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001_出雲縁結び空港、20:15

羽田からの最終便が、出雲縁結び空港の滑走路にゆっくりとランディングしたときには、夜の八時をとうに過ぎていた。


飛行機のハッチが開き、ボーディングブリッジを渡って地方空港の小さな到着ロビーに出ると、湿気を含んだ山陰の夜気がじっとりと肌を包み込んできた。東京の、あのコンクリートとアスファルトが放つ不快な熱気とは違う、どこか生臭い、濡れた草木の匂いが混じった重い空気。

自動ドアの向こう側のロビーには、まばらな人影があるだけだった。

数人の疲れた顔のサラリーマンと、大きな荷物を持った観光客らしき老夫婦が数組。

つい三日前まで、僕たちが身を置いていた場所とは、何もかもが真逆だった。


先週、東京ドームで開催された、ミリタリーバトロワゲームの世界大会・日本予選。

五万人を超える観客が地鳴りのような歓声をあげ、巨大なスクリーンには、プレイヤーが操作する画面――銃火器を構えて荒野を駆け抜ける生身の特殊部隊員たちの映像が映し出されていた。

バトロワゲームは、三人一組スリーマンセルのチームが同じ戦場に一斉に降り立ち、最後の生き残りになるまで銃撃戦を繰り繰り広げる、現代で最も過酷なeスポーツだ。僕たちもその巨大なステージの中央で、世界大会へのわずか二つの切符をかけて、命を削るような戦いをしていた。


あと一歩。最終マッチの残り二チームまで生き残れば、世界へ行けた。

しかし、僕たちの挑戦は、敵の完璧なクロスファイアの前に全滅して終わった。ドームを揺るがす大歓声はすべて、世界大会への切符を掴んだ勝者のためのもので、日本予選で敗退した僕たちに残されたのは、耳鳴りのような静寂と、埋めようのない惨めな敗北感だけだった。

そして、チームは壊滅した。


僕たちのクランの最年長であり、精神的支柱だった三人目のメンバーは、予選落ちが確定したその日の夜、泣きながらデバイスをバッグに詰め込んで「プロを引退する」と言い残して去っていった。

だから、今ここにいるのは、僕ともうひとりのチームメイト、アキラの二人だけだ。


あの熱狂のドームから、遠く離れた山陰の地方空港。

世界の境界線を一枚跨いで、別の惑星に来てしまったかのような、静まり返った空間。

その静寂の中で、自動ドアのすぐ脇に、一枚のタブレットを掲げた男が立っていた。

黒い無地のポロシャツにチノパンという、極めて目立たない服装。掲げられた液晶画面には、淡い白文字でこう表示されていた。

【プロジェクト・天之尾羽張 関係者様】


「おい、セロ。マジで誰もいねぇな」

僕のすぐ後ろを歩いていたアキラが、ボトルのキャップを指先で弄りながら、僕の肩を小さく小突いた。声が少し掠れている。

アキラはうちのチームの絶対的エースで、ドームのステージでも、画面の中のキャラクターを自身の肉体の一部のように操り、超人的な反射神経で何度もチームを救った男だ。十九歳。いつもは強気な彼も、この場違いな静けさには気圧されているようだった。

「だから言ったろ。極秘のベータテストだって。大々的に迎えが来るわけがない」

僕は機内に持ち込んでいたバックパックの紐をぐっと締め直した。僕のIDは『cl0_セロ』。アキラの影でオーダー(指揮)を出す、このチームのサポーターだ。あの最終マッチ、僕の指示がコンマ数秒遅れたせいで、アキラの操作するキャラクターは敵の罠に捕まって弾けた。その責任の重さが、今も胸の奥をキリキリと刻んでいる。三人目の仲間を守れなかったことも含めて。


ロビーの案内板に目を向けると、この空港に今夜到着する便は、僕たちが乗ってきたものが最後だった。電光掲示板の文字がパチパチと音を立てて消え、空港そのものが眠りにつこうとしている。

タブレットを持った男は、僕たちの姿を捉えると、表情を一切変えずに小さく一礼した。

「cl0_様。そしてA_killa様。お待ちしておりました」

男の声は低く、訓練されたホテルの従業員のように滑らかで、同時にまったく感情がこもっていなかった。僕たちの本名ではなく、ゲーム内のハンドルネームを、まるでそれが戸籍名であるかのように自然に口にする。


今回は三人一組ではなく、個人での参加が認められていた。日給二百万円という狂った条件の前では、チームの解散を惜しむ余裕すらなかった。

「案内してくれ」

僕がそう言うと、男は「承知いたしました」とだけ答え、すぐに背を向けて歩き出した。事務的で、一切の無駄がない動き。

男の後を追ってガラスの二重扉を抜けると、空港外のタクシーロータリーに出た。


街灯の光が薄暗く地面を照らす中、ロータリーの一番端に、一台の大型マイクロバスがアイドリングの鈍い重低音を響かせて停まっていた。

そのバスを一目見て、僕は奇妙な圧迫感を覚えた。

車体は一切のロゴがない、艶消しの黒。闇に溶け込むような色だ。

正式に配備された軍用車両のようでもあり、あるいは何かの護送車のようでもあった。

そして何より異様だったのは、運転席以外のすべての窓が、内側から真っ黒な遮光シートで完全に覆い隠されていることだった。外から中の様子を窺うことはおろか、中から外の景色を見ることも絶対に不可能な構造。


「おいおい、誘拐犯の車かよ。これに乗んの?」

アキラが引きつった冗談を飛ばし、ポケットからスマホを取り出した。画面の隅に目をやると、空港の敷地内であるはずなのに、電波のアンテナマークはすでに一本、頼りなく減っていた。


「これだけの金が動くプロジェクトだ。機密保持のレベルが違うんだろ」

僕は自分に言い聞せるように、そしてアキラを落ち着かせるようにそう言って、男が開けたバスのステップに足をかけた。

一歩中に入ると、車内は外の光が一切入らないせいで、夜の底のように薄暗かった。

天井に埋め込まれたうっすらとしたダウンライトだけが、高級な革シートの硬い質感を浮かび上がらせている。そしてそこには、すでに何人もの人間が押し黙ったまま座っていた。

プシュー、と重い空気圧の音を立てて、僕たちの後ろでバスの扉が閉まった。

出雲空港の細い街灯の光が完全に遮断され、バスは静かに、夜の闇の中へと滑り出していった。


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