13. おめでとう
爆発的なバズから由梨奈と美里の創作意欲にも火がつき、あれから半年の間、凄まじいスピードで投稿を更新している。
月曜日と火曜日に2本ずつ、合計4本レコーディングし、土日に2本ずつ投稿している。
1本目の動画はかなり力を入れて時間をかけて制作したが、慣れてくると効率的に作業を進められるようになり、妥協点も見つけられるようになった。また、耳コピ、採譜や歌割り、音源の簡単なエディットを美里に任せるなど、協力して業務の分担と効率化も行えるようになった。
半年間で約100本の動画を投稿し、そのほとんどが安定的に50万再生以上を獲得している。登録者は40万人を記録しており、無名スタートの歌みたアーティストとしては例を見ないほどの成長速度を誇っている。
◇
人気急騰中のさなか、美里から由梨奈にすぐに事務所に来るようにとの電話があった。
美里は相当興奮しているようで、要件すら伝えずにただ今すぐ来いとのこと。
「まったく、これだから美里は...... 」
と文句は言いつつも、本音のところはこうして美里に振り回されるのは悪くない。美里が自分のことをどこかに導いてくれているような気がして。
事務所の打ち合わせ室に入ると、そこには既に美里とナツキチ、そして初日に会ったきりの美里の元マネージャーが着席していた。
「あ!由梨奈きた!座って座って!はいじゃあマネージャー、よろしくお願いしまーす!」
一息をつく暇すらなく、いつもと変わらない様子の美里が話を急かす。
「まぁ正確には今は近衛さんのマネージャーではないのですが。......それでは単刀直入に。鷹司さん、近衛さん。ぜひ私たちと一緒に音楽を創りませんか?」
「一緒に......音楽を......?」
「はい。詰まるところ、メジャー契約のお誘いです。」
「...メジャー契約って......メジャーデビューってことですよね。オリジナル曲出したりタイアップしたり、ライブしたり...え、私たちが!?まだ投稿始めてから半年しか経ってないのに!?」
横に座る美里のニッコニコな笑顔を見るに、この話については美里が先に絡んでいたのだろう。
「はい、その通りでして、まず実力についてはMYDeaLのお二人は問題ないとナツキチさんからも太鼓判を推していただいています。そしてアーティスト性についても近衛さんは言うまでもない他、鷹司さんについても上の方が大変気に入っておられます。闇や苦しみが見えるから面白いと。」
ナツキチが言っていた「歌への想い」がこんなところでも活きてくる。
「そうなんですね......すみません、私、今頭がかなり混乱していて。」
とにかくスパンが短すぎる。今人気絶頂の実力派歌い手でさえ、初投稿からメジャーデビューまで2年かかっている。それに対して自分たちはわずか半年。その程度の下積みで芸能界でやっていけるのかという不安が残る。
「無理もないです。ただ、今この伸びている時期にメジャーデビューをしてライブを開催することで世間にインパクトを与えるのは、悪い話ではないかと思います。弊社はマネジメントからレーベル業、広告出版まで完結できるので、現状考え得る最速のスピードでデビューすることが可能かと思います。」
「ねぇ由梨奈!悪い話じゃない、というかめちゃくちゃいい話じゃない!?」
(メジャーデビュー。確かにそれは今後歌で生きていくには必須の条件だ。ただ、今の私にはいきなり音楽だけで生きていく勇気はない。......いや、違う。私にないのは勇気じゃなくて覚悟だ。何を今更そんなことで悩んでいるんだ私は。もうとっくに生きるための選択肢は一つしかなかったはずなのに。)
目を瞑って大きく息を吸い、ゆっくりと吐いていく。息が安定して流れない。ここから人生が変わるんだ。
「......はい。やらせてください。」
「いやったぁぁぁぁぁああああ!!」
はい、と言った瞬間にはもう動き始めていた美里が由梨奈の首元に全体重を乗せてダイブした。
「ま、まってみさと......くるしい......しぬ......」
「由梨奈、頑張ろうねぇ!!」
美里の犬のような愛情表現には度々驚かされるが、悪い気はしない。由梨奈自身が感情表現が苦手な分、感情を全身で表現する美里のことは少し羨ましくも思っている。
あと、すごいいい匂いがする。役得だ。
「ありがとうございます。契約に関する詳しい説明はまた日を改めて行いますね。そしてもう一点、これはメジャー契約は関係なく近衛さんからご相談をいただいていたのですが......半年後、Zeppでのワンマンライブが決定しました。」
「ライブ?......ラ、ライブ!?!?私の知らないところで随分と話が進んでいますね...... 」
出てくる情報があまりにも大きすぎて、自分が置いて行かれていると感じるのも当然だ。なぜなら相方の美里は隣で満面の笑みで見つめてくるだけで、話の内容に驚いている様子もない。というか、レーベル側として話に参加している印象だ。
「由梨奈へこまないで〜。今日なんの日か覚えてる?」
「......何か特別な日でしたっけ?」
祝日?何かの記念日?そもそも今日って何月何日だ?
家にこもって作業ばっかりしていると、日付や曜日の感覚がなくなってしまう。
学校にも行かずに不規則な生活をしている由梨奈にとって、月日や季節が過ぎることは重要な出来事ではなかった。
「特別だよ!超特別!!2月1日!由梨奈の誕生日!おめでとうだよ!」
「......あぁ!今日でしたか。すみません、ここ数年人と関わっていなかったもので祝われることもなく、すっかり自分の誕生日も忘れてしまっていました。」
「悲しいこと言うなよ〜。んで、メジャー契約とライブの開催はあたしから由梨奈への誕生日プレゼント!何か形に残るものをプレゼントするのもいいけど、由梨奈の心にあたしとの思い出を刻みたくて!実はMYDeaL結成した頃からマネージャーと話進めてたんだぁ〜!」
「そんなに前から......美里、本当にありがとうございます。これから沢山思い出作っていきましょう...!」
半年もかけて自分の誕生日に間に合うように話を進めてくれていたらしい。
レーベルとの契約とライブの開催。完全無名のアーティストが辿り着くにはあまりにも遠すぎる地点だ。それを美里がこれまでの経験を基にとてつもないスピードで達成してくれた上に、それ相応の歌唱力やアーティスト性を育成する機会も用意してくれた。
(私は全部美里に頼ってばかりだ......でも、やるからには美里や関係者、そしてファンの想像を超える音楽を届けたい。やるしかない。)
「もちろん!じゃあいっちょ、今日はごはんでもいきましょっかー!お姉さんがおごっちゃる!」
◇
「近衛さん、本当にこれでよろしいのですね?」
「うん!不安も残るけど、もうあんまり時間もないからね。苦労かけてごめんね〜。でも、頼りにしてますよ、マネージャー。」




