表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/108

第33話 「翌朝」

六時に目が覚めた。


 体のあちこちが痛い。右肩は包帯でぐるぐる巻きだし、左腕はまだ毒の痺れが残っている。脇腹と胸の傷は塞がりかけているが、寝返りを打つたびにズキッと刺す。


 まあ、動ける。動けるなら問題ない。


 イエヤスは布団から起き上がり、台所に立った。冷蔵庫を開ける。鮭おにぎりが二つ。昨日ユアが「あんた怪我してんだから多めに食べなさいよ」と三つ入れてくれたうちの残りだ。

 一つ食べて、もう一つは昼飯用にポケットへ突っ込む。


 作業着に着替える。昨日のは血で使い物にならないので、予備の方。予備も裾が擦り切れているが、まあ穴は開いていない。ヘルメットを被り、壁に立てかけてあるツルハシを肩に担ぐ。

 

「よし」


 六畳一間の安アパートの玄関を開け、朝の空気を吸った。三月の風はまだ冷たい。

 包帯だらけの体でツルハシを担ぎ、イエヤスは管理局に向かって歩き出した。


 いつも通りの朝だった。

 ——本人の中では。



          ◇◇◇



 管理局の正門が見えてきた時、イエヤスは足を止めた。


「……なんだありゃ」


 門の前に、黒山の人だかりができていた。

 普段この時間帯は、出勤する採掘者(レイバー)探索者(ハンター)がまばらに歩いているだけの静かな風景だ。それが今日は、見慣れない大人たちがカメラやマイクを持って密集している。


 テレビ局のロゴが入った中継車が三台。脚立の上にカメラマン。スーツ姿のレポーターが原稿を確認している。


(祭りでもやってるのか?)


 イエヤスは首を傾げながら、普通に正門へ向かった。


 レポーターの一人が、こちらに気づいた。

 ツルハシを肩に担いだ、包帯だらけの少年。


「——あの子だ! あの子じゃない!?」


 一人が叫んだ瞬間、堰を切ったように全員がこちらに殺到してきた。


「イエヤスさん! 朝のニュースの者ですが——」

「イエヤスさんですよね!? お話を——」

「すみません、昨日の配信について一言——」


 マイクが五本くらい同時に突き出された。カメラのフラッシュが連続で焚かれる。イエヤスは目を細めた。眩しい。


「あの、すんません。通してほしいんすけど」

「一言だけ! お父さんはあの神代烈火(かみしろれっか)さんですか!?」


 イエヤスは首を傾げた。


「たぶん。親父は親父っすけど」

「やはり! 特級探索者(とっきゅうハンター)の息子さんが、なぜ採掘者を!?」

「モテるって聞いたんで」


 記者たちの手が止まった。

 マイクを突き出したまま、三秒ほど沈黙が流れた。風が吹いてレポーターの原稿がめくれた。


「……え、モテる?」

「うす。採掘者はモテるって藤村さんが言ってたんで。だからやってます」


 記者たちが顔を見合わせた。

 想定していた回答のどれにも当てはまらない。「父への反発」「業界への問題提起」「採掘者の地位向上のため」——用意していた見出しが全て使えない。


「あの、もう少し詳しく——」

「すんません、仕事遅れるんで。ダンジョン行かないと」

「お、お怪我の具合は——」

「ちょっと痛いけど掘れるんで大丈夫っす。あ、それと」


 イエヤスが思い出したように言った。


「俺、モテてるんすかね? 皆さんテレビの人っすよね。テレビに出たらモテます?」


 記者たちは完全に固まった。ベテランのカメラマンが小声で「なんだこのガキ……」と呟いたのが聞こえた。


 そこへ。


「はいはいはいはい! すみませんねー! 取材はダンジョン庁広報部を通してください! アポなしは受け付けてないんで!」


 人垣をかき分けて、彩が突っ込んできた。

 一級採掘者の腕力で記者を左右に押し退けながら、イエヤスの腕を掴んで引っ張る。物理的な排除だった。


「藤村さん、この人たち何——」

「説明は後! 今はとにかく中に入る!」


 正門のゲートが見えた。その手前に、凛が立っていた。

 腰の剣に手をかけ、門の前に仁王立ちしている。記者たちが凛に近づこうとした瞬間、鞘から三センチだけ刃を覗かせた。


 金属の冷たい光。

 記者たちの足がピタリと止まった。二級探索者の殺気は、一般人の本能にはダイレクトに届く。


「取材は正規の手続きを踏んでください。それ以上近づくなら、管理局のセキュリティを呼びます」


 凛の声は低く、静かで、有無を言わせなかった。

 さらに追い打ち。


「あの、敷地内での無許可撮影はダンジョン管理法(ダンジョンかんりほう)第四十二条に抵触する可能性がありますので、カメラの電源を切っていただけますか」


 つむぎが、白衣の裾を踏みそうになりながら小走りでやってきた。手には管理局の分厚い規則集。法的根拠を示されて、記者たちのマイクがさらに下がる。正論は暴力より効く。


「というわけで、お引き取りくださーい。広報の連絡先はホームページに載ってまーす!」


 つむぎの丁寧な笑顔と鋼の正論と彩の大声に、記者たちはじりじりと後退していった。


 その一部始終を、少し離れた場所からカメラで撮影していた女がいた。


「……ふふ」


 伊吹あかりは、小型カメラを胸元に抱えたまま、目を輝かせていた。


「ねえ、これ全部配信していい? 『イエヤスくんの日常・マスコミ対応編』って、めちゃくちゃ数字取れると思うんだけど」



「ダメに決まってるでしょ!!」


 彩、凛、つむぎの三人の声が完璧にハモった。



          ◇◇◇



 管理局の中に入り、ようやく人心地がついた。


 ロビーのベンチに座ったイエヤスの周りに、四人が集まっている。彩は額の汗を拭き、凛は剣を鞘に戻し、つむぎは規則集をリュックにしまい、あかりはまだカメラを名残惜しそうに見つめている。


「で、藤村さん。あの人たち何だったんすか。すげー人数いたけど」

「マスコミ。テレビとか新聞の記者」

「へー。なんで管理局に?」

「あんたに会いに来たの」

「俺に? なんで?」


 彩は深呼吸をして、できるだけ簡潔に説明した。


「昨日の配信、覚えてるよね。深層級を四体倒して、お父さんの名前を言ったやつ」

「うん」

「あの配信のアーカイブが、今朝の時点で再生数二千万を超えてるの」

「にせんまん。多いのか?」

「日本の人口の六人に一人が見た計算になるわね」

「おー。すげー」

「すげー、じゃないの。あんたは今、日本で一番有名な採掘者なの。いや、採掘者に限らず、ダンジョン業界で一番有名な人間かもしれない」


 イエヤスは包帯だらけの右手で顎をさすった。


「一番有名……。ってことはさ」

「ん?」

「めちゃくちゃモテるんじゃね?」


 四人が同時にため息をついた。管理局のロビーに、重低音のため息が四重奏で響き渡った。


「あんたはホントに……」

「いや、親父が言ってたんすよ。有名になればモテるって」

「お父さんの教えは一旦忘れて!」


 彩が声を荒げたが、すぐにトーンを落とした。


「……とにかく。今日は中層の作業を予定通りやるけど、しばらくは管理局の出入りに気をつけて。マスコミ対応はあたしとあかりちゃんで引き受けるから」

「うす」

「凛ちゃんは引き続き護衛。今日からはダンジョンの外でも警戒して」

「了解。……もとから離れるつもりはないけどね」


 凛が腕を組んで言った。視線はイエヤスの包帯に向いていたが、すぐに逸らした。


「つむぎちゃんは昨日の深層級のデータ整理を——」

「はい。戦闘中の振動データと、形態変化(フェイズシフト)時の魔力パターンの解析を進めます。それと、インナーの素材分析も。あの深層鉱繊維(しんそうこうせんい)が本物なら、お父さんの正体の決定的な物的証拠になります」

「……頼もしいわ。さすが」


 つむぎが眼鏡を押し上げて頷いた。


 イエヤスは立ち上がり、ツルハシを担ぎ直した。


「じゃ、今日もダンジョン行くっすよね」

「行くわよ。手続きが終わったらね」

「よし。昨日のあれでモンスターは片付いたし、今日は思いっきり掘れるぞ」


 イエヤスの顔には、昨日深層級四体と死闘を演じた疲労も、特級探索者の息子だとバレた動揺も、一切なかった。

 ただ、いつも通りの笑顔。


 壁を掘りたい。いい石を見つけたい。そしてモテたい。


 日本中が騒いでいる。テレビが特集を組み、SNSがトレンドを独占し、ダンジョン庁が緊急会議を開き、探索者業界が揺れている。

 その中心にいる十六歳のバカだけが、今日も一ミリもブレていなかった。


「なあ藤村さん」

「なに」

「今日、鮭おにぎり一個しかないんすけど、昼飯どうしよう」

「……それは、あたしが考えることじゃないと思うんだけど」


 彩は呆れながらも、ロッカーから自分の弁当箱を取り出し、蓋を開けた。


「……半分あげるから、午前中しっかり掘りなさい」

「マジすか! 藤村さんの卵焼きうまいんすよね。ありがとう!」

「はいはい。行くよ」


 五人が並んで、ダンジョンのゲートへ向かう。

 イエヤスが先頭でツルハシを担ぎ、彩が隣で苦笑し、凛が半歩後ろで剣に手を添え、つむぎが計測機器を鳴らしながら小走りで付いていき、あかりが最後尾でこっそり小型カメラを回している。


 昨日と何も変わらない、いつもの朝。

 ただ、管理局の職員が全員、彼らの背中を見送っていた。目が違う。昨日までの「変な新人チーム」を見る目ではない。


 畏怖と、期待と、そして少しの不安が入り混じった目で、五人の背中を見つめていた。

 イエヤスだけが、その視線に気づいていない。


「今日はどの区画掘る? 昨日見つけた鉱脈の続き、まだ残ってると思うんだけど」

「昨日の区画は調査が入るから立入禁止よ。別の区画に——」

「えー。もったいねぇな」

「もったいないじゃないの! あんたが深層級四体倒した現場でしょうが!」

「あ、そうだった。まあいいや。別のとこにもキラキラあるだろ」


 ゲートの重い扉が開く。地下から、ひんやりとした空気が吹き上がってきた。

 三級採掘者(さんきゅうレイバー)・イエヤスの、いつも通りの一日が始まる。


 世界が変わっても、このバカだけは変わらない。

 それが、たぶん——この少年の一番すごいところだった。




───────────────────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ