19. 手紙
マネージャーからの電話通知で察してしまった。
分かってはいた。分かってはいた。そう自分に言い聞かせるのは簡単だ。
でも自分がそれを受け入れられるかと言われると、それはまた話が違う。
あれからMYDeaLはとてつもないスピードで売れた。活動を更新していないにも関わらず、見たことがないような金額も振り込まれている。でもこの心の穴は埋まらないどころか、どんどん広がってきている。
どれほどの時が経っただろうか。
何かに希望を感じるわけでもなく、何かに絶望を感じるわけでもなく、ただただ呼吸と瞬きだけを繰り返す植物のような生活をしていた。
最低限の食事と、トイレと布団を行き来するだけの日々。気がつけば食事とトイレの回数がどんどん減って、髪の毛は油分でギシギシに固まっていた。
──なんとなく、美里の家に来てみた。ライブが終わった翌日の朝まではずっと一緒に過ごしていたが、それからは一度も訪れていなかった。
鍵を回しても、玄関に入っても、何の音もしない。
人間が住まなければ家はさびれると言うが、まさにそれだ。
部屋はほとんど手付かずのままだが、やけに整っている。
美里と一緒に料理をしたキッチンも、一緒にご飯を食べたテーブルも、一緒にゲームをしたテレビも、一緒に寝たベッドも、全てそのまま。
思い出と、残渣一つ一つに触れる。
ふとテーブルに目をやると、封筒が置いてある。
家族への手紙か?と思い手に取ってみると、そこには「由梨奈へ」と。
◇
由梨奈へ
今由梨奈はあたしのベッドでスヤスヤ眠ってるけど、由梨奈がこの手紙を読むのはあたしが死んじゃってからなんだよね。すごい不思議だ〜。
まず、あたしのファンになってくれて、あたしと出会って、あたしと音楽を創ってくれて本当にありがとう。
シマでも話したけど、あたしには友達って言える人が誰1人いなくて、最後に音楽を一緒にするパートナーは仕事仲間じゃなくて友達として付き合いたかったんだ。だから、あの時お互いのことをさらけ出せた時は本当に嬉しかったなぁ〜!まぁ、お互い一番の秘密はギリギリまで話さなかったんだけどね笑
あたし、由梨奈の歌が大好きでさ。由梨奈の歌って感情が詰まったガラス玉みたいだな〜って思うんだ。
初めは無機質で、でもガラスの中では色んな色とか形を持った感情が複雑にとぐろを巻いていて。それが盛り上がる所で少し傷つけば、たちまちガラスが割れて中の感情がとめどなく溢れ出すみたいな。
もちろん技術的にもすごいなって思ってて、ナツキチさんみたいに上手く言語化はできないんだけど、休符とか呼吸ですら歌詞みたいに、川の流れみたいに音楽の一部として機能している感じ?とにかく世界観がスゴすぎて、聴き手の感情が由梨奈に支配される感じがたまらなく大好きなんだ〜!
あたしね、音楽ってその人の人生を映し出す鏡だと思ってるんだ。
例えば、由梨奈がこんなに細かいビブラートを表現できるってことは、どこかで心が震えるような辛い出来事を経験したのかな、みたいなことが想像できるんだよね。由梨奈は音楽に色んな顔とか温度とかを持ってるから、きっと今まで辛いことも楽しいこともいっぱい経験してきて、それを自分なりにゆっくり噛み砕いてきたから、それが音楽に現れてるんだと思う!
最後の同棲生活、いきなり由梨奈が押しかけてきた時はどうなることかと思ったけど、結果的にはあたしたちの仲がググッと近づいたね!あたしって友達もいなくて、家族からも若いうちに離れちゃったから、人の温かさに触れる機会が少なかったんだと思う。だから、由梨奈と一緒にご飯食べたり、歌ったり、ゲームしたり、本音で話したり。
失った青春を取り戻してるみたいですごい楽しかった!ありがとうね。
最後になるけど、MYDeaLは由梨奈からあたしへの贈り物でもあって、あたしから由梨奈への贈り物でもあるんだ。あたしはもうこの世にはいないけど、由梨奈が歌い続ける限り、MyDeaLの音楽を通して命を燃やし続ける。
由梨奈なら大丈夫。どんなに辛いことがあってもMYDeaLはあたしと由梨奈の2人のユニット。
あたしはずっと由梨奈のそばにいて、由梨奈のことを見守ってる。
由梨奈、本当にありがとう。由梨奈と出会えて、私は本当に幸せでした。
だいすき。
MYDeaL 美里
◇
「......ははっ」
声が音にならない。いつぶりに声帯を震わせただろうか。思えばあれから誰とも話していない。
座ってじっくり読みたいが、できない。そうしたら自分が立ち上がれなくなってしまいそうで。
「......ん?」
よく見ると、手紙の下の方が滲んでおり、下から文字が透けて見える。
もう一枚便箋が隠れていた。
“これ、由梨奈が大好きなハンバーグのレシピ!よかったら作ってみてね〜”
「買い物...行くか...... 」
思えば、もう何日もまともな料理を食べていない。
肌はガサガサ、爪もボロボロ。一目見てすぐに健康状態が悪いことが丸わかりだ。
──買い物から帰ってきて、レシピ通りに作ってみる。
由梨奈自身、料理はそこまで苦手な方ではない。だが、美里の作る料理が大好きで、家事分担では料理は美里の担当になっていた。
ものの1時間で完成した。
米や味噌汁を用意する気力もない。皿に盛り付ける気力もない。
フライパンから一切れ切り取って、食べてみる。
顔周りの水分が眼球に吸い寄せられる。
「おいしくない…全然おいしくない……味は一緒なのに、全然おいしくない…… 」
涙が、涙が止まらない。美里が見ていないところでは泣かないって決めたのに。
もうだめだ。また大切な人を失ってしまった。
上半身だけベッドに倒れ込んで、美里の枕を抱き抱える。
「美里...美里......いやだ、いやだ、置いてかないで......私を独りにしないで...... 」
あなたがいなくなったこの世界で、私は一体何を頼りに生きればいいの。
◇
ひとしきり泣いた。もう心も落ち着いて涙も出ない。
こうやって人は死を受け入れて、少しずつ記憶から遠ざかっていくんだろうな。
今、美里はなんて声かけてるのかな。
そろそろ前向きなよ〜、かな。
それとも、もっとゆっくり休んでいいんだよ、かな。
でも、私もそろそろ前を見なければ。
美里の魂を、MYDeaLの音楽を届けるために。




