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第35話 「探索者の嫉妬」

不満の火種は、ダンジョンの至るところでくすぶっていた。


 中層の巡回休憩所。探索者(ハンター)専用のエリアで、若手の三人組がスマホを囲んでいた。


「見たか、これ。再生数三千万だとよ」


 画面には、あかりチャンネルの切り抜き動画。深層級モンスターの頭部にツルハシを叩き込むイエヤスの姿が、スロー再生で繰り返されている。


「採掘者がモンスター倒して英雄扱いとか、マジで笑えるよな」

「笑えねえよ。俺たちが毎日命がけで巡回して駆逐してんのに、あいつ一人にぜんぶ持ってかれてんだぞ」

「しかも三級だぜ? 三級の採掘者(レイバー)だぞ? 俺ら三級探索者の時、名前なんか誰にも覚えてもらえなかったのに」


 三人組のリーダー格——角刈りの男が、スマホを乱暴にテーブルに置いた。

 三級探索者。二十一歳。探索者になって三年。それなりに腕に覚えはあるが、メディアに取り上げられたことは一度もない。


「親が特級だから持ち上げられてるだけだろ。実力じゃねえ」

「でも、深層級を四体——」

「一体は護衛の早瀬凛が倒してるし、最後のは重りのインチキだろ。あんな重り外して身体能力ブーストとか、ドーピングみたいなもんじゃねえか」


 無茶苦茶な理屈だった。だが、嫉妬は理屈を必要としない。


「つーか採掘者のくせに戦闘すんなって話なんだよ。俺たちの仕事を奪ってんだよ、あいつは」

「今日、中層第七区画にいるらしいぜ。いつものチームで」

「……行くか」

「行って何すんだよ」

「別に。ちょっと顔見に行くだけだ」


 角刈りの目が、暗く淀んだ光を放った。



          ◇◇◇



 中層第七区画。

 イエヤスは壁に向き合い、ツルハシを構えていた。


 こん、こん、こん。


 三点で叩き、反響を聞く。右肩の包帯がまだ分厚いので、振りが少し窮屈だ。でも掘れる。掘れるなら問題ない。


「……この辺、昨日より音が変わってる。鉱脈の位置がちょっとずれたかな」


 独り言を呟きながら、壁面を指先でなぞる。岩の温度、湿り気、微細な振動。全部、体で感じ取る。


 少し離れた場所で、つむぎが振動センサーのデータをタブレットに記録している。凛は通路の奥で警戒態勢。彩は別の区画で他チームとの調整中。あかりは今日は管理局でマスコミ対応に追われているため不在だった。


「……ここだ」


 イエヤスがポイントを定め、ツルハシを振り上げた。

 その時。


「おい」


 背後から、声がかかった。

 低い声。聞き覚えがない。同僚の採掘者でも、管理局の職員でもない。


 イエヤスはツルハシを下ろし、振り返った。

 三人の男が立っていた。全員、探索者の防護スーツを着ている。胸の資格章は三級。腰には剣や短槍を帯びている。


 先頭の角刈りの男が、腕を組んでイエヤスを見下ろしていた。


「お前がイエヤスか」

「うす。そうっすけど」

「噂の『ツルハシ採掘者』ね。特級の息子で、テレビにも出てるっていう」

「皆そう言うっすけど、家にテレビないんで分かんないっすねー」


 角刈りが鼻を鳴らした。


「ずいぶん余裕じゃねえか。採掘者のくせに、探索者より有名になっちゃってさ」

「有名なのか、俺。ってことは……モテてる?」

「……は?」


 角刈りの眉がぴくりと動いた。馬鹿にされていると思ったらしい。実際には、イエヤスは本気で聞いている。


「おい採掘者。特級の息子だからって調子乗ってんじゃねえぞ」


 声のトーンが下がった。後ろの二人が半歩前に出る。三対一の圧をかける形。

 イエヤスは首を傾げた。


「調子? 乗ってないけど」

「世間じゃお前が英雄みたいに持ち上げられてるけどな、俺たち探索者が命懸けでダンジョンの安全守ってるから、お前みたいなヒョロい採掘者が安心して壁掘れてるんだよ。分かってんのか?」

「へー。そうなのか。ありがとうっす」

「どういたしまして……じゃねぇよ!!」


 イエヤスが素直に頭を下げたので角刈りはリアクションを間違えた。


 「……ちょっとモンスター倒したくらいで探索者の顔に泥塗ってんじゃねえっつってんだよ!」


 気を取り直した角刈りの怒鳴り声が反響した。中層の通路は音がよく響く。

 イエヤスは、壁の方に視線を戻した。


「あのさ」

「聞いてんのか!?」

「聞いてるけど。つーか今掘ってるから、静かにしてくれない? 壁の音が聞こえないんだ」


 角刈りの顔が、ボンッと音を立てて赤くなった。


 完全にスルーされていた。無視ではない。イエヤスは本当に「壁の音を聞きたい」から「静かにしてほしい」と言っただけだ。怒りも侮蔑も挑発もない。ただ純粋に、こいつらの声が邪魔だという事実を述べただけ。


 だがそれは、無駄にプライドで武装した若手探索者には、どんな挑発より効いた。


「てめ……っ!」


 角刈りが一歩踏み出し、イエヤスの肩を乱暴に掴もうとした。

 指先が作業着の布地に触れる寸前。


「——何か用?」


 声は、角刈りの真後ろから聞こえた。

 三人が振り返る。


 早瀬凛が、通路の壁にもたれて立っていた。

 腕を組み、腰の剣に手を添えている。


 顔は、微塵も笑っていなかった。

 笑っていないどころか、三人組が今までダンジョンで見たどんなモンスターより恐ろしい表情をしていた。二級探索者(にきゅうハンター)の銀色の資格章が、中層の薄明かりの中でぎらりと光る。


「……は、早瀬凛」


 角刈りの声が裏返った。

 早瀬凛。若手探索者なら知らない者はいない名前だ。一級探索者・早瀬巖の娘。史上最年少で二級に到達した天才剣士。


 三人組の全員が三級。凛は二級。格が一つ違う。しかもこの女は、先日のライブ配信で深層級の形態変化個体と斬り合っている。三級が三人束になっても勝てるかどうか怪しい。


「あたしの目の前で、あたしの専属護衛対象に手を出そうとしたわよね」


 凛の声は穏やかだった。穏やかなのが、余計に怖い。


「い、いや、別に手なんか——」

「肩を掴もうとしてたわよね。ダンジョン内での他者への暴力行為は管理法第二十七条に抵触するけど、通報していい?」


 つむぎの正論メソッドが凛にも伝染している。法律の数字を出されると、人間は本能的にひるむ。


「それとも、三級が三人がかりで三級の採掘者を脅しに来たって、管理局に報告する方がいい? 昇格審査に致命的な影響が出ると思うけど」


 三人組の顔から、完全に血の気が引いた。

 昇格審査への影響。それは探索者にとって死を意味する。管理局に問題行動を記録されたら、数年は足止めされる。


「あ——いや、俺たちはただ挨拶に来ただけで——」

「挨拶。そう。じゃあもう終わったわね。お疲れ様。二度と来ないで」


 凛が一歩、前に出た。

 それだけだった。


 三人組は、逃げるように通路の奥へ消えていった。足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。

 静寂が戻った。


 凛はため息をつき、剣から手を離した。肩の力を抜く。


「……ったく。ダンジョンの中でまであんな連中の相手しなきゃいけないの?」


 凛がイエヤスの方を向く。

 イエヤスは壁に耳を当てていた。

 さっきの騒ぎなど最初からなかったかのように、目を閉じて、壁の音を聞いている。


「……あ、凛。おっす」


 顔を上げた。いつもの、のんきな顔。


「終わった? あいつら帰った?」

「帰ったわよ。……あんた、よく我慢したわね。殴る真似くらいしても良かったのに」

「弱いものイジメはモテないって親父が言ってたからなぁ。それに、こーゆーよく分かんないのは凛がなんとかしてくれるって思ってたから」

「……」


 さらっと言われた信頼の言葉に、凛の胸が小さく跳ねる。


「あいつら、何だったんだ? 結局」

「……あんたのファンよ」


 凛は適当にごまかした。嫉妬に狂った小物だと教えてやる義理もない。


 イエヤスの目が、ぱっと輝いた。


「ファン!? マジ!? 男のファンか! やったぜ、俺ついに男にもモテてる!」

「冗談よ!!」


 凛が声を荒げた。だが、イエヤスはもう壁に向き直ってツルハシを構えている。


「いいこと聞いた。親父が言ってたんだ。『男に好かれる男は、そのうち最高にイイ女にもモテる。順番は大事だ』って」


 お父さんの教えの順番がおかしいし、色々履き違えている、と凛は思ったが、もう言葉にする気力がなかった。


「……もういいわよ。掘ってなさい」

「うす」


 カンッ、カンッ、と小気味いい音が響き始める。


 凛は壁にもたれて、その背中を見た。

 嫉妬する人間がいる。嫌がらせをする人間がいる。有名になるということは、こういう厄介事がついてくるということだ。


 でもこの馬鹿は、それすら気にしない。気にしないのではなく、認識すらしていない。壁の音と「モテるかどうか」の方が、人間の嫉妬よりずっと大事なのだ。


(ある意味、最強よね。この鈍感さは)


 凛はため息をつきながら、少しだけ口角を上げた。


「ねえ、イエヤス」

「ん?」

「また変なのが来たら、あたしに言いなさい。相手しなくていいから。あたしが全部追い払ってあげる」

「おう。でも凛、さっきの『何か用?』はマジで怖かったぞ。あいつら顔真っ青だったし」

「怖くしたの。護衛だもの」

「すげーな。あの顔できたら深層のモンスターも逃げるんじゃね?」

「褒めてんの? けなしてんの?」

「褒めてる。最高にかっこよかった。お前、かっこよくて強くていい女だなぁ」


 何の計算もない直球の言葉が、凛の鼓膜を突き抜けて胸の真ん中に突き刺さった。


「っ——!! いい女って何よ!! バカにして!! いいから、掘ってなさい!! もう話しかけないで!!」


 凛が顔を背けた。耳まで真っ赤に茹で上がっている。いつものことだ。

 イエヤスは「うす」と素直に返事をして、ツルハシを振り直した。



 少し離れた場所で、一部始終を観測していたつむぎが、タブレットにこう記録した。


『本日の観測記録。イエヤスさんの採掘効率、妨害行為の前後で変化なし。凛さんの顔面温度、妨害者への対応時に極度に低下、イエヤスさんとの会話直後に沸点まで上昇。相関関係、完全な黒。要警戒』


 十四歳の天才は、鉱石だけでなく人間関係ヒロインレースのデータも的確に取っていた。己の好意には蓋をしながら。



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