第22話 「配信:伝説の回」
砂塵が晴れた時、イエヤスはモンスターの正面に立っていた。
深層級。六本脚の甲殻型。体長四メートル超。黒い外殻は分厚く、三対の赤い複眼がイエヤスを捉えている。
イエヤスはツルハシを構えた。
相手を観察する。親父に教わったことだ。
『デカい相手ほどよく見ろ。隙のないデカ物は存在しねえ』。
六本の脚。関節部分の外殻が薄い。頭部と胴体の継ぎ目にも隙間がある。背中は一枚板の外殻で覆われているから無理だ。
分析は一秒で終わった。
モンスターが動いた。
右前脚の薙ぎ払い。中型とは段違いの質量と速度が、通路の壁を削りながら迫ってくる。
イエヤスは沈んだ。
膝を折り、重心を極限まで落とす。薙ぎ払いが頭上を通過し、すさまじい風圧で髪が暴れた。
その姿勢のまま——踏み込んだ。
モンスターの懐。右前脚の関節、外殻の継ぎ目。
ツルハシを下から突き上げ、岩盤を貫く一撃をねじ込む。
鈍い感触。外殻の奥に刃先が食い込んだ。モンスターが苦悶の咆哮を上げ、前脚を振り回す。
イエヤスはツルハシを引き抜きながら後退し、跳んで距離を取る。通路の壁には背をつけない。退路を確保する。
一連の動作が、わずか三秒。
──────【LIVE】同接:126,891──────
: は??????
: 関節狙った!?
: あの一瞬で弱点を見抜いてる
: 動きがおかしいだろ 採掘者のそれじゃない
: 元業界です。あの踏み込みと重心移動は探索者の近接戦闘術そのもの。あり得ない。
: 解説ニキ震えてない?
: 震えてます
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「下がれっ! あんたは採掘者でしょ!」
凛が背後から叫んだ。壁から立ち上がり、背中の痛みを無視して前に出ようとしている。
イエヤスは振り返らなかった。
「お前の方が危ないだろ」
「私のことはいいから——」
「よくない。親父が言ってた。『女を見捨てる男は一生モテない』って」
「……はぁ!?」
命懸けの極限状態で飛び出した「モテない」という単語に、凛の思考が一瞬フリーズした。
「凛は怪我してるんだから休んでろ。こいつは俺がやる。かっこよく倒せばモテるかもしれないし」
根拠は最悪だが、イエヤスの声には一切の揺らぎがなかった。
モンスターが体勢を整えた。損傷した前脚をかばいながら、全脚で地面を踏みしめる。
通路全体を揺らす、四メートルの巨体による突進。
イエヤスは左に跳んだ——ように見せた。
フェイント。モンスターの複眼が左を追った瞬間、イエヤスの体は右へ流れていた。
『デカい相手は正面に立つな。横に回って視界から消えろ』。
側面。左中脚の関節。
今度は肩から腰、腰から脚へ、全身の体重を乗せた全力の一打を叩き込む。
メキッ、と外殻が割れた。
関節が砕け、モンスターの左中脚が不自然な角度に折れ曲がる。
咆哮。巨体のバランスが崩壊し、右へ大きく傾く。
イエヤスは止まらない。地面を蹴り、傾いた巨体を足場にして跳躍した。
頭上。頭部と胴体の継ぎ目。外殻の隙間。最大の急所。
ツルハシを、全力で振り下ろした。
──────【LIVE】同接:131,208──────
: 飛んだ!?
: モンスターの上に乗って——
: うそだろおい
: ツルハシを振り下ろし——
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轟音。
通路が震え、天井から岩片が降る。砂塵が爆発的に広がり、視界が真っ白に染まった。
あかりのカメラが激しくブレ、音声が割れた。
──────【LIVE】同接:133,016──────
: 見えない
: どうなった!?
: イエヤスくん!!
: あかりちゃんの息遣いだけ聞こえる
: 怖い怖い怖い
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砂塵が、ゆっくりと晴れていく。
最初に見えたのは、動かなくなったモンスターの巨体だった。通路に横たわり、頭部と胴体の継ぎ目に致命的な亀裂が走っている。
その上に、少年が立っていた。
ツルハシを肩に担ぎ、全身に砂塵とモンスターの体液を浴びた、ボロボロの作業着姿。
カメラが、その顔を捉えた。
笑っていた。
のんきな子供みたいな笑顔。
深層級のモンスターを単騎で屠った人間の顔ではない。
「——倒したか」
イエヤスが飛び降りる。着地の衝撃で膝がわずかに揺れたが、すぐに仲間の方を振り返った。
「みんな無事か?」
──────【LIVE】同接:134,892──────
: 勝ったああああああ
: うそだろ……ツルハシで深層級を……
: 泣いてる 俺今泣いてる
: 強すぎるだろ
: あの戦闘技術、一級探索者クラスだろ。それをツルハシでやってる。意味がわからない
: 何者なんだよマジで
: 何者なんだよマジで(二回目)
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凛が駆け寄った。
「イエヤス! 怪我は——」
「かすり傷。大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ! 腕、血出てるじゃない!」
「え、マジ? 気づかなかった」
「……アドレナリン出すぎよ」
凛が応急処置キットを取り出し、イエヤスの腕を掴む。処置の手際は正確だが、指先が小さく震えていた。
「……バカ」
「え?」
「バカって言ったの。深層級に一人で突っ込んで、怪我して、笑ってて……バカじゃなかったら何なのよ」
「でも、凛が怪我したら寝覚め悪いし」
「私のことはいいって——」
「よくない。何回も言わせんな。あと、モテるためにはこれくらいしないと」
「……っ、もう! 少し痛くするわよ!」
「痛っ!? なんで怒ってんだよ!」
凛は顔を真っ赤にして、包帯を乱暴に結んだ。
──────【LIVE】同接:136,455──────
: 「よくない。何回も言わせんな」は反則だって
: 凛ちゃんの手が震えてるの見える?
: 落ちたな(確信)
: てかあかりちゃんの顔映ってるけどめちゃくちゃ赤くない?
: ほんとだ カメラ持つ手も震えてる
: あっ……あかりちゃんも陥落か
: 全員好きになるだろこんなの
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彩がイエヤスの前に立った。目が赤かった。
「あんたね——」
「ごめん。でも——」
「ありがとう。全員無事なのは、あんたのおかげ。……説教は後にする。今はありがとう」
「……うす」
つむぎが小走りで近づいてきた。白衣の裾を握りしめ、ボロボロと泣いている。
「イエヤスさん……っ! バカですか、死んだらどうするんですか……!」
「おう。つむぎも無事か。よかった。あ、そういえば」
イエヤスがポケットを探り、中層で掘り出した深い青の魔鉱石を取り出した。戦闘中もずっと大事にしまっていたらしい。
「これ、割れてないよな? 大丈夫?」
「…………っ」
つむぎは鉱石を受け取って、涙をこぼしながら小さく笑った。
「……割れてないです。きれいなままです」
「よかった。ほら、泣くなよ。つむぎは泣き虫だな」
イエヤスが泥だらけの手で、つむぎの頭をぽんぽんと撫でる。
「子供扱いしないで……ください」
──────【LIVE】同接:138,204──────
: 戦闘の後に鉱石の心配してるの最高
: つむぎちゃん号泣からの頭ポンポンて
: 今日ハーレムのフラグ建築RTAでもやってるの?
: 伝説確定
: 同接14万見えてきた ダンジョン系配信の歴代記録ぶっ壊したぞ
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あかりはカメラを構えたまま、声を絞り出した。
配信者として何年もやってきて、こんなに声が震えたのは初めてだった。
画面の端に映る自分の顔が、信じられないほど赤い。プロ失格だ。でも——どうしようもなかった。
目の前で、十六歳のバカが命を張って全員を守った。深層級のモンスターをツルハシ一本で叩き割り、そして笑っている。
「み、皆さん……見ましたよね、今の……」
あかりはカメラをイエヤスに向けた。
泥と血と砂塵にまみれた少年が、呆れ、怒り、泣いている美少女たちに囲まれて、のんきに笑っている。
「これが——」
声は震えていたけれど。この一言だけは、世界中にまっすぐ届いた。
「これが、採掘者のイエヤスくんです!」
──────【LIVE】同接:142,381──────
: あかりちゃんの「これが」に全部詰まってた
: 泣いてる こっちが泣いてる
: 伝説の配信を見届けた
: イエヤスくん 覚えた この名前絶対忘れない
: 何者なんだよマジで(結論:最強の採掘者)
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——同じ頃。
ダンジョンから遠く離れた、東京都内の一室。
大型モニターに映し出されたその熱狂の配信映像を、腕を組んで見つめている壮年の男がいた。
第一世代の伝説的探索者であり、凛の父親でもあるその男は、画面越しにイエヤスの『ツルハシの太刀筋』を食い入るように見つめ、鋭く目を細めた。
「……あの無茶苦茶な踏み込み。まさか」
常人にはただの力任せに見えるその一撃の裏にある、狂ったような『型』。
男には、それに見覚えがあった。かつて誰よりも身近で見てきた、あの理不尽な暴力を体現する男の姿と、完璧に重なったのだ。
十六歳のバカが引き起こした熱狂の波紋は、ダンジョンの底から地上へ、そして業界の最上層へと、確実に広がり始めていた。




