表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/6

第2話 「探索者試験」

ダンジョン庁。


 内閣府の外局として設置された、ダンジョンに関するあらゆる行政を管轄する機関。探索者(ハンター)採掘者(レイバー)の登録、等級管理、ダンジョンの運営——。


 ——という説明を、イエヤスは受付の壁に貼ってあるポスターで読もうとして、三行目で諦めた。


 漢字が多い。



「こちらの申込書にご記入をお願いします」


 受付の女性が、慣れた手つきでA4用紙を差し出した。


 イエヤスは受け取り、ボールペンを握って——固まった。


 氏名。生年月日。現住所。最終学歴。保有資格。受験区分。


 読めない漢字が三つ。五つかもしれない。そもそも「受験区分」の意味が分からない。


「……すいません」


「はい」


「これ、『げんじゅうしょ』ってどういう意味ですか」


 背後の列から、くす、と笑い声が漏れた。


「字、読めねえのかよ」「ガキじゃねえんだから」


 イエヤスは気にしなかった。気にするという発想がない。


「現住所ですね。今お住まいのご住所です」


「ああ、住んでるとこか。ありがとうございます」


 イエヤスはボールペンを握り直した。



 ——十五分後。


 申込書は、全て平仮名で埋まっていた。苗字は空欄。生年月日は数字だけ正しい。


 受付の女性が一瞬だけ目を止める。


「……お名前の漢字は分かりますか?」


「とく……なんとかって有名な奴と一緒っす」


「書けますか?」


「書けないっす」


「分かりました。カタカナで結構です。こちらで修正しますね」


 淡々と「イエヤス」に直される。


 その後ろで、派手な装備の男が、わざとらしく大きな声を出した。


「おいおい、探索者試験って識字率のテストから必要なのか? レベル下がるなぁ」


 周囲が笑う。


 その笑いの端っこで、ぽつりと誰かが言った。


「……でも、分からないの素直に聞けるのは好感もてるけどな」


 小さな声だったが、イエヤスの耳には届いた。


 イエヤスは首を傾げた。偉いのか。よく分からない。まあいいか。



          ◇◇◇



 探索者試験は、実技と学科の二部構成だ。


 実技が先。


 会場は庁舎併設の訓練施設。受験者は二十人ほど。装備も気合も十分な志望者が並ぶ。


 Tシャツに作業ズボンのイエヤスは、明らかに浮いていた。


「いいか。探索者に必要なのは体力だけじゃない。知識と判断力、そして協調性だ。ダンジョンでは『全員が帰ってくる』のが最優先だ」


 試験官は四十代くらいの男。二級探索者(にきゅうハンター)の資格章を胸につけている。

 声も通るし、目も死んでいない。現場を知っている顔だった。


 イエヤスは説明の半分くらいを聞き流したが、「体を動かす」ことだけは理解した。


 それなら問題ない。



 そして、イエヤスは実技をぶっ壊した。


 握力測定。計測器がバキッと鳴った。


「乱暴に扱うな」


「乱暴にしてないっすけど」


 試験官が表示を見て、眉をひそめる。


「……測定限界、か」


 二階の観覧ギャラリーで、その様子を見下ろしている女がいた。


 作業着姿、束ねた黒髪。一級採掘者(いっきゅうレイバー)・藤村彩だ。


(握っただけでエラー。……期待せずに見に来たけど拾い物じゃ済まないかも)


 反復横跳びは速すぎてセンサーが追いつかず、試験官が一度止めた。


「機器側の誤作動を調整した。もう一度、同じペースで」


(この試験官、分かってる)


 彩は内心で舌を巻いた。


 模擬戦闘は七秒。


 素手で、訓練ダミーの首をへし折って火花を散らし、沈黙させた。


「……終わりましたけど」


 試験官がイエヤスを見た。驚きだけではない目だ。


「君。倒せたのは分かった。……今の三発は無駄がない。すべて急所だった」


 周囲がざわつく。「褒めた?」という顔。


 だが試験官は続けた。


「ただし、ダンジョンは試験じゃない。味方がいる前提の動きができないと、嫌われる。強いだけで現場は回らない」


「へー」


 イエヤスの返事は軽い。半分くらい聞いていない。


 試験官はため息をつき、タブレットを叩いた。点は高い。だが満点ではない。


 二階の彩は、別の意味で期待に打ち震えていた。


(落ちる。あの子は、学科で落ちる……そうなると……ふふっ)



          ◇◇◇



 学科試験。


 制限時間六十分。五十問。マークシート。


 イエヤスは問題用紙を開いて、三秒で閉じた。


 もう一度開いた。


 やっぱりだめだった。


 漢字が読めない。問題の意味が分からない。


 イエヤスは鉛筆を置いた。


 六十分は長かった。


 マークシートには全部「ウ」を塗った。「ウ」の形がなんとなく好きだったからだ。



          ◇◇◇



 結果発表は即日。


 掲示板の前で、受験者が騒ぐ。派手な装備の男が「よっしゃ!」とガッツポーズを決めた。


 イエヤスの番号は、なかった。


「不合格かー」


 あっけらかんとしていた。落ち込む理由がない。


 親父は言っていた。「モテる男は迷わない」と。


「おい、君」


 派手な装備の男が、合格証書をひらひらさせて近づいてくる。


「落ちたのか? まあ当然だよな。君みたいなのは探索者なんてやめとけ」


 作業ズボンを指差して、ニヤつく。


「肉体労働がお似合いだ。工事現場とか、採掘者レイバーとかさ。泥にまみれて、俺たちが安全にした道を這いつくばって掘る仕事。そっちが向いてる」


「……採掘者?」


「ああ。ダンジョンの底辺職だよ。君の無駄な体力も、そこなら役に立つかもな」


 男たちは笑って去っていった。


 イエヤスは腹を鳴らした。


 腹が減った。朝から何も食ってない。

 あいつらの言うことはよく分からなかったが、「採掘者」という言葉だけは頭に残った。


 庁舎の外に出て、ベンチに座る。ツルハシを隣に立てかけ、空を見上げる。


 ——傍から見れば、屈辱に打ちひしがれている少年に見えたかもしれない。


 実際に考えていたのは、


『今日の晩飯どうしよう』だ。


 イエヤスとはそういう男である。



「ねえ、キミ」


 声がした。


 顔を上げる。


 逆光の中に、女性が立っていた。


 背が高い。作業着。束ねた髪。顔に薄い粉塵の跡。


 きれいな人だった。


 二階席で見下ろしていた女だとは、イエヤスは気づかない。


 女性が首を傾げる。


「——探索者試験、落ちた?」


 イエヤスは答えた。


「落ちたっす。向いてないって言われたっす」


 女性が、にっと笑った。


 それは、ダイヤの原石を見つけた採掘者の、獰猛で魅力的な笑みだった。


「見る目がない連中だね。本当に」


 庁舎の方を一瞥して鼻を鳴らし、それからイエヤスに向き直る。


「あたし、一級採掘者(いっきゅうレイバー)の藤村彩。ちょっと話聞かない?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ