003_黄泉比良坂(よもつひらさか)
バスが未舗装の悪路に入ってから、どれほどの時間が経っただろうか。
完全に電波の途絶えた車内で、僕はただ、遮光シートの隙間から漏れるわずかな夜の気配と、激しく上下する車体の揺れに耐えていた。
不意に、バスが大きく減速し、そのまま完全に停止した。
フロントガラスの向こうで、何か重々しい金属が擦れ合うような、低い駆動音が響く。続いて、ガシャリという強固なロックが外れる音が車内にまで届いた。どうやら、厳重に管理されたゲートか何かが開いたようだった。
バスが再びゆっくりと動き出す。
かすかに聞こえていた風の音が消え、代わりにエンジンの排気音が壁に反響して不気味にこもるようになった。地下、あるいはトンネルのような閉鎖空間に入ったのだと直感した。
「……着いたか?」
隣でアキラが目を覚まし、キャップのひさしを上げて小さく身震いをした。
「みたいだな」
プシュー、という空気圧の抜ける音とともに、バスのエンジンが停止した。
それと同時に、車内の薄暗いダウンライトが消え、代わりに前方の乗降口の扉がゆっくりと開かれた。
「皆さん、お疲れ様でした。お降りください」
出雲空港で僕たちを迎えた、あの黒いポロシャツの男が、感情の失せた声で乗客を促す。
席を立ち、バスのステップを降りた瞬間、僕はその空間の異様さに思わず息を呑んだ。
そこは、文字通りコンクリートの巨大な「箱」の中だった。
サッカースタジアムの地下駐車場をさらに無機質にしたような、天井のやたらと高い広大な空間。剥き出しの太い配管が天井をのたうち回り、冷たい水滴がパツン、とコンクリートの床に弾ける音が響いている。
外の世界の湿った草木の匂いは完全に消え去り、代わりに鼻を突いたのは、強力な消毒液と、大型の空調システムが吐き出す機械特有の乾燥した匂いだった。
バスの周囲には、僕たちが乗ってきたものを含めて、合計で四台の「艶消しの黒いマイクロバス」が扇状に並んでいた。
それぞれのバスの扉から、次々と人間が降りてくる。
皆、僕たちと同じようにバックパックを背負い、どこか気まずそうに周囲を窺っている。
「おい、セロ……嘘だろ」
僕の袖を引くアキラの視線を追って、僕は目を見張った。
すぐ近くのバスから降りてきたのは、国内リーグで何度も出場枠を争った、名古屋を拠点にする有名クランのメンバーたちだった。さらにその奥には、配信で毎日何万人もの視聴者を集めるトップストリーマーの顔や、オンラインのランクマッチで常に最上位に君臨している、実力派のアマチュアたちの姿もあった。
ざっと見渡して、五十人といったところか。
本来なら、これだけの数の若いゲーマーが同じ場所に集まれば、挨拶や雑談で騒がしくなるはずだった。だが、この空間を満たしている圧倒的な無機質さと、全員のスマホが等しく【圏外】を示しているという現実が、彼らの口を重く閉ざさせていた。
驚くほど、見知った顔ばかり。
そして驚くほど、「先週の世界大会に出場できなかった、国内のトップ層」だけが、ピンポイントでこの場所に集められていた。
「これより、館内のご案内をいたします。私に続いて、中央のエレベーターへお進みください」
コンクリートの壁に備え付けられた巨大なスピーカーから、低く硬い声が響いた。
五十人の影が、促されるようにして一斉に動き出す。その足音が、天井の高いコンクリートの闇の中へ、高く低く反響していた。




