第6話 「バズ」
バズは、いつも唐突だ。
投稿者は、あの日イエヤスの隣の区画で作業していた中年の採掘者だった。モンスターが出現した時、咄嗟にスマホを構えていたらしい。逃げろよ、とは思うが、人間は本当に驚いた時、意外と体が動かないものだ。そしてスマホだけは構える。現代人の本能だった。
投稿先はSNS。キャプションはこう。
『ツルハシでモンスター倒す採掘者がいたんだけどwww』
動画は十二秒。画質は悪い。ダンジョン内部では電子機器が不安定になるため、映像は粗く、音声も割れている。
だが——映っている内容のインパクトが、画質のハンデを軽々と超えていた。
薄暗い採掘エリア。突如現れるモンスター。悲鳴を上げて逃げる採掘者たち。
その中で一人だけ、逃げない少年。
半歩ずれて、ツルハシを一閃。
モンスターが壁に叩きつけられ、動かなくなる。
そして少年は肩にツルハシを担ぎ直し、一言。
『邪魔だな』
この十二秒の動画が投稿されたのは夜の九時。翌朝には再生数が十万を超えていた。
◇◇◇
SNSの反応は爆発的だった。
────── SNS ──────
: ツルハシでモンスター倒してて草
: これ合成じゃないの?
: いや現場にいたけどマジ 隣で掘ってた
: 隣で掘ってたニキの証言強い
: 採掘者ってモンスターと戦うんだ 知らなかった
: 戦わないよ普通は
: 普通はね
: この人だけおかしい
: 「邪魔だな」が良すぎる
: 何者なんだこいつ
──────────────────
投稿から数時間で、引用リポストが連鎖的に広がっていった。ダンジョン系のまとめアカウントが取り上げ、そこからさらに一般層へ拡散する。
────── SNS ──────
: めっちゃ若くない? 高校生?
: 採掘者って確か資格制だよね 何級だろ
: 動き見る限り素人じゃない 体の使い方が違う
: 探索者が採掘者のフリしてるとか?
: そんなことする意味ないだろ
: 元探索者が採掘者に転向したんじゃね
: にしちゃ若すぎ
: てか「邪魔だな」って言える度胸よ
: ツルハシでモンスター倒す仕事に転職したい
: ないよそんな仕事
──────────────────
コメントは更に増殖していく。
────── SNS ──────
: この子が誰か知ってる人いる?
: 名前出てないね 顔も泥で見えにくいし
: 現場にいた人の投稿見たけど「イエヤス」って呼ばれてたらしい
: イエヤス? 苗字は?
: ないらしい
: ???
: 徳川かな?(適当)
: 何級の採掘者なんだろ
: 浅層で作業してたから四級じゃね
: 四級でこれ!?!?!?
: ていうか正直ちょっとかっこよくない?
: わかる 泥まみれだけどわかる
: 腕の筋肉の付き方がいい わかる方にはわかる
: わかる方とは
──────────────────
投稿から十二時間後。再生数は三十万を超えた。ダンジョン関連のSNSトレンドに『ツルハシ採掘者』『邪魔だな』がランクインした。
◇◇◇
翌朝。
イエヤスはいつも通り、朝七時に東京ダンジョンの管理局前に立っていた。今日も歩いてきた。電車は相変わらずよくわからない。
「おはようございます」
「…………」
彩がいた。
いたが、様子がおかしかった。目の下に隈がある。スマホを握りしめている。表情が死んでいた。
「藤村さん? 大丈夫すか?」
「大丈夫じゃない」
彩がスマホの画面をイエヤスに突きつけた。
動画が再生される。暗い画面。モンスター。ツルハシ。『邪魔だな』。
「……あ、これ昨日の」
「そう。昨日の。三十万再生」
「さんじゅうまん?」
「三十万人があんたの動画を見たの。今も増えてる」
イエヤスは首を傾げた。三十万という数字のスケールがよくわからなかった。多いのだろう、たぶん。
「すごいんすか?」
「すごいの! すごいし、やばいの!」
彩が頭を抱えた。
「採掘者がモンスター倒してる動画が三十万回再生されてるの! ダンジョン庁が見てないわけないでしょ! あたしの監督責任! 始末書! いや始末書で済む!?」
「あー……ごめん」
「謝るのはいいけど——はぁ。もういい。起きたことは仕方ない」
彩は深呼吸を三回した。それでも顔色は戻らなかった。
「とにかく、今日は大人しく掘るだけ。いい? 何が出ても逃げる。約束して」
「うす」
「——返事が軽い」
「うす!」
「声量の問題じゃないんだけど……」
彩は諦めの境地でゲートに向かった。イエヤスがその後ろをついていく。
バズっていることの意味を、イエヤスは正直よくわかっていなかった。SNSをやっていない。スマホは持っているが、電話とマップアプリしか使ったことがない。マップアプリも使い方が怪しいから結局歩く。
自分の動画が何万人に見られている。だから何だ、という感覚。
それよりも、今日も鉱脈を見つけられるかどうかの方が大事だった。掘るのは楽しい。壁の奥から魔鉱石が顔を出す瞬間の、あのキラっとした光が好きだった。
モテるかどうかは——まだわからない。鉱石を掘ってモテるのかは疑問だが、藤村さんがモテると言ったのだから、たぶんモテる。もう少し頑張ろう。
イエヤスの思考はその程度で完結していた。
自分がSNSで「ツルハシ採掘者」と呼ばれ始めていることも、ダンジョン業界の関係者がざわついていることも、探索者サイドから「あの動画の採掘者は何者だ」という問い合わせがダンジョン庁に殺到していることも。
何一つ知らなかった。
◇◇◇
同じ頃。
都内のマンションの一室。
大きなモニターが三台並んだデスクの前で、一人の女性がスマホを操作していた。
栗色の髪をハーフアップにまとめている。部屋着のパーカーにスウェット。画面には例の動画が映っていた。再生。巻き戻し。再生。巻き戻し。もう二十回は繰り返している。
伊吹あかり。二十歳。ダンジョン系配信者。
チャンネル登録者数八万人。ダンジョン系の配信者としてはそこそこの規模だが、頭打ちだった。最近は同接数も伸び悩んでいる。探索者の同行配信は許可が下りにくいし、下りたとしても大手配信者に取られる。採掘者の配信は地味すぎて数字にならない。
——はずだった。
あかりは動画を再生し直した。
モンスターの突進。半歩の回避。ツルハシの一閃。
そして。
『邪魔だな』
あかりの唇が、ゆっくりと弧を描いた。
「……面白い」
スマホを置き、椅子の背もたれに体を預ける。天井を見上げながら、頭の中で計算が回り始めていた。
採掘者。若い。強い。ビジュアルは泥で見えにくいが、体格は悪くない。性格は——動画だけではわからないが、あの「邪魔だな」の一言から察するに、相当キャラが立っている。
そして何より、未知数だ。
誰も知らない。名前すらはっきりしない。経歴も不明。四級採掘者という肩書きだけ。
配信者として、あかりの嗅覚が告げていた。
これは「数字」になる。
あかりはスマホを取り上げ、連絡先を一つ探した。ダンジョン庁の東京管理局に知り合いがいる。採掘者関連の情報なら——
「……まずは裏取りから」
あかりは小さく呟いて、スマホに指を走らせた。
——この時点では、まだただの「面白いネタ」だった。
伊吹あかりが本気でイエヤスに食いつくのは、もう少し先の話になる。




