第8話 「もっと奥に」
採掘者になって十日。
イエヤスの生活は、完全にパターン化していた。
朝起きて鮭おにぎりを食い、ダンジョンで掘り、彩から昼飯をもらって掘り、帰りにコンビニで鮭おにぎりと唐揚げ(ユアのおごり)を食って、寝る。
休日という概念は、彼の辞書になかった。
「イエヤスくん。明日は休みなさい」
「なんでっすか。休んだらモテるチャンスが減る」
「ダンジョンはナンパスポットじゃないの。あと労働基準法」
「ろうどうきじゅん……?」
「働きすぎちゃダメって法律で決まってんの」
「へー。親父は『休む暇があったら女を口説け』って言ってましたけど」
「あんたのお父さん、絶対労基署に怒られるタイプだね」
彩との会話は、毎日この調子だった。
◇◇◇
イエヤスの採掘ペースは、異常だった。
十日間で掘り出した魔鉱石の量は、すでに四級採掘者の月間平均をダブルスコアで超えている。おまけに結晶構造が完璧に保存された高品質ばかり。
結果だけ見れば、最高の新人だ。
問題は、その過程だった。
「——いい? 鉱脈に沿って水平に掘り進めるの。上から叩くと地層が崩れるから」
「うす」
「ツルハシの角度は四十五度。地層の走向と傾斜を意識して」
「うす。四十五度」
「じゃあやってみて」
イエヤスがツルハシを構えた。
一撃目。角度は六十度。
二撃目。今度は三十度。
三撃目。斜め上から。
「ぜんっぜん四十五度じゃない!!」
「え? でもなんか、壁が『こっちから掘れ』って言ってる気がして」
「壁は喋らない!」
彩は頭を抱えつつ、削り出された断面を確認した。
——完璧にきれいだった。
結晶の方向など微塵も理解していないくせに、イエヤスは一打ごとに岩盤の硬さの違いを本能で感じ取り、無意識のうちに最適な角度へ調整しているのだ。
六年かけて理論と技術を積み上げてきた彩からすれば、理不尽の極みである。
「イエヤスくん」
「はい」
「あんた、なんで毎回角度変えてるの?」
「手が勝手に。こっちの方がいい感じだなーって」
「いい感じ」
「うす。いい感じ」
言葉も数式も通じない。体で覚える——というか、体が最初から答えを知っているタイプだ。
下手に「正しい理論」で矯正すれば、この天然の才能を潰してしまうかもしれない。
「……まあいいや。結果出てるし。でも理論も覚えてね。いつか必要になるから」
「うす。覚えます」
絶対覚えない顔だった。彩は本日三度目のため息をついた。
◇◇◇
その日の午後。
イエヤスは黙々と壁を掘っていた。
岩を砕き、鉱脈を探す作業は性に合っている。しかし、最近少しだけ物足りなかった。浅層の鉱石は小粒なものが多い。初日に見つけたような「キラキラしたやつ」は、そうそう出ない。
「藤村さん。もっと奥って、どうなってんすか」
「奥って、中層のこと?」
「たぶん。そっちの方がキラキラしてんじゃないすか?」
「そりゃね。中層の方が鉱石の質は段違いだよ」
「行きたい」
イエヤスが即答する。しかし彩は首を横に振った。
「ダメ。中層は三級採掘者以上じゃないと入れない。規則」
「じゃあ試験受ける」
「生き急がなくてもいいの。まだ十日目だよ。三級の試験だけでも普通は半年かかるの」
「半年……」
イエヤスの顔が露骨に曇った。半年は長い。半年もここで小粒の石を掘り続けるのか。
「中層は探索者の護衛が必須なくらいモンスターの出現リスクが高いの。四級を行かせるわけにはいかない」
「うす……」
師匠の言うことだ、一応引き下がる。
イエヤスは壁に向き直り、ツルハシを振り下ろした。
——ガツン。
その瞬間。
音が、変わった。
いつもの「コン」でも、鉱脈を見つけた時の「鈍い音」でもない。
もっと——深く、遠い音。
イエヤスは手を止めた。
壁に耳をぴったりと押し当てる。
……聞こえる。
いや、耳で聞いているのではない。骨を通して伝わってくるような、地鳴りのような微かな振動。
壁の奥の、ずっと奥。地層の下の、浅層を突き抜けたはるか深い場所から、何かが響いてきている。
「……なんだ、これ」
何かが——いる。
いや、「ある」に近い。途方もなく巨大で、重い何かが。
「イエヤスくん? どうかした?」
「藤村さん、なんか変な音が……すげー遠くから響いてくる感じが」
彩が壁に手を当て、ハンマーで軽く叩いて耳を澄ます。
「……何も聞こえないけど。気のせいじゃない?」
「気のせいじゃないっす」
「疲れてるんだよ。今日はもう上がろっか」
「……うす」
イエヤスはツルハシを下ろした。
音はもう消えていた。彩が聞き取れないのも無理はない。一瞬の、本当に微かな振動だったから。
でも、体が覚えている。
あの音の正体は、ここ(浅層)を掘っていても一生わからないだろう。
(……もっと奥に行けば、わかるかもな)
イエヤスは暗い通路の奥——中層へと続く道をじっと見つめた。
中層に入るのは規則違反だ。藤村さんにも止められている。
ならば。
中層に入らず、ギリギリの境界線まで行けばいいだけだ。
明日から、少しずつ掘る場所を奥にずらしていこう。藤村さんにバレないように、ちょっとずつ。
そうすれば、あの音に近づけるはずだ。
単純な算段を胸に秘め、イエヤスはニヤリと笑った。
その好奇心が、翌日、一人の少女との出会いを引き寄せることになるとは知らずに。




