第19話 「昇格試験」
つむぎの推薦レポートがダンジョン庁に提出されてから、わずか二日で特例の昇格審査が組まれた。
通常なら年二回の定期試験を待つところだが、審査部門の腰を上げさせたのは「百二十ページに及ぶ狂気の分析データ」「一級採掘者・藤村彩の推薦書」、そして何より「再生数数百万を叩き出した配信映像」という暴力的な証拠の数々だった。
そして審査当日。
ダンジョン庁東京管理局。試験室。
長いテーブルの向こうに、審査官であるベテランの二級採掘者が二名と、鉱物研究所の上席研究員が一名並んでいる。
向かいには、イエヤスが一人。
無意識に貧乏ゆすりをしている。緊張ではない。じっとしているのが苦手なだけだ。
「では、四級採掘者・イエヤスの三級昇格審査を始めます。まず、学科から」
イエヤスの貧乏ゆすりが止まった。
学科。その二文字が、物理ダメージのように重くのしかかる。
◇◇◇
学科試験。三十問。制限時間四十五分。
問題用紙が開かれた。
第一問。『採掘作業における安全離隔距離として、ダンジョン安全管理規則に定められた基準値を以下から選べ』。
(……読めねえ)
読めない漢字が四つあった。
第二問。『魔鉱石の結晶構造における劈開面の定義として正しいものを選べ』。
(五つに増えた……)
第三問。もう数えるのをやめた。
この三日間、凛とつむぎが毎晩二時間、つきっきりで勉強を教えてくれた。「二人ともあんなに勉強が好きで楽しそうだったのに、俺にはその楽しさが1ミリも分からなかった」とイエヤスは遠い目をした。
教えられた内容の八割は右耳から左耳へ吹き抜けている。
四十五分後。
回収された回答用紙を見て、審査官は頭を抱えた。
「……三十問中、正答八問」
「二割七分ですね。合格ラインの六割にはるか遠い」
審査官たちが顔を見合わせる。レポートも配信映像も見ており、実力は分かっている。だが、特例とはいえ最低限の筆記もできない人間を昇格させるわけには——。
「イエヤスくん」
「はい」
「第七問。『魔鉱石の品質を左右する要因として最も重要なものを選べ』という問題に、選択肢にない回答を自分で書いていますね」
「はい。選択肢の中に正解がなかったんで」
「……あなたが書いた回答は『キラキラ具合』」
「はい。キラキラしてるやつはいい石っす」
審査官の一人が咳き込み、もう一人は天井を見上げた。
「第十二問。『中層における採掘者の安全行動指針として正しいものを全て選べ』。回答が『逃げないで倒す』」
「はい。選択肢が全部『逃げろ』とか『隠れろ』だったんで。倒せるなら倒した方が一番安全じゃないすか」
「……採掘者は戦闘しません」
「でも俺、倒せるんすよ」
審査室が深い沈黙に包まれた。
中央の審査官が小声で両隣と協議を始める。
「——イエヤスくん。学科試験の方式を、口頭試問に切り替えます。あなたの言葉で回答してください」
「あ、それなら助かる。書くより喋る方が得意っす」
審査官が探るような目で質問を投げる。
「では……鉱脈を発見する際、どのような手法を使っていますか」
「壁叩いて、音を聞きます。空っぽの壁はカンカンって返ってくるんすけど、鉱脈があるとこは『コンコン』って感じで鈍い。奥に詰まってる感じがするんすよ。あと、壁の向こうに何かいるみたいな振動が手に残る」
審査官の一人がメモを取る手を止めた。目つきが変わっている。
「採掘時に結晶を壊さないための注意点は」
「壊さない——うーん、なんていうか、鉱石が『嫌がる方向』からは叩かないようにしてます」
「嫌がる方向?」
「はい。鉱石にも向きがあるんすよ。こっちから叩くと喜ぶけど、こっちからだと怒る。怒る方向からやると割れるんで」
専門用語は一つも出ない。「結晶軸」も「劈開面」も「応力方向」も知らない。
しかし——言っている内容は、全て的を射ていた。本質を完璧に理解している。
上席研究員が身を乗り出した。
「最後に一つ。あなたが壁の奥から感じるという『音』。あれはなんだと思いますか」
イエヤスは少し考えた。
「わかんないっす。でも、鉱脈の音じゃない。もっと大きくて、もっと深くて——何かがあるんだと思います。中層の方に」
「……行ってみたいですか」
「行きたいっす」
真っ直ぐな目だった。
審査官三人が、無言で深く頷き合った。
◇◇◇
続く実技試験。
管理局併設の訓練施設で行われた実際の岩盤サンプルを使ったテストは、結論から言えば——ただの『蹂躙』だった。
開始三分で鉱脈を発見。十五分で結晶構造が完璧に保存された最高品質の魔鉱石を三つ掘り出し、審査官の一人に「嘘だろ」と声を出させた。
制限時間三十分で、合計五つ。
三級採掘者の実技試験における過去最高記録を、ダブルスコアで更新した。
◇◇◇
結果発表。
「四級採掘者・イエヤス。……よって、特例として三級採掘者への昇格を認定します」
「——やった!」
イエヤスが立ち上がり、ガタッと椅子が倒れた。
「中層行ける!?」
「三級では浅層および中層の一部エリアでの採掘が認められます。本当は二級への飛び級も議論したのですが……前例がないため見送りとなりました」
「うす! 三級で十分っす! あざっした!!」
イエヤスは審査官に深々と頭を下げた。「世話になった相手には頭を下げろ。それがモテる男の第一歩だ」。親父の教えの数少ないまともな部分だった。
試験室を出ると、廊下で彩とつむぎ、そして凛が待っていた。
あかりもカメラを持って控えている。
「どうだった!?」
彩が食い気味に聞いた。
イエヤスが三級の資格章を掲げる。
「受かった。俺、三級になったぞ」
「——マジで!?」
彩が目を見開き、つむぎが小さくガッツポーズをした。凛は壁にもたれたまま、ふっと息を吐いた。
「採掘者になって二週間で三級って……あたしが三級になるまで二年かかったんだけど……」
「藤村さんもすごいっすよ」
「フォローになってない!」
つむぎが報告書を胸に抱いて、イエヤスを見上げた。
「おめでとうございます。レポートが役に立ったなら——」
「つむぎのおかげだ。ありがとな」
ぽん、と頭に手が置かれた。
「っ——お礼は、いいです。科学的な興味で書いただけですから」
「でもすげー分厚かったもんな。三日寝てないんだろ? 子供はちゃんと寝ろよ」
「だから子供じゃ——!」
頬を膨らませるつむぎを遮るように、凛がイエヤスの前に立った。
「で? 学科は何点だったの」
「八問」
「三十問中?」
「うす。俺、勉強の楽しさ全然わかんなかったわ。あんなに楽しそうに教えてくれたのに、ごめんな」
「……私の三日間を返して。あと誰が勉強楽しそうにしてたって?」
凛の目が据わった。
だが、イエヤスはにやっと笑った。
「でも、凛に言われたこと思い出しながら喋ったら受かったぞ。助かった。ありがとな」
「っ——お礼は、いらないって言ってるでしょ」
凛はプイッとそっぽを向いたが、耳は相変わらず赤かった。
そこへ、あかりがカメラを構えて飛び込んでくる。
「イエヤスくん、おめでとう! 三級昇格の感想を一言!」
「中層行ける! もっとキラキラしたの掘る!」
「具体的! ——というわけでリスナーの皆さん! 次回のあかりチャンネルは、いよいよ『中層初挑戦スペシャル』をお届けします!」
あかりの言葉に、その場にいた全員の顔つきが変わった。
「当然、あたしが引率するからね。中層のルールを叩き込む」
「……私も行きます。中層の鉱石を現地で分析する必要がありますから」
「護衛の私が一番近くにいるべきでしょ。何かあったら守れないし」
三級採掘者・イエヤス。
ついに中層への扉が開いた。
規格外のバカと、彼を放っておけない美少女たちによる『嵐の配信』が、幕を開けようとしていた。




