第48話 「二級への道(兄の地獄の補習)」
二級採掘者・特例昇格審査。
本来は実務経験等が必要だが、深層の異常感知などの実績から本部の特例承認が下りた。審査は実技と筆記の二部構成。
実技試験は前日に実施された。
イエヤスは一切の無駄がない『極限の絶技』を振るい、一時間制限の課題を七分で終わらせた。試験官は言葉を失い、震える手で「満点」と書き込んだ。文句なしの実技通過。
問題は——筆記だった。
◇◇◇
筆記試験前日。午後二時。東京ダンジョン管理局、研修室B。
イエヤスは、過去問集の一ページ目を見つめたままフリーズしていた。全五科目、合計百問。合格ラインは六十点。
「石英の硬度は?」
教師役を買って出た早瀬凛が問う。
「石って硬いから……十?」
「七よ。……じゃあ次」
凛の教え方は丁寧だったが、五分後には「凛、明日の弁当の卵焼きも甘め?」とイエヤスが脱線し、凛は深い溜息と共に席を立った。
代わったつむぎは、「魔力含有量が〇・一から〇・五テウルで——」と図表で理論的に攻めたが、イエヤスの目は完全に死んでいた。
「テウルって美味いのか?」
その一言で、つむぎは右眉を痙攣させて静かに退室した。
次に藤村彩が実務的に教えようとした。だが、「これで受かったらあの泣いてる音のとこ行けるな」と真っ直ぐな目で言われ、彩は彼をダンジョンへ誘い込んだ己の嘘(採掘者はモテる)の罪悪感に不意に押し潰され、ギブアップした。
「配信しながらリスナーと一緒に解きませんか!?」
最後に乱入したあかりは、廊下にいた全員から「却下」と一蹴された。
◇◇◇
「全員どけ」
氷室刃が研修室に踏み込んできた。
過去問集を手に取り、猛スピードでめくった後、イエヤスの首根っこを掴んで立たせた。
「地下訓練場へ行くぞ」
「え? 勉強は?」
「お前のような野生児が、机に向かって文字を覚えられるわけがないだろう」
地下訓練場。
刃は木製の模擬剣を構え、イエヤスにも木剣を持たせた。
「最新の脳科学においても、極限の身体運動と結びついた記憶は脳に強固に定着すると証明されている。五感をフル活用し、生命の危機と正解を直結させろ」
「刃、お前なんか頭いいこと言ってるけど、要するに殴り合いながらクイズ出すってことだろ」
「黙れ。第一問!」
刃が神速の踏み込みで斬りかかる。
「石英の硬度は!」
「おわっ!? な、なな!」
イエヤスが木剣で刃の斬撃を弾く。
「正解だ! 次! 長石の硬度!」
「ろ、ろく!」
「遅い!」
——バキィッ!
刃の鋭い蹴りがイエヤスの脇腹に入る。
「痛ぇな! んなの避けれ——」
「ダンジョン管理法第十七条! 封鎖区域への無断立ち入りの罰則は!」
「しかくていし!」
「期間は!」
「さいちょういちねん!!」
「正解! 次! A等級の魔力含有量は!」
「さんじゅう!」
「不正解だ! 親父以下か貴様は!!」
「痛ぇ!!」
間違えれば殴られ、正解すれば「当然だ」と短く認められる。
養成学校首席のスパルタ教育は、物理的かつ暴力的だった。だが、驚くべきことに、この命がけの一問一答はイエヤスの脳髄に『試験の解答』を急速に刻み込んでいった。
◇◇◇
翌日。午前十時。
東京ダンジョン管理局、筆記試験会場。
静まり返った室内で、受験者たちがマークシートに向かっている。
イエヤスは問題用紙を睨みつけていた。
『問四十二。深層鋼の主要合金成分を三つ選べ』
「……深層鋼、深層鋼……」
イエヤスは目を閉じた。
昨日の記憶を呼び起こす。深層鋼の問題を出された時、刃の剣は右斜め上からの袈裟斬りだった。それを躱して、下から潜り込むように反撃した、あの時の動き——。
ガタッ。
イエヤスが突然席から立ち上がった。
そして無言のまま、試験会場のど真ん中で両手を握りしめ、仮想のツルハシを『下から上へフルスイング』するエアー素振りをキメた。
「思い出した! 鉄、コバルト、魔素だ!」
「受験番号〇二三番!!」
試験監督の怒号が響いた。
「着席しなさい!! そして試験中に武器を振る真似をしない!!」
「あ、うす。すんません」
イエヤスは素直に座り、マークシートを塗りつぶした。
身体に刻み込まれた五時間の地獄の成果が、確実に点数へと変わっていく。
◇◇◇
午後一時。一階ロビー。
筆記試験の結果は即日発表だった。掲示板の前に六人が集まる。
受験番号〇二三。イエヤス。
実技:満点通過
筆記:六十二点
——合格。
「よっしゃあああ! 受かったぞ! 二級だ!」
歓喜の声を上げるイエヤス。凛が微笑み、あかりがカメラを向け、つむぎと彩も安堵の息を吐く。
少し離れた柱の陰で、刃は掲示板を睨んでいた。
「……二点の余裕しかないのか」
「受かればいいんだよ、受かれば」
「試験中に素振りをして怒られたそうだな。恥を知れ」
「でも受かった」
「……六割でいいんだよ。合格って書いてあるだろ」
刃は深く息を吐いた。
「……もういい。好きにしろ」
呆れと疲弊。だが、その表情は初登場時の氷のような冷たさからは明らかに変わっていた。
あの馬鹿に物理で勉強を教え、ギリギリで合格させた疲労の底にある微かな『満更でもない』という感情。刃はまだ、それを自覚していなかった。
◇◇◇
午後三時。ダンジョンゲート前。
イエヤスが立っていた。
親父から送られてきた新しい黒いツルハシを肩に担ぎ、左腰には二級採掘者の認定証がぶら下がっている。
「行くぞ刃。境界区画だ」
振り返りもせずに言うイエヤスの背後に、足音が一つ。
刃が歩いてきた。見送るのではなく、そのままイエヤスの隣に並ぶ。
「……命令するな。護衛は俺の判断で動く」
「おう。頼むぞ」
二人がゲートに向かって歩き出す。
黒いツルハシと、黒い直刀。弟と、過保護な兄。二つの影がゲートの深い闇へ消えていく。
その後を、凛、つむぎ、彩、あかりの四人が続いた。
六人が、ゲートの闇に吸い込まれていく。
——第七章「腹違いの兄と中層開拓記」・了。
第八章「境界の嵐」へ続く。
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