18. To MY DeaLest
あれから2ヶ月。ついにライブ当日。
運が味方をしてくれたのか、はたまた実力が世に知れ渡ったのか、2次先行後の一般発売で本公演はめでたくソールドアウトとなった。
一件があった後にレコーディングをしたオリジナル曲が、YouTubeで500万再生の大ヒットを記録したのだ。
コメント欄を見るに、単純な表現力とは違う「何か」を感じ取り、心打たれたリスナーが多かったようだ。
内なる絶望、激情の子守唄と、皆それぞれが今の由梨奈と美里を司る「全て」に触れたように思える。
それからチケットは瞬く間に完売した。注釈席を追加しても、それも数秒で完売した。
ファンからはグッズの事後通販や追加公演を望む声が多数上がっている様子だ。
◇
「よし!じゃあいっちょかましますか!」
「えぇ。」
2人の拳が合わさり、小気味良い音が楽屋に響いた。
立ちこめるスモーク。
かすかに流れるBGM。
今か今かと開演の時を待つ参加者たち。
誰も、下を向いていない。
席が埋まるほどに、観客の体温で会場が熱を帯びていく。
会場の端から流れるように暗闇に染まっていく。
同時に歓声も上がるが、すぐに収まる。皆、理解っているのだ。
レーザービームのような光線が会場を縦横無尽に走り回り、SEが会場全方位から腹の底深くに轟く。
舞台はいくつもの3m四方のステージで構成されており、それぞれがランダムに昇降する。
そのステージに映る水面に、流星群が降り注ぐ。
水面に波紋が広がるタイミングで、観客たちがクラップを始める。
初めはズレていたクラップも、徐々に息を合わせてくる。
瞬間、客席は全暗転し、ステージが由梨奈と美里のシルエットと共に白く光り輝く。
雄叫びを上げている者。大粒の涙を溢している者。呆然と立ちつくしている者。
MYDeaLも、観客も、皆それぞれがそれぞれの想いを持ってこのライブに臨んでいる。
イヤモニをつけている2人には、会場の生の声は届かない。再度全暗転したステージは、まさに孤独そのものだ。観客の反応も、由梨奈と美里お互いの反応も、自分の手の震えすら見ることのできない暗黒。
でも、独りじゃない。隣には連れ添ったパートナーがいる。
観客たちも私たちの音楽を求めて来てくれている。
大丈夫。この場に敵はいない。
「MYDeaL、始めます。」
◇
あぁ、なんて美里は自由に歌うんだろう。
歌も、踊りも、指先も、呼吸も、休符でさえも音楽を表現している。
美里を取り巻く空気が音楽をしている。
これがアーティストとしての経験と、天性の才能かぁ〜。
前にも感じたことがあるけど、美里の音楽は全てを赦し肯定する太陽で、私の音楽は絶望の闇に浮かぶ月のよう。
美里が太陽を振り撒くのなら、私は闇に入り込んでコントラストを演出する。そんな私のことも、美里は照らしてくれる。
◇
たっ、たのしい〜〜〜〜〜っ!!!!えっ、ライブってこんなに楽しかったっけ!?!?
ここにいるみんな、あたしたちの音楽を聴きに来てくれたんだよね。
うわぁ〜!これがあたしがずっと見たかった世界なんだ〜!
あ、あの人すごいはち切れそうなくらい笑顔だ。そっちの女の子は肩震わせるくらい泣いてくれてる。こっちの男の子はあんまり表情に出ないタイプかな?楽しんでくれてたら嬉しいなー!
由梨奈は......おぉ!めちゃくちゃ入り込んでる!これだよこれ!
あたしにはその闇がない。絶望を経験して、光を追おうとしないような闇が。
だからこそ、その闇が、由梨奈が欲しかった!
あぁ、今のあたし、人生で一番幸せだ。
もっと、由梨奈と音楽したかったなぁ
◇
「楽しかったライブもあと一曲!でもその前に一個だけ!」
そう言って美里は顔を隠していたマスクを取り外す。
瞬間、会場にざわめきがこだまする。
「あはは、みんな騙されたでしょー?実は近衛美里が歌ってました!そしてあたしのパートナーが、歌い手の由梨奈!」
360°、所々から驚きの感情が上がる。さすがに近衛美里ほどの知名度は無いにしても、SNS総登録者100万人オーバーの由梨奈も超人気アーティストの類だ。
「あたしって超ワガママだからさ、表現者として評価してもらいたくて、声優辞めて、ずっとファンだった由梨奈のこと巻き込んで歌い手活動始めたんだ!由梨奈の歌ってすごいんだよー!?なんかこう、負のエネルギーで満ち溢れていて...... 」
(表現者として評価してもらいたいのに顔出すんかいって思ってる人多そうだけど、これも美里の置き土産なんだろうな。私がアーティストとして生き続けるための。)
「......あたしは大好きな由梨奈にこの歌を送る。だから由梨奈も、ね?」
これが正真正銘最後の美里との歌。
全てを込める、なんて言ったらちょっとクサいけど、私も大好きな美里のためにこの歌を送る。
「受け取ってください。”To MY DeaLest”」
◇
ライブが終わってから、MYDeaLは一切のコンテンツ更新を停止した。
カバーや新曲はもちろん、個人Twitterの投稿まで。
久しぶりに更新されたのは、8月、日本中が最高気温を毎日のように更新している時期だった。
武道館ライブ後には瞬く間にチャンネル登録者が増加し、YouTubeだけで100万人を突破した。会場限定で予約販売された円盤も、現在では定価の10倍以上の高値で取引されている。
──近衛美里の訃報は、結果として良くも悪くもMYDeaLを日本中から注目させた。
元超人気声優の活動再開。そして活動開始して間もないうちの旅立ち。
メディアや消費者がこんな話題に飛びつかないはずがない。




