけでもないんだよなーこれが。まぁそもそも声優の近衛美里とは別人格での活動だから、そこは混ぜずに1から頑張りたいなーって感じ!」
お金をかけられない。そうなると残された選択肢は一つだけだ。
「なるほど。確かにそれもそうですね。となると、選択肢は公式配信音源でのカバーしかなくなりそうですね。」
そう、カバーだ。特にボーカロイド楽曲については歌ってみた動画が活発に投稿されており、公式が原盤のインスト音源を二次創作用に配信してくれているケースもかなり多い。
「まぁそうなるよねー。でも、カバーとはいえさすがにミックスとかイラストは自分たちじゃできないしなぁ。いやーぁどうしたものか。」
カバーだと作曲やアレンジは関係ないが、レコーディングした音源を編集するミックスやマスタリング、そして動画の顔となるイラストや動画編集は避けられない。
ネット上で安い値段で請け負ってくれるミックス師なんかも沢山いるが、クオリティを追求するとかなりの額を投資しなくてはならない。
「あ、私ミックスマスタリングできますし、イラストも描けますよ?と言うか私が出してる動画は一切外注なしです。まぁ、素人クオリティではありますけど... 」
「...まじで?」
「まじで。」
「...あの動画全部?」
「全部。」
ぽん・ぽん・ぽんと木魚が3回くらいなりそうな沈黙が生まれる。
「まじかよ......由梨奈さん、あのクオリティはお金取れるよ......よしわかった!ミックスとマスタリング、イラストは由梨奈に任せます!そしてその分のお給料はあたしが払います!」
「なぜ?私は別にお金はいらないのですが...... 」
レコーディングエンジニアやマスタリングエンジニアは資格職である以上、由梨奈も自身の立場は弁えている。というか、そもそも最初から音楽でお金を稼ぐという目的はなかった。
「これからあたしたちはメジャーデビューしてお金を稼ぐことが一つの大きな目標になるの。そこで正当な対価を払わないって選択肢があるだけで齟齬が生まれちゃうし、同業者の価値を落とすことになるんだよ。」
「ほう?」
今まで由梨奈が気にしてこなかった「音楽でお金を稼ぐ」という話に少し興味を示して首をかしげる。
「例えば職業がイラストレーターの由梨奈にお仕事依頼が来たとするじゃん?そこで依頼者が『これまでは身内に格安でやってもらってたからお前もその値段で描け!』みたいなこと言ってきて、相場の半額の値段提示されたらどう思う?」
「めちゃくちゃむかつきますね。」
何事にも適正価格というものは存在する。だからこそ、その価格を必要以上に吊り下げるという行為は、同業者の首を締める行為に等しい。
「でしょ?だから今のうちから正当な対価でのやりとりを経験しておくのはすごく重要なんだ。」
「そう言うものなんですね。わかりました。お金を頂くからには誠心誠意頑張ります。」




