表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/15

第8話 「もっと奥に」

採掘者になって十日。


 イエヤスの生活は、完全にパターン化していた。

 朝起きて鮭おにぎりを食い、ダンジョンで掘り、彩から昼飯をもらって掘り、帰りにコンビニで鮭おにぎりと唐揚げ(ユアのおごり)を食って、寝る。


 休日という概念は、彼の辞書になかった。


「イエヤスくん。明日は休みなさい」

「なんでっすか。休んだらモテるチャンスが減る」

「ダンジョンはナンパスポットじゃないの。あと労働基準法」

「ろうどうきじゅん……?」

「働きすぎちゃダメって法律で決まってんの」

「へー。親父は『休む暇があったら女を口説け』って言ってましたけど」

「あんたのお父さん、絶対労基署に怒られるタイプだね」


 彩との会話は、毎日この調子だった。


          ◇◇◇


 イエヤスの採掘ペースは、異常だった。


 十日間で掘り出した魔鉱石(まこうせき)の量は、すでに四級採掘者の月間平均をダブルスコアで超えている。おまけに結晶構造が完璧に保存された高品質ばかり。

 結果だけ見れば、最高の新人だ。


 問題は、その過程だった。


「——いい? 鉱脈に沿って水平に掘り進めるの。上から叩くと地層が崩れるから」

「うす」

「ツルハシの角度は四十五度。地層の走向と傾斜を意識して」

「うす。四十五度」

「じゃあやってみて」


 イエヤスがツルハシを構えた。


 一撃目。角度は六十度。

 二撃目。今度は三十度。

 三撃目。斜め上から。


「ぜんっぜん四十五度じゃない!!」

「え? でもなんか、壁が『こっちから掘れ』って言ってる気がして」

「壁は喋らない!」


 彩は頭を抱えつつ、削り出された断面を確認した。

 ——完璧にきれいだった。


 結晶の方向など微塵も理解していないくせに、イエヤスは一打ごとに岩盤の硬さの違いを本能で感じ取り、無意識のうちに最適な角度へ調整しているのだ。

 六年かけて理論と技術を積み上げてきた彩からすれば、理不尽の極みである。


「イエヤスくん」

「はい」

「あんた、なんで毎回角度変えてるの?」

「手が勝手に。こっちの方がいい感じだなーって」

「いい感じ」

「うす。いい感じ」


 言葉も数式も通じない。体で覚える——というか、体が最初から答えを知っているタイプだ。

 下手に「正しい理論」で矯正すれば、この天然の才能を潰してしまうかもしれない。


「……まあいいや。結果出てるし。でも理論も覚えてね。いつか必要になるから」

「うす。覚えます」


 絶対覚えない顔だった。彩は本日三度目のため息をついた。


          ◇◇◇


 その日の午後。


 イエヤスは黙々と壁を掘っていた。

 岩を砕き、鉱脈を探す作業は性に合っている。しかし、最近少しだけ物足りなかった。浅層の鉱石は小粒なものが多い。初日に見つけたような「キラキラしたやつ」は、そうそう出ない。


「藤村さん。もっと奥って、どうなってんすか」

「奥って、中層(ちゅうそう)のこと?」

「たぶん。そっちの方がキラキラしてんじゃないすか?」

「そりゃね。中層の方が鉱石の質は段違いだよ」

「行きたい」


 イエヤスが即答する。しかし彩は首を横に振った。


「ダメ。中層は三級採掘者(さんきゅうレイバー)以上じゃないと入れない。規則」

「じゃあ試験受ける」

「生き急がなくてもいいの。まだ十日目だよ。三級の試験だけでも普通は半年かかるの」

「半年……」


 イエヤスの顔が露骨に曇った。半年は長い。半年もここで小粒の石を掘り続けるのか。


「中層は探索者(ハンター)の護衛が必須なくらいモンスターの出現リスクが高いの。四級を行かせるわけにはいかない」

「うす……」


 師匠の言うことだ、一応引き下がる。

 イエヤスは壁に向き直り、ツルハシを振り下ろした。


 ——ガツン。


 その瞬間。

 音が、変わった。


 いつもの「コン」でも、鉱脈を見つけた時の「鈍い音」でもない。

 もっと——深く、遠い音。


 イエヤスは手を止めた。

 壁に耳をぴったりと押し当てる。


 ……聞こえる。

 いや、耳で聞いているのではない。骨を通して伝わってくるような、地鳴りのような微かな振動。

 壁の奥の、ずっと奥。地層の下の、浅層を突き抜けたはるか深い場所から、何かが響いてきている。


「……なんだ、これ」


 何かが——いる。

 いや、「ある」に近い。途方もなく巨大で、重い何かが。


「イエヤスくん? どうかした?」

「藤村さん、なんか変な音が……すげー遠くから響いてくる感じが」


 彩が壁に手を当て、ハンマーで軽く叩いて耳を澄ます。


「……何も聞こえないけど。気のせいじゃない?」

「気のせいじゃないっす」

「疲れてるんだよ。今日はもう上がろっか」

「……うす」


 イエヤスはツルハシを下ろした。

 音はもう消えていた。彩が聞き取れないのも無理はない。一瞬の、本当に微かな振動だったから。


 でも、体が覚えている。

 あの音の正体は、ここ(浅層)を掘っていても一生わからないだろう。


(……もっと奥に行けば、わかるかもな)


 イエヤスは暗い通路の奥——中層へと続く道をじっと見つめた。

 中層に入るのは規則違反だ。藤村さんにも止められている。


 ならば。

 中層に入らず、ギリギリの境界線まで行けばいいだけだ。


 明日から、少しずつ掘る場所を奥にずらしていこう。藤村さんにバレないように、ちょっとずつ。

 そうすれば、あの音に近づけるはずだ。


 単純な算段を胸に秘め、イエヤスはニヤリと笑った。

 その好奇心が、翌日、一人の少女との出会いを引き寄せることになるとは知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ