第3話 「モテるよ?」
藤村彩が試験会場にいたのは、偶然ではなかった。
一級採掘者。この国の採掘者としては最上位のクラス。
その彩が、わざわざダンジョン庁の出先機関まで足を運んでいたのには理由がある。
新人が欲しかった。
それも、ただの新人じゃない。使える新人が。
採掘者という職業は、とにかく人が来ない。
探索者がメディアで華やかに取り上げられる一方で、採掘者は「ダンジョンの土方」と呼ばれ、若者からは見向きもされない。
力仕事。危険。地味。泥まみれ。給料はそこそこ出るが、探索者のようなスター性はゼロ。
ここ数年、新人採掘者の登録数は右肩下がりだった。
このままでは業界が死ぬ。
彩はそれを肌で感じていた。だからこうして、探索者試験に落ちた受験者の中から見込みのありそうな人材を拾う——という、あまり品のいいとは言えない活動を続けている。
だが、今日は違った。
バケモノを見つけた。
握力計を壊し、訓練ダミーを瞬殺した少年。あんな逸材、十年に一人出るか出ないかだ。
そして、試験官は——分かっていた。
「急所だった」と言った。協調性の話もした。点数も落とし切ってはいなかった。
それでも。
周囲の受験者たちは笑い、あの子を「ただの暴力」だと決めつけた。
(馬鹿ばっかり……いや、でも——ラッキーか)
彩は口の端を吊り上げた。
あの少年が探索者に受かっていたら、採掘者業界に来ることは永遠になかっただろう。
学科が足切りになってくれて、こちらに転がり落ちてくる。
拾わない理由がない。
彩は庁舎の出口で、獲物を待ち構えた。
出てきた。
ツルハシを立てかけて空を見上げている。
試験に落ちたにしては悲壮感がない。どちらかというと、腹が減っている顔だった。
彩はもう一度観察する。
近くで見ると、筋肉のつき方が理想的だ。
見せかけのバルクじゃない。重い荷物を運び、不安定な足場で踏ん張ることに特化した、実用的な体。
(絶対逃がさない)
彩は心を決めて、声をかけた。
◇◇◇
「——探索者試験、落ちた?」
「落ちたっす。向いてないって言われたっす」
「あたし、一級採掘者の藤村彩。ちょっと話聞かない?」
少年がこちらを見上げた。目が合う。
まっすぐな目だった。裏がない。警戒心も薄い。初対面の大人に対して、いい意味でも悪い意味でも構えていない。
「話ってなんすか」
「その前に——ごはん、まだ?」
「食ってないっす」
「おごるよ。近くにいい定食屋あるから」
「うす、行くっす」
即答だった。初対面の人間におごられることへの警戒心がゼロだった。彩は少しだけ不安になった。この子、大丈夫だろうか。
庁舎から歩いて五分の定食屋。イエヤスは唐揚げ定食の大盛りを頼み、ライスをおかわりし、さらにおかわりした。彩はその食べっぷりを眺めながら、生ビールを一杯頼んだ。昼だが、まあいい。大きな獲物を釣る前祝いだ。
「ごちそうさまでした」
「よく食べるね」
「親父が言ってたんすよ。腹が減ったら食え、って」
「……いいお父さんだね」
「うす。バカだけど」
さらっと言う。悪意はない。本心だ。
彩はジョッキを置いて、本題に入った。
「キミ、名前は?」
「イエヤスっす」
「苗字は?」
「苗字で呼ばれる男はモテない、と親父が言うんで名乗ってないっす」
「……そう。じゃあイエヤスくん。さっき探索者試験見てたよ。実技、すごかったね」
「へ? 見てたんすか?」
「うん。訓練ダミー、七秒で壊してたでしょ。あれ見てあたし震えちゃった」
嘘ではない。本当に武者震いしたのだ。
「でも試験官には怒られたっす。『ただの暴力』だって」
「あいつらが馬鹿なだけ。あんな綺麗な三連打、プロの探索者だってそうそう打てないよ」
「マジすか。……親父なら一撃なんすけどね」
イエヤスが照れくさそうに頭をかいた。
彩は眉をひそめた。親父なら一撃。この子の父親は何者なんだ。まあいい、今はこっちの話だ。
「学科は?」
「全部『ウ』にしたっす」
「…………」
「『ウ』の形がなんか好きなんで」
「……そう」
体力はバケモノ。頭は壊滅。
なるほど。これは探索者試験には受からない。逆立ちしても無理だ。
つまり、採掘者に最適だ。
彩は内心でガッツポーズをした。
「ねえ、イエヤスくん。採掘者って知ってる?」
「さいくつしゃ?」
知らなかった。
彩は内心でため息をつきつつ、丁寧に説明を始めた。
「ダンジョンで鉱石を掘る仕事だよ。探索者が安全を確保したエリアに入って、壁や地層から魔鉱石とか魔石を採掘する。今の日本経済を支える資源を掘り出す、大事な仕事」
「ふーん」
興味が薄そうだった。
「親父が言ってたのと違う気がする……ダンジョンの仕事って、モンスター倒すやつじゃないんすか」
「それは探索者。採掘者はモンスターとは戦わない。というか規則で禁止されてる」
「じゃあ何するんすか」
「掘るの。ひたすら掘る」
「掘る」
「掘るのよ」
イエヤスの目が若干遠くなった。
まずい。興味を失いかけている。探索者志望の若者にとって、「掘るだけ」というのは退屈な仕事に聞こえるのは当然だ。
彩は焦った。ここで逃がすわけにはいかない。この逸材を、みすみす逃すわけにはいかない。
切り札を切るしかない。
多少の——いや、かなりの嘘になるかもしれないが、背に腹は代えられない。六年の経験が、この少年の最大の弱点を告げていた。「苗字で呼ばれる男はモテない」という言葉から、彩は確信を得ていた。
「……モテるよ?」
イエヤスの目の色が変わった。
比喩ではない。物理的に、瞳孔が開いた。
「やるっす」
「——え」
「採掘者、やるっす」
「いや、ちょっと待って。まだ仕事の内容を——」
「モテるんすよね?」
「う、うん。まあ、ダンジョン関連の仕事だし、それなりに——」
「やるっす」
即答だった。迷いがなかった。一ミリもなかった。
彩は面食らった。と同時に、少し引いた。
(チョロい……!)
あまりにも簡単すぎた。こんな子供騙しみたいな一言で釣れていいのか。
「あのね、一応説明させて。採掘者の仕事は基本的に力仕事で、危険もある。ダンジョンの中で作業するわけだから——」
「うす」
「浅層でもたまにモンスターが出ることがあって、その場合は撤退しなきゃいけない。採掘者は戦闘訓練を受けてないから——」
「うす」
「聞いてる?」
「モテるんすよね」
「…………」
聞いていなかった。
正確には、「モテる」以外の情報が全て右の耳から入って左の耳を素通りしていた。フィルタリング機能が極端すぎる。
彩は生ビールの残りを一気に飲み干した。
罪悪感が、少しだけ胸を刺した。
この純粋な少年を、大人の汚い嘘で騙して危険な仕事に引き込もうとしている。
……でも、業界の未来のためだ。あたしの後継者不足解消のためだ。それに、あながち嘘でもない……かもしれない。有名になれば。たぶん。
「——よし。じゃあ手続きしよっか」
「うす」
「返事は『はい』ね」
「うす」
「『はい』!」
「はい」
素直だった。素直なのはいいことだ。扱いやすそうで助かる。
(ごめんね、少年。君にはこれから馬車馬のように働いてもらうから)
彩は内心で手を合わせた。
◇◇◇
ダンジョン庁に戻り、採掘者の登録手続きに入った。
採掘者の資格試験は、探索者に比べるとかなり簡易だ。まだ歴史の浅い職種であり、制度が十分に整っていない。学科試験はあるが、基礎的な安全知識の確認程度。実技は体力テストと基本的な工具の扱い。
実技は当然ながら問題なかった。体力テストの数値を見た採掘者担当の試験官が「さっきの探索者試験でも話題になってた子?」と彩に小声で聞いていた。彩は「あたしの秘蔵っ子だよ」とドヤ顔で返した。
学科は——ギリギリだった。
本当にギリギリだった。
採掘者の学科試験は二十問。選択式。探索者試験よりはるかに平易な内容で、合格ラインは六割。
イエヤスは十二問正解した。六割ちょうど。
奇跡だった。漢字の少ない問題文を必死に読み、わからないところは「なんとなく」で選んだ結果の奇跡。彩は手に汗を握りながら採点結果を待っていた。自分が連れてきた手前、ここで落ちたら洒落にならない。
「合格です」
その一言を聞いた時の彩の安堵は、後に本人が「一級の昇格試験より緊張した」と語るほどだった。
◇◇◇
四級採掘者・イエヤス。
登録証を受け取ったイエヤスは、それをしげしげと眺めた。顔写真の横に、名前と等級が印字されている。
「これで俺、採掘者?」
「そう。今日からキミは採掘者。あたしの後輩」
「うす」
「だから返事は——まあいいか」
彩は肩をすくめて笑った。
「明日から早速ダンジョンに入るよ。朝七時にここ集合。遅刻しないでね」
「了解っす。——あ、藤村さん」
「ん?」
「いつからモテるんすか」
彩は一瞬だけ黙り、それから目を逸らした。
「……頑張ればね」
「頑張るっす」
まっすぐな目だった。曇りがない。何の疑いもない。自分がついさっき「モテるよ」の一言で騙して引き込んだ少年の、まっすぐな目。
彩は胸が痛んだ。
今度は、さっきより強く。
「……ごめんね」
「え? 何がですか?」
「なんでもない。じゃ、また明日」
彩は手を振って歩き出した。背を向けてから、小さく呟く。
「採掘者がモテるかどうかは——まあ、あたしが一番知ってるんだけどね」
六年間、一度もモテたことはない。
泥と汗と筋肉。それが採掘者のすべてだ。
イエヤスには聞こえていなかった。登録証を大事そうにポケットにしまいながら、鼻歌を歌って帰っていく。音程は壊滅的に外れていた。
四級採掘者・イエヤス。
ダンジョン採掘者としての第一歩は、こうして始まった。
騙されたとも知らずに。
本人は「これでモテる」と信じて疑わなかった。
だが翌日、彩は思い知ることになる。
イエヤスが本当に“バケモノ”であることを。
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