17. 幸せ
“今から美里の家遊びに行きますね”
朝起きたら由梨奈からラインが来ていたので、ウッキウキで部屋を掃除していた美里だったが、玄関を開けた先にいた由梨奈の姿に言葉が出てこない。
「美里、今日からライブまで、一緒に暮らしましょう。」
「......はい??」
玄関を開けた先にいる由梨奈は、右手には外国人観光客のような大きさのスーツケースが2つ、左脇にはキャンプで使われるようなシュラフを抱えている。
明らかに家に遊びに来る格好ではない。というか、はい?この子泊まるとかじゃなくて暮らすって言った??
「荷物重いし寒いので早く入れてください。」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ったぁ!」
強引に脇を通ろうとする由梨奈の両肩をがっしりと掴んで、家に上がろうとするのを阻止する。
「いいじゃないですか。何かを失うわけでもなしに。」
「今失われつつあるよ!あたしの平穏な日常生活が!!」
ライブが終われば、あっという間に病院生活だ。残り少ない家での生活をどう過ごそうか考え始めていたばかりに、いつもは控えめな由梨奈が無理矢理入り込んできたことに動揺を隠せない。
「声大きいなぁ...満足ですか?じゃあ入りますよ。」
「えぇ...... 」
現在時刻は朝の10時。
今日という日が始まったばかりなのに、もう全身を疲れが襲っている。
◇
「美里、スマブラしましょう!」
美里が玄関の鍵を閉めてリビングに戻ると、そこでは由梨奈がもうスーツケースを広げていた。
「負けた方が今日のご飯担当でいいですよね!」
「いいけど......本気でこのあたし、近衛美里にスマブラで勝てると思っているのかな?」
美里の芸能活動は多岐に渡った。
本業の声優やアイドル活動はもちろん、イベントの登壇やラジオ、ゲーム配信まで。
美里のスマブラ配信はコンテンツの中でも特に人気が高く、深夜までやりこむことも少なくなかった。が、
「──ふぅ。」
「どうして...どうして......あたしがやり込んだあの日々は無駄だったの...... 」
「美里、あなたは誰を相手にしていると思っていたのですか?あなたの目の前にいるのは、外界との関わりを遮断して青春を全てドブに捨て、1日のほとんどを歌とスマブラに費やした人間ですよ?私はスマブラにかける想いが段違いなんです。」
画面に映るキャラと同じように腕を組んでいる由梨奈は、目を細めて左の口角だけ上げている。
「うんドヤ顔で言ってるけどクソダサいぞそれ。」
「さて、何を作ってもらいましょうかね......あ、ハンバーグがいいです!前食べた美里のハンバーグ、超美味しかったので!」
「お、じゃあ一緒に買い物行こっか!」
◇
「いやぁ〜作りすぎたなぁ〜。」
「私、美里の料理大好きです。美味しすぎて幸せ......あ、洗い物は私がやっときますね。」
「おう、よろしく〜。」
買い物に行って美里の手料理を食べた2人は、またゲームをして、アニメを観たり、ふと思い立ってレコーディングをしたりと、夜が更けるまで思い思いのことをして過ごした。
「──ねむ...... 」
時刻は深夜1時を回っており、お風呂を済ませてベッドに隣り合って腰掛けた2人は睡魔に襲われていた。
「......由梨奈、気遣ってくれてありがとね。でも全然無理しなくて大丈夫だよー?」
美里は、突然由梨奈が押しかけてきた理由は、自分のことを励ましたいだとか、寂しい思いをさせたくないと思ってくれていると、そう解釈していた。
「私たち、別にもう気を遣うような仲じゃないですよ。私が美里と過ごす時間を増やしたいからこうしているだけです。」
図星なツンデレ由梨奈さん。ツンが多めだけど、だからこそ本音が見えた姿は少し子供っぽくて可愛い。
「えぇ〜、ちょっとちょっとぉ〜、あたしのこと大好きじゃ〜ん。わふっ」
隣に座っている由梨奈の膝に顔からダイブする。自分と同じ香りがして落ち着く。
「はい、好きですよ。」
(今日はやけに素直だなぁ。まぁ、こんな由梨奈もたまにはいいかも〜。)
「ふふっ、ありがとっ。」
「......私は本気ですよ?」
「えっ、」
驚いて仰向けになって由梨奈の顔を見ると、彼女は少し首を傾げて、眠そうで、溶けかけの黄金糖のような色っぽい目をしている。
「えっ、ちょ、ちょっと、由梨奈さん?どうしたの??」
由梨奈が顔めがけて迫ってくる。
逃げようにも、由梨奈と彼女の膝に挟まれて身動きが取れないどころか、両手で顔を抑えられてしまって身動きが取れない。
顔を背けたら済む。それだけなのに、迫ってくる由梨奈の顔に見惚れてしまう。
あぁ、由梨奈のこんな表情、初めて見......
左頬に当たる荒い鼻息、脈打つ鼓動、唇を通して共有される体温と震え。
「ぷはっ...ゆりな...... 」
唇を合わせるだけだったキスも、下唇を食まれ、舌先がお互いの様子を確認するように触れ合い、お互いを許す。
わざと歯と歯を当ててみたり、音を立ててみたり。
由梨奈の白く細い右腕が美里の頭を支え、ゆっくりとベッドに誘導される。
髪の流れに沿って枕から引き抜かれた右腕は、シャツの隙間を縫って上がってくる。
「ま......まって......あたし、まだ心の準備が...... 」
「美里は、私としたくないのですか?私のこと好きって言ってくれたじゃないですか。」
「う、うん。好きなんだけど、あまりにも急すぎてびっくりしちゃって...... 」
したいかしたくないかと言われても分からない。女の子とすることなんて経験したことないし。でも、大好きな由梨奈とそんな関係になれるのなら......
「どっちなんですか。はっきり言ってください。」
「う、うん......したい...... 」
あー、言っちゃった。あたし、押されると弱いんだよな〜。
「はい、よくできました。」
「んぐっ!」
すごい勢いで、またキスされた。それはもう、触れ合った唇から音が鳴ってしまうほどに。
「みさと、好きですよ。」
「!!!!!!......あたしも。」
しっかりと目を合わせて言われた。言ってしまった。顔から火が出そう。
「ふふっ、かわいい。あ、こんな所にホクロあったんですね。」
「はずかしい...... 」
顔を背けてシャツを戻そうとするも、由梨奈がその腕をがっしりと掴んで固定する。
「ダメです。隠さないで全部見せてください。」
「......ん」
「その顔、絶対に私以外に見せないでくださいね。」
「...由梨奈もね。」
もっと私を見て。もっと私を感じて。私にあなたを忘れさせないで。私にあなたを刻みつけて。
◇
やけに気持ちのいい目覚めだ。悩みも苦しみも一切ない、何も気にすることはない、幸せだけに包まれた目覚め。
外からかすかに聞こえる雀の囀り。
テーブルの上には、昨夜飲んでいたお茶のコップが。残っていた氷が溶けて結露している。
そして横では布団にくるまったパートナーが何やらむにゃついている。
「みさと......いいにおい...... 」
こっちも同じく幸せに包まれているようだ。
できることなら、ずっとこうしていたい。
「由梨奈、幸せになるんだよ。」




