第62話 ①「烈火、降臨」前編
午後七時。管理局地上棟、休憩室。
伊吹あかりは定位置の自販機横にタブレット端末を据え、いつもの定期配信を始めた。
「はいはいはーい! 伊吹あかりの桜谷ダンジョンちゃんねる、今夜もやっていきまーす!」
背景は「探索時間厳守」のポスター。画角も照明もいつも通り。管理局公認の定期配信は週二回。今日は中層の採掘状況と、最近の新規ライセンス取得者の増加傾向について話す予定だった。
──────【LIVE】同接:7,842──────
: きたきた
: 今日は何するの?
: エルフちゃんの話してくれ
: セリアちゃん映して
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「映さないって言ったでしょー! あの子は保護対象! 彩さんに怒られるのあたしなんだからね!?」
配信は順調に進んだ。深層の魔力濃度が核晶修復後に約二十パーセント安定化していること、中層の探索チームの活動報告、新規ライセンス取得者の問い合わせ件数。つむぎから借りたグラフをカメラに映しながら、あかりは慣れた口調で解説していく。
同接は一万四千を超えた。平日夜としては上々だ。
「今日もイエヤスくんは元気に中層で掘ってましたよー。黒ツルハシの打撃効率九八パーセント超え。本人に『モテてる?』って聞いたら『わかんない』って。いつもの」
──────【LIVE】同接:14,209──────
: 安定の鈍感
: もう諦めろww
: あかりちゃんの声がちょっと寂しそう
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「気のせいだよー! さて、次の話題——」
その時だった。
配信画面の右上に、スーパーチャットの通知がポップアップした。
黄色い帯。五万円。上限額。
アカウント名:かみしろ れっか
コメント欄は、一行だけだった。
『セリアってあのエルフの妹か。生きてたか』
あかりの手が止まった。
目が、スーパーチャットのアカウント名に釘付けになっている。かみしろ れっか。平仮名。だが、その六文字を見間違えるはずがない。日本のダンジョン史に名を刻む、あの特級探索者の名前だ。
五秒間、完全に動けなかった。
コメント欄が爆発した。
──────【LIVE】同接:31,774──────
: 5万!?!?
: 待って名前
: 名前見ろ名前!!!
: かみしろ れっか!?!?!?
: 神代烈火!?!?!?!?
: は!?!?!?!?!?!?
: 本人!? 本人なの!?
: 特級探索者がスパチャ!?
: しかもエルフって何!?
: 「生きてたか」ってどういうこと!?
: あかりちゃんフリーズしてるww
: フリーズしてる場合じゃないだろこれ!!
: いや俺もフリーズしてるわ
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同接が一気に三万を超えた。アカウント名だけで視聴者がパニックに陥っている。特級探索者・神代烈火。十年以上消息不明の生きた伝説。イエヤスの父親。その名前が、五万円のスーパーチャットと共に画面に現れたのだ。
あかりは三秒かけて呼吸を整えた。配信者として、この空白は致命的だ。自然に繋がなければ。
「……えーと、スパチャありがとうございます。"かみしろ れっか"さん……?」
読み上げた瞬間。
休憩室の外から、足音が聞こえた。速い。彩の足音だ。
ドアが開き、彩が顔だけを覗かせた。顔色が変わっている。あかりに向かって、端末の画面を一瞬だけ見せた。
画面には『直通回線着信——発信元:不明』の表示。
彩の唇が無声で動いた。
——「続けて。自然に」
ドアが閉まった。
あかりは唾を飲み込み、カメラに向き直った。
「えー、すごいスパチャいただいちゃいました! 五万円! ありがとうございます! ちょっと内容の確認が必要なので、いったん次の話題に——」
声は平常運転を保っている。だが心臓は壊れそうだった。
──────【LIVE】同接:58,320──────
: 同接跳ねてるぞ!!
: スクショ回ってきた
: 「かみしろ れっか」「エルフの妹」で外部大騒ぎ
: 管理局案件じゃないのかこれ
: 本人確定なの? 偽物の可能性は?
: 5万円出して偽物やる奴いるか?
: イエヤスくんの親父だぞ……
: 生きてたのかよ!!!!
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管理局地上棟、藤村彩の執務室。
彩は端末を握りしめていた。
直通回線。管理官と上層部だけが使用する暗号化チャンネル。外部からこの回線にアクセスできる人間は、原則としていない。
発信元の表示は『不明』。
彩は三秒だけ画面を見つめ、通話ボタンを押した。
画面に、顔が映った。
日焼けした肌。白髪交じりの短い髪。顔に走る無数の古傷。人を食ったような、底抜けに不遜な笑み。そして——イエヤスの顔の二十年後がそこにあった。
「よう、藤村の嬢ちゃん。まだ俺の馬鹿息子の世話してくれてんのか」
神代烈火だった。
彩の背筋が凍り、次の瞬間に沸騰した。
「……神代烈火さん。この直通回線の接続先を、どこで」
「息子の配信、毎回見てんだよ。便利な時代だな。——回線は、昔この局で仕事してたからな。内部の仕組みくらいは覚えてる。あとはまぁ、昔のパーティのバックアップ担当がちょっと手を貸してくれた」
彩の眉間に皺が刻まれた。元パーティのIT担当がハッキングしたということだ。
「不正アクセスです」
「堅いな、嬢ちゃん」
「堅いから務まるんです」
本題は後だ。今はもっと急ぐことがある。
彩は通話をそのまま維持し、別の端末で局内通信を飛ばした。
『イエヤス、刃、凛、つむぎ。モニター室に集合。セリアも連れてきて。——至急』
◇◇◇




