第1話 「配信」
モテたい。
ただそれだけの理由でダンジョンの壁を掘り始めた十六歳のバカが、気づけば日本中をバズらせていた。
画面の向こうが、壊れていた。
──────【LIVE】同接:121,630──────
: は?????
: ツルハシてwwwwww
: 採掘者がモンスター倒してて草
: つるはしで深層級を? おかしいだろ常識的に考えて
: 常識は最初から死んでるんだよなぁ
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ダンジョン系配信サイト『D-LIVE』。
配信者・伊吹あかりのチャンネルに、今まさに視聴者が殺到していた。
──────【LIVE】同接:122,084──────
: 腕の振り、完全に戦闘訓練受けてる動きなんだが……元探索者か?
: 採掘者(物理)
: てかこの人イケメンじゃない?? 泥で見えにくいけど
: 同接えぐい数字出てんだけど
: あかりちゃんの顔が「コンテンツ来た」って顔してるの好き
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画面の中では、砂塵が薄く舞っている。
ダンジョンの中層。削り出された岩壁に囲まれた採掘エリアで、一人の少年がツルハシを肩に担いでいた。
全身泥まみれ。髪にも顔にも粉塵がこびりついていて、表情はよく見えない。
ただ、口元だけが笑っていた。
のんきな笑顔だった。さっき深層級のモンスターを叩き潰した人間の顔ではない。
──────【LIVE】同接:124,517──────
: なんで笑ってんの???
: 中層でこのレベルのが出るの異常だって。最近おかしいだろ
: 元業界だけど、あの採掘の仕方は見たことない。結晶壊してないぞ多分
: 採掘者ってこういう仕事なの???
: 違います(全採掘者の総意)
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「はい、というわけで!」
カメラが切り替わる。画面の端に、栗色の髪をハーフアップにまとめた若い女性が映り込んだ。
配信者・伊吹あかり。
目の前の光景にやや引きつった笑顔を浮かべつつも、さすがの切り替えで声を張る。
「皆さん見ましたね? これが今話題の採掘者、イエヤスくんです! いやー私も正直ちょっと何を見てるかわからないんですけど——」
──────【LIVE】同接:126,891──────
: あかりちゃん正直でいいぞ
: 俺たちもわからん
: イエヤスくん手振ってるの草 平和か
: この子一体何者なの……?
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画面の中のイエヤスが、カメラに向かってぶんぶんと手を振った。泥が飛び散る。あかりが「ちょ、汚っ」と笑いながら避けた。
コメント欄は止まらない。
——このライブ配信の同時接続者数は十二万人を超え、ダンジョン系配信の歴代記録を更新した。
採掘者・イエヤスの名前が全国に轟いた日。
だがこの時、当の本人の頭にあったのはたった一つだった。
——これ、モテるのかな。
これは、そのおよそ二週間前の話から始まる。
◇◇◇
——二週間前。
顔面に衝撃が来た。
正確には、濡れた雑巾が飛んできた。
イエヤスは布団の中から跳ね起きた。反射的に雑巾を掴み、投げ返す。ベチャ、と壁に張りついて落ちた。
父親はもう廊下に移動していたので当たらない。
「反応はまあまあだな、まだ甘いがな」
「……朝から何すんだよ親父」
「朝じゃねえ。昼だ。いつまで寝てんだバカ息子」
壁の時計を見ると、たしかに昼の十二時を回っていた。
昨夜は父親に「山でサバイバルしてこい」と言われて三日間山に放り込まれた帰りだったので、まあ仕方ない。仕方ないと思うが、父親にそういう理屈は通じない。十六年の経験でそれは骨身に沁みている。
目をこすりながら部屋を出ると、玄関に見慣れない旅行カバンが三つ並んでいた。
うち二つは明らかに女物だ。
「……親父」
「おう。紹介する。リサだ」
リビングに、知らない女性が座っていた。
長い黒髪にワンピース。きれいな人だった。にこにこ笑ってイエヤスに手を振っている。
「はじめまして、イエヤスくん。お父さんからいっつも話聞いてるよ〜」
「どうも」
イエヤスは特に驚かなかった。驚く理由がない。
父親が女性を連れてくるのは珍しいことではないし、名前は毎回違う。前は確か「マリナ」だった。その前は「カオリ」だった気がする。
「で、旅行か?」
「旅行じゃねえ。冒険だ」
「同じだろ」
「全然違う。まあいい、本題だ」
父親が腕を組んだ。
デカい男だった。身長は百九十近い。鍛え上げられた体は四十代半ばとは思えない。顔には古い傷が何本か走っているが、それすら勲章みたいに似合う。
イエヤスは自分がこの男に顔が似ていると言われるたびに複雑な気持ちになる。嬉しいような、嫌なような。
「イエヤス」
「おう」
「お前、今年で十六だな」
「確か……おとといくらいになった気がする」
この家には誕生祝いという可愛げのあるイベントはない。
「よし」
父親が、にやりと笑った。
この笑い方をする時のパターンを、イエヤスは知っている。大体ろくなことにならない。山に放り込まれるか、滝に落とされるか、知らない街に置き去りにされるか。
「今日からお前は一人前だ。独り立ちしろ」
「——は?」
「このアパートはしばらく残しといてやる。家賃は三ヶ月分払ってある。あとは自分でなんとかしろ」
父親はそれだけ言って、テーブルの上に封筒を置いた。
中を見ると、数万円の現金とアパートの鍵が入っていた。
少ない。
圧倒的に少ない。
「親父、これだけ?」
「十分だろ。俺がお前の歳の時はもっと少なかった」
「いや親父の時代の話されても——」
「あとこれ」
父親が、壁に立てかけてあったものを放り投げた。
反射的に受け取る。ずしりと重い金属の感触。
採掘用ツルハシだった。
使い込まれて柄が黒光りしている。刃先は何度も研ぎ直された跡がある。
「なんでこんなの持ってんだよ」
「なんかあった」
「雑すぎるだろ説明が」
「細かいことはいいんだよ。で、最後に大事なことを言う」
父親が、息子の肩に手を置いた。
重い。
物理的にも重いが、それ以上に、この男が真剣な目をする時の圧は別格だった。
特級探索者。国内に数名しかいない、人類の最高戦力の一角。普段はただの女好きのバカ親父だが、この目をする時だけは——本物だった。
「いいか、イエヤス」
「……おう」
「男はモテろ。モテることが全てだ」
「…………」
「ダンジョンの仕事に就け。モテるから」
それだけだった。
教育方針の最終回答が、それだった。
「行くぞリサ」
「はーい。イエヤスくん、またね〜」
父親は旅行カバンを軽々と三つ持ち上げ、リサの腰に手を回し、振り返りもせずに玄関を出ていった。
足音が遠ざかる。階段を降りる音。車のドアが閉まる音。エンジン音。
それきり、静かになった。
六畳一間の安アパート。
壁は薄いし、夏は暑くて冬は寒い。風呂は狭いし、キッチンはコンロが一つしかない。
そんな部屋にイエヤスは一人で立っていた。
手の中には使い込まれたツルハシ。テーブルの上には数万円の封筒。
十六歳。中卒。学力壊滅。一般常識は穴だらけ。
あるのは父親に叩き込まれた体力と、戦闘術と、生存能力。
そして——
「ダンジョンの仕事はモテる、か」
イエヤスはツルハシを肩に担ぎ直した。
迷いはなかった。迷いようがなかった。親父が言ったのだ。ダンジョンの仕事に就けば、モテる。親父は実際モテている。毎回違う美人を連れてくる。つまり正しい。
理屈は完璧だった。穴だらけだったが、イエヤスの頭にはその穴が見えない。
そもそもモテるということがどういう事かをあまり理解していなかった。
「よし」
テーブルの封筒を掴み、ツルハシを担いだまま、イエヤスは部屋を出た。
行き先はダンジョン庁。ダンジョン関連の仕事は全部そこで登録すると、父親が昔言っていた気がする。正確にはよく覚えていないが、たぶんそうだ。
たぶんで動くのがイエヤスという人間だった。
——こうして、のちに「掘削の怪物」「採掘者(物理最強)」「史上最強の土方」と呼ばれることになる少年の物語が、はじまった。
当の本人は、ただモテたかっただけなのだが。
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