第20話 「あかりチャンネル:中層初挑戦SP」
その日の朝、東京ダンジョンの管理局前は少しだけ特別な空気をまとっていた。
いつもの採掘チームに、いつもの配信機材。だが今日は行き先が違う。
中層。
イエヤスが特例で三級に昇格して三日。安全計画の提出から護衛の確認まで、彩とあかりが各所を物理的・精神的に殴り倒して整えた環境が、ようやく揃った。
「全員いるね。確認するよ」
彩が指折り数えた。
「引率兼監督のあたし。護衛の凛ちゃん。観察記録のつむぎちゃん。配信のあかりちゃん。で、掘るバカ」
「うす。掘るバカっす」
「そこは否定しなさいよ」
彩がため息をつく。
よくよく見れば、泥だらけの採掘者の周りを美少女三人と美人先輩が取り囲んでいるという、絵面だけなら完全にラブコメの主人公である。本人がそのフラグを片端から粉砕しているので成り立っていないが。
「今日のルールを再確認。中層は浅層より格段にモンスター出現のリスクが高い。凛ちゃんが撤退と言ったら即撤退。例外なし」
「うす」
「返事が軽い」
「うす!!」
「声量の問題じゃないっていつも——もういいわ。行くよ」
◇◇◇
浅層を抜け、境界の隔壁ゲートに到着する。
ここまでは何度も来た。イエヤスが壁の奥から『深い音』を感じた場所だ。
職員がIDと等級を確認し、重い金属音と共に分厚いゲートが開く。
——空気が、一変した。
温度が下がり、湿度が上がる。浅層の灰色がかった岩盤とは違う、黒みを帯びた緻密な地層。そして何より、長い年月をかけて圧縮された濃密な鉱物の匂い。
イエヤスは立ち止まり、ツルハシを握る手をわずかに震わせた。
「……すげー」
目を見開く。
視界に入る壁という壁に、青、緑、淡い紫と、色とりどりの鉱物の筋が絡み合っている。天然のイルミネーションのように壁面が光っていた。
「あかりさん、見てくれこれ! キラキラだらけだ!」
「見てる見てる! カメラ回してるから!」
あかりがすでに配信を開始していた。
──────【LIVE】同接:42,318──────
: 中層きたあああ
: 壁の光すげー
: これがダンジョンの中層か……
: イエヤスくんの顔が子供みたいになってて草
: キラキラだらけって語彙ww
: でも確かにキラキラだらけだわ
: てかイエヤスくんの周り、女の子しかいなくない?
: ハーレム配信かよ許せねえ
: 採掘者の配信で中層は初めてらしいぞ
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凛が先行して通路を確認する。剣の柄に手を置き、鋭い視線で周囲を警戒する。
「この区画は直近の巡回で安全確認済み。でも油断しないで」
「おう」
「あんたに言ってるのよ」
「わかってるって」
絶対わかっていない目だった。イエヤスの意識は完全に壁の鉱脈に向いている。
「採掘ポイントはここ。初回だから無理はしないよ」
彩の指示を受け、イエヤスは壁に向き合った。
——瞬間、全身の産毛が逆立った。
音だ。
浅層の壁は「沈黙」に近かった。たまに鉱脈が小さく主張するだけ。
だが、中層の壁は違う。ありとあらゆる深度から、無数の鉱物が『大合唱』している。
(ここにある。あそこにも。あの角度で掘れば届く。この奥三メートルに大きいのがいる——)
全部、聞こえる。
「——ここ」
イエヤスが壁の一点を指差した。
「ここに、でかいのがいる」
つむぎが即座に鉱脈探知機を壁に当て、スキャンする。
「……反応あり。深度約二・四メートルに大規模な魔鉱石の鉱脈。——って、入って三十秒で見つけるんですか!?」
「だって壁が『ここ掘れ』って大声で言ってるし」
「壁は喋りません!」
──────【LIVE】同接:48,127──────
: もう見つけたの!?
: 探知機より先に見つけてるww
: この子の耳どうなってんの
: 元業界です。中層の鉱脈をノータイムで見つけるのは一級でも不可能。マジで意味がわからない。
: 解説ニキが毎回限界迎えてるの好き
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イエヤスがツルハシを振り始めた。
一撃目から、感触が違った。浅層より圧倒的に硬い。だが、その硬さの中に『力が通る道(筋)』がある。
イエヤスの腕が加速する。角度が毎回変わる無軌道なフォーム。しかしその一打一打が、壁の声に応答するように正確に急所を穿っていく。
「見えてきた……!」
あかりがカメラを寄せた。
黒い岩盤の奥に、深い青の光。浅層の石とは次元が違う、宝石のような輝き。
イエヤスの手つきが繊細なものに切り替わる。「嫌がる方向」からは叩かず、周囲の岩盤だけを綺麗に剥がし——。
五分後。
拳二つ分の巨大な魔鉱石が、無傷で取り出された。
「おおおお……! すげー! 浅層のと全然違う!」
中層の照明に透かすと、青い光が壁に反射して、周囲がプラネタリウムのように染まった。
──────【LIVE】同接:56,934──────
: うわあああきれい
: 何これ宝石じゃん
: イエヤスくんの嬉しそうな顔が一番キラキラしてる
: ↑それな
: 泥まみれなのに輝いてるんだよなこの子
: 元業界。あのサイズと透明度は中層でも超上物。採掘開始5分でこれは異常。俺の常識が壊れる。
: 解説ニキ強く生きて
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つむぎが駆け寄った。
「見せてください——っ。……結晶構造が完全に保存されている! 劈開面にクラックなし! 中層の上位鉱石に匹敵します!」
「おう。キラキラだもんな」
「キラキラ……そうですね、もうそれでいいです。最高のキラキラです!」
つむぎが陥落し、猛然とノートに数式を書き殴り始めた。
「もっと掘っていいすか」
「どうぞ! いくらでも! データが欲しいです!」
イエヤスは壁に向き直る。
次々と鉱脈を見つけ、次々と高品質な鉱石を掘り出していく。三十分で五つ。一時間で九つ。
その間、凛は周囲を警戒しながらも、チラチラとイエヤスの方を見ていた。
「凛、俺の顔に何かついてる?」
「あ、あんたなんか見てないわよ。モンスターが出ないか警戒してるのよ!」
「ずっと壁の方みてるけど、中層では壁の中にモンスターがいるのか? すげぇな」
「壁に反射した光で背後を見てるの!!」
──────【LIVE】同接:61,203──────
: 反射した光で背後を見てるwww
: 苦しすぎる言い訳ww
: 凛ちゃん可愛すぎかよ
: イエヤスくん、モテてることに気づけ
: このハーレム配信最高だな
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彩は腕を組んで、その光景を見ていた。
嫉妬はない。一級の自分を遥かに超える才能だが、不思議と誇らしかった。自分が「モテるよ」と嘘をついてスカウトした、最高のバカだからだ。
「イエヤスくん、そろそろ休憩にしよう。ルールだからね」
「……うす」
イエヤスが渋々ツルハシを下ろした。
配信は順調。同接は六万を超え、コメント欄は賞賛と笑いで溢れている。
中層初挑戦は、大成功——のはずだった。
だが。
ツルハシを下ろし、ふと足元の岩盤に触れた瞬間。
ドンッ。
イエヤスの中で、周囲で大合唱していた鉱脈の『声』が、一瞬だけかき消された。
「……あれ?」
浅層の境界で聞いた、あの『深い音(振動)』。
それが、明らかに、浅層で聞いた時とは比べ物にならないスケールで、こちらへ向かってきている。
「……イエヤスくん? どうしたの?」
彩が怪訝な顔で聞いた。
イエヤスは足元から顔を上げ、通路の奥——中層のさらに深い暗闇を見据えた。
いつもの呑気な顔から、一切の感情が消え失せている。
「藤村さん、凛」
イエヤスが、ツルハシを強く握り直した。
「……なんか、すげーヤバいのが来る」
配信中のカメラの前で。
中層全域を揺るがす『異常出現』の波が、すぐそこまで迫っていた。




