15. 今も、これからも
「はぁっ、はぁっ、ごめん由梨奈、一旦休憩挟ませて!」
最近、練習中に美里が休憩を挟む回数が増えてきた。
結成から半年程度経った頃だろうか。初めの頃は「いやぁ〜現役の頃と比べたら明らかに体力落ちたわー!」なんて明るく振る舞っていたが、ここ最近は目に涙を浮かべるほど強く咳き込むようになってきた。
心配して「美里、大丈夫ですか?」と水を差し出すくらいのことはできるが、どうも美里は自分から話してくれる気配はなさそうだ。
実は以前、美里に「体調が悪いのであれば本番の日程変えるようにマネージャーさんにお願いしましょうか?そこまで急ぐ必要ないですし。」と尋ねたところ、美里は「ダメ!それだけは絶対ダメ!」と、珍しく声を荒げた。それ以来、間違いなく何か病気を患っているのだろうという確信が由梨奈の中にはあるが、なかなか切り出せないでいる。
(さすがに、何か病気なんですか?とか聞けるわけないしなぁ〜。)
それどころか、最近は美里との心の距離も遠くなってきている気がする。
お互い、制作がとてつもなく忙しくなってきたことで、仕事以外での2人の時間どころか、個々人のプライベートの時間すら確保することが困難になってきていた。
(よしっ、今日は美里と出かけよう!膿が溜まるのもよくないし。)
「ナツキチさん、マネージャーさん、急で申し訳ないのですが、私たち今日の午後お休みいただいてもよろしいでしょうか?」
「まじ!ええよー!昼から酒が飲める!マネージャーさん、たまにはお休みあげてもええんとちゃいますかね?この子らずっと働き詰めやし、たまには解放してあげな!」
指導に悩んで険しい顔つきをしていたナツキチの顔がぱぁっと明るくなる。
あぁ、この人は私たちのことを気遣っているふりして酒が飲みたいだけなんだな。でもまぁ、同調してくれるのは素直にありがたい。
「えぇ、確かにお二人にお休みをあげないとなとは思っていたんです。たまには羽を伸ばしてきてください。」
思いの外簡単に休みを貰えてしまった。なんだ、もっと休み貰っておけばよかった。
「美里、これからデートしましょう!」
「デート...?由梨奈とデート......?」
マネージャーやナツキチとの会話には参加していなかった美里だが、デートという言葉を聞いて顔がぱぁっと明るくなる。「ごはん」という単語に反応する大型犬のように。
「うん!行く!めちゃ行きたい!由梨奈とデート!どこ行くどこ行く!?」
「場所は...... 」
◇
「うわぁ〜!もふもふとパヤパヤがいっぱいだぁ〜!!!!」
見渡す限り、猫、猫、猫。
生まれた時から外的に襲われたことのない、人慣れした猫たちが2人を大歓迎の様子で出迎える。......まぁ、ニンゲンがおやつをくれると分かっているからこその歓迎なのだが。
由梨奈と美里で猫たちに囲まれて......というのを想像していたが、猫たちは一切由梨奈には寄って来ず、全員が美里目がけて一直線に走って行った。
「おぉどしたどした〜!おねぇさんのことがそんなに好きなのか君たちは〜!君たちは前世オタクだったのかな〜?」
(やっぱり猫にとっても美里のオーラは魅力的なのか......って、そんなわけあるかい!)
「ホ、ホ〜ラほら、おいでぇ〜」
由梨奈からキャットタワーのお部屋に隠れている茶トラ猫に人差し指を差し出すと、クンクン、ペシンッ、シャー‼︎と、拒絶の3コンボを決められる。
「ど、どうして...... 」
「あっはっは!茶トラって割と人懐っこい子が多いんだけどね〜!ほら、そこの大きなオタクもおねぇさんに可愛がられたいかい?おいで?」
顎を撫でる仕草をしながら、細目でニヤニヤと誘うような美里に少しイラっとくるが、このイラっとくる感覚すら久しく感じていなかった。
何より、美里の「無理をしていない笑顔」を見ることができるのが、たまらなく嬉しい。
「──美里は...美里は今の生活は楽しいですか?」
「うん!めちゃくちゃ楽しいよ!毎日由梨奈と一緒にいれるし、あたしが掲げてた理想も叶いつつあるし!」
「......それはよかったです。...私は正直、終わりが見えてしまうのが怖いです。」
美里の喉がヒュッと音を立てる。
「終わり......?」
「はい......美里は歌手として実力を評価されています。私も歌い手としてこれまでにないくらい輝いていると思うんです。それ自体は喜ばしいことなんですけど、もうゴールが見えてきてしまっている気がするんです。」
「由梨奈は、音楽に終わりがあると思ってるの?」
「......え?」
「あたしはね、練習して毎日何かしら上達していく感覚が大好きなんだ。どれだけ練習しても新しい課題が見えてきて、過去の音楽を振り返れば目に見えて上達してるのを感じることができて。だからこそあたしは、このMYDeaLって名前も大好きなんだ〜。一生更新され続ける理想を追い求めている感じがして!」
「私は...私は今の生活が本当に楽しいんです。だからこそ、美里との音楽を終わらせたくなくて...... 」
最近、嫌な想像を働かせてしまう。もしかすると美里との音楽が終わってしまうんじゃないかと。
日に日に笑顔が消えていく美里。涙を浮かべながら苦しそうに歌う美里。自分の事情を頑なに話そうとしない美里。
「な〜に言ってんの由梨奈〜!別にあたしたちの音楽が終わることはないよ〜?もし年取って続けられなくなちゃったとしてもさ、あたしたちの音楽が生きた証はずっと残り続けるんだよ?それってすごい素敵なことじゃない?」
そういう事じゃない。私は音楽を次の世代に残したいわけじゃない。
ただ、「今」美里と音楽をしたい。「ずっと」美里と音楽を続けたいだけなのに。
でも、こんなに取り繕っている美里とは、本音で話せない。
「それも...そうですね。」




