004_Sweet
巨大な産業用エレベーターが、重低音の駆動音とともに地下二階へと滑り降り、金属製の扉が左右に開いたとき、五十人のゲーマーたちの間から、同時に小さな息を呑む音が漏れた。
そこは、先ほどの殺風景なコンクリートの地下室とは何もかもが違う、五つ星ホテルの大広間を思わせるほど広大で洗練されたラウンジだった。
床一面に敷き詰められた、足音が完全に吸収されるほど肉厚なシックの絨毯。天井からは柔らかな間接照明が降り注ぎ、空間の隅々にはモダンなデザインの高級ソファが贅沢に配置されている。
「皆さん、遠路はるばるご足労いただき感謝します」
ラウンジの中央、一段高くなった演台の上に、仕立てのいい高級なスーツを着た男が立っていた。胸元のゴールドのネームプレートには『開発総括:林』と刻まれている。三十代後半ほどの、どこにでもいそうな、だからこそ冷徹なインテリの雰囲気を纏った男だった。
「ここ、我が社の『黄泉比良坂』へようこそ。皆さんがこれから体験するのは、我が社が総力を挙げて開発した次世代ミリタリーシミュレータ、プロジェクト名――『天之尾羽張』の最終調整です」
アキラが、バックパックの紐を指先で弄りながら、不躾に声を張り上げて林の言葉を遮った。
「なぁ、林さん。一つ聞いていいか? なんでここに集まってるの、俺らみたいな国内のランカーばっかなんだよ。オンラインのランクマッチの延長戦でもやらせる気か?」
アキラの言葉に、周囲の何人かが小さく頷いた。
大広間を見渡せば、普段からスクリムや公式大会で嫌というほど顔を合わせている日本の身内ばかりだ。1日総額1億円、1人頭の日給二百万円という国家予算規模のテスト。それなのに、漂っている空気はまるで「国内リーグの懇親会」のように閉じたコミュニティだった。
林は、完璧にコントロールされた微笑を崩さないまま、静かに眼鏡のブリッジを押し上げた。
「今回は開発の初期フェーズですので、機密保持の観点から、まずは国内の限られたネットワークを優先して声をかけさせていただきました。皆さんには純粋なテストプレイヤーとして、システムに負荷をかけるレベルの質の高いプレイを期待しています。……さあ、難しい話は明日にしましょう。今夜はまず、長旅の疲れを癒やしてください。館内の設備、サービスはすべて『無料』となっております」
林がパチン、と指を鳴らすと、ラウンジの奥の遮光カーテンが静かに開き、その全貌が明らかになった。
ホテルの高級ビュッフェさながらのシックなオープンカウンターには、白衣を着た専属のシェフたちが一列に並び、ステーキから寿司まで、注文すれば何でもその場で調理してくれるという。
さらに、壁一面の大型冷蔵ショーケースには、世界各国のミネラルウォーターや、海外製のレアなエナジードリンク、集中力を極限まで高めるための高濃度カフェインのボトルがぎっしりと詰まり、これらもすべて、手を伸ばせば自由に、いくらでも手に入った。
「嘘だろ……」誰かが小さく呟いた。
それだけではない。ラウンジの右奥には、二十四時間いつでも利用できるプライベートサロンまで併設されていた。手首や肩、眼精疲労のメンテナンスのため、常駐する専属のマッサージ師が、最新の医療設備と指技でいつでも筋肉を完璧に解きほぐしてくれるのだという。
用意された個室もまた、都内の高級スイートルームを思わせるほど広々としており、キングサイズのベッドに、最高級のラウンジウェアが数着、あらかじめ僕たちのサイズに合わせて用意されていた。
「おい、セロ。マジで天国かよ、ここ」
アキラが、ショーケースから冷えた大容量のカフェイン缶を掴み取り、プルタブをパキッと威勢よく鳴らしながら僕の隣のソファに深く身体を沈めた。
「1日1億円もつぎ込んでるって聞いて、どんな拷問部屋かと思ったら、飯もマッサージも全部タダ。おまけに明日からのテスト中も、ポッド内のコンソールからボタン一つでドリンクとか軽食をオーダーできるらしいぞ。ハッチを開けずに、機体横のシューターから直接差し込まれるんだってさ。完璧に引きこもってゲームしろって言われてるようなもんだろ。世界大会に落ちた腹いせに、ここで一生引きこもってやるわ」
「至れり尽くせりだな。裏を返せば、それだけ僕たちをここから一歩も出したくないってことでもあるが……」
僕はそう答えながら、自分の缶のラベルを見つめた。
ビジネスライクな林の態度と、目の前のあまりにも甘美な贅沢。明日から始まる未知のゲームへの興奮によって、僕の胸の奥にあった小さな違和感は、少しずつ、確実に麻痺していった。




