14. 現場Recとお酒
由梨奈の誕生日から1週間が経過し、2人は初めてのオリジナル楽曲のレコーディングに電車で向かっている。いつものような由梨奈プレゼンツのレコーディングではなく、プロ仕様のスタジオでの録音だ。
「美里、メジャーデビューしてライブするってことは他にも何曲かオリ曲用意するってことですよね?楽曲制作って発注からリリースまで半年くらいはかかるかと思うのですが間に合うのですか?」
「ん、だいじょーぶ!今の所あと4曲発注してて、月末までには全部オケが上がってくるはずだから、それを爆速でRecしてMixしてもらって、7月までに投稿していく感じ!まぁそれでもかなりの短納期だから、先方にはめちゃくちゃ無理言って対応してもらってるよ〜。」
起案からコンセプト会議、作詞作曲・アレンジの発注、オケRec、ボーカルRec、ミックスダウンからマスタリング。ここまでで一曲仕上げるのにもかなりの労力がかかる。それに加えてMYDeaLはYouTube用にMVも制作するので、リリーススケジュールはかなり...と言うか通常ではありえないほどタイトだ。
これも美里の力なのだろう。ただ一つ心に引っかかるのは、なぜそこまでして先を急ぐのか、ということである。ライブも半年後ではなく一年後にしていたらもっとスケジュールに余裕が生まれたのに。
色々と疑念は生まれるが、これも由梨奈は知らないだけで美里たちプロからしたら事情があるのだろう。
「ん、着いたよー!由梨奈はレコスタで歌録るの初めてだもんねー!緊張してるー?って由梨奈大丈夫!?」
美里が後ろを振り返ると、由梨奈は緊張ガッタガタで、ブルブルマシーンに乗っているかのような震え方をしている。
「むむむむむむむむむむむりですむりです、これだけ大きいスタジオってことはいっぱい人いますよね、私のミスで時間伸びたり迷惑かけちゃったりしたら......あぁどうしましょう美里、私やっぱり音楽職業にできないです...... 」
今日2人が録音するスタジオは、大編成のオーケストラも入れるような都内最大規模のスタジオだ。いつものRec部屋と比べると数百倍も大きい規模である。
「今更何言ってるの由梨奈〜!あたしたちの音楽が認めてもらえたからこんな立派な所で録れるんだよ〜?ダイジョーブだって!さ、自信持っていこー!」
「うえぇぇぇ」
◇
「おはようございまーす!よろしくお願いしまーす!」
「オ、オネガイシマ-ス...」
スタジオ入りした由梨奈は蚊の鳴くような声で挨拶をするが、思ったより音が部屋に響かない。
さすが美里はスタジオ慣れしているだけあって、特に緊張している様子はなさそうだ。
よろしくお願いしますーと、その場にいる関係者とも挨拶をしていく。
作家、レコーディングエンジニア、アシスタント、レーベル関係者と、美里たち以外には数人しかいない。
外観から相当大きなルームを想像していた由梨奈だったが、実際のRecブースは4畳程度で、一人きりになる。
(はぁ、ひとりっきり。安心だぁ。)
「おふたり、どちらが先に録られますか?」
「由梨奈ー、どうするー?」
「私はいつも通り美里の音に合わせるので、美里が先にお願いします。」
「んおっけーい!」
相手のサウンドに帯域を合わせる耳の良さについては由梨奈の方が秀でているので、今までの録音も全て美里から由梨奈の順番で録音していた。
挨拶もほどほどに美里がブース入りし、サウンドチェックが始まった。
エンジニアさんがマイクの位置を調整し、コントロールルームでは見たことのないようなスイッチを微調整している。
(なるほど......初めての現場Recだけど、基本的には普段うちでやってる作業と変わらないんだな。)
美里の録音は順調に進み、2時間程度で録り終わった。
そしてすぐに由梨奈の番が回ってきた。
「はーい、じゃあサウンドチェックするので軽く通して歌ってくださーい」
目を瞑って鼻から大きく息を吸い込み、口からゆっくりと吐く。
ヘッドフォンから聞こえるクリックに合わせて大きく息を吸い、マイクに声を乗せる。
(うわっ、すごい!自分の音聴きやすい!)
それもそのはず、由梨奈たちが宅録で使っているマイクは3万円程度の代物だ。それに対して今日の現場のマイクは一本300万円はする上に、マイクプリアンプ等も通っており、かなりクリアな音質がヘッドフォンを通して返ってくる。
(お金の力ってすごい...感動......新しく機材買い換えよう...!)
サウンドを確認しながら、エンジニアさんがマイクの角度や距離を調節する。
「それじゃあ本番お願いしまーす」
(よしっ)
由梨奈は自分自身の集中力には自信がある。
Recももう何百回と経験してきた。ナツキチにも太鼓判を押してもらっている。
大丈夫。この場に敵はいない。
◇
「おつかれ〜い!」
「お疲れ様です。」
騒がしい飲み屋に、カチンとグラスが心地よく響く。
「っかあ〜〜っ!やっぱレコーディング後の酒うんまぁ〜!」
一口目のビールを空きっ腹に流し込んだ美里は、アルコールが体内に急速に吸収されていくのを染みるように感じている。
「現場の緊張感、いつもうちで録ってるのと全然違いますね。ほんとに疲れました......大人はいいですよね。そうやってお酒で疲れを癒すことができて。」
由梨奈はまだ18歳なので、ソフドリで雰囲気に酔うだけだ。
「んーにゃ、全然癒せてはないのよなこれが〜。お酒はね、今この時だけ全ての苦しみや疲労から解放されるための命の前借りなの。」
「...ほう?」
「そして翌日には酒の場での全ての失言が災害のように脳を襲ってくるんだよ。二日酔いと共にね。」
「...ほう?」
「由梨奈もお酒飲めるようになったらわかるよ〜ん。」
「そんなものなんですかね。でも、この場にいる人たちみんな楽しそう。いいなぁ私もお酒飲んでみたい。」
周りを見渡してみると、スマホを見つめている人も、俯いている人もいない。
みんな笑顔で大きく口を開けて、一切他人の目を気にせずに笑っている。
「由梨奈が酔っ払ったらどうなるんだ......?絶対エロくなるよな。エロくあって欲しい。そして絶対にSの部分が出てくる。いやでもSな由梨奈がさらに上回るドSなお姉さんに打ち負かされてドMと化して恥辱に晒されるのもたまらなくエロい。......由梨奈、あんたもしかしてポテンシャルの塊なの......?」
「本当に何を言ってるんですか。」
一体美里の脳内にいる私はどんな辱めを受けているのだろうと少し気にはなるが、そんなこと聞けるわけがない。
「──ねぇ由梨奈。」
「次は何ですか」
酔っ払いの口から出てくる言葉は予想ができない。次は何が飛び出してくるんだ。
「由梨奈、好き。」
「......は?」
「だから、あたしが、由梨奈のこと好きなんだって。」
「はぁ、それはどうも、ありがとうございます?」
好きって何だ?人として?友達として?仕事仲間として?女として?それとも?
……いや、そんなことはないか。
「伝わってないなぁ。あたしが由梨奈のことを恋愛対象として好きってことだよ。」
美里はテーブルに肘をついて手のひらに顎を乗せた状態で、目を細めながらゆっくりと微笑む。
「えーと、美里、酔ってます?」
心なしか、美里の頬が赤いような?いや、これは照明のせいか?
「由梨奈はさ、あたしのことどう思ってるの?」
「あの、会話してくれません?酔っ払い。」
「どうなの?」
目線も、芯もブレない。ある意味美里らしいと言えば美里らしいが。
しかし、初恋が幼稚園で止まってる私にそんなこと聞かれてもなぁ。
「うーん、どうなんでしょう。もちろんパートナーとしては好きですけど、今まで恋愛なんてしてこなかったので、そういった感覚はあまりないかもしれません... 」
「あたしはね、由梨奈の声が好きで、歌が好きで、頬骨が好きで、髪が好きで、匂いが好きで、全部大好きなんだ。」
美里は酔いは回っている様子だが、こんな場面で口から出まかせを言うような人間じゃない。だからこそ何の疑念も通さずに気持ちが伝わってくる分、下手に誤魔化して逃げることができない。
「うーん、なんだかムズムズしますね。そう真っ直ぐ目を見て愛を伝えられると恥ずかしいです。でもまぁ、そうやって伝えてくれて、私は今すっごい幸せです。私も美里のことは大好きですよ。」
「えへへぇ〜。やったぁ〜!」
(なんとか丸く収まったかな?)
美里が納得してくれたのかは分からないが、本人は満足そうだ。
ひとまずこの場を乗り切れたことに胸を撫で下ろす。
◇
宴もたけなわに、美里の奢りで店を後にすると、外はあいにくの雨だった。
「おや、雨ですか。美里、自分で歩けそうですか?」
「よっひゃーにけんめいくどぉ〜〜」
まぁあれだけ飲んで普通には歩けないかと思い、美里の右腕を自分の肩に組ませるように固定する。
こうして美里のお世話係をするのも、案外幸せだな。
「......ゆりなといっしょにおさけのみたかったなぁ。」
「はいはい、あと2年待ってくださいね。」
美里の目からこぼれた一粒の涙は、輝くことなく雨と同化して消えていった。




