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第18話 「鑑定結果」

バカが「等級が足りない」と悩んだ翌朝。


 東京ダンジョンの管理局に、一人の少女が突撃してきた。

 白衣の上にフィールドジャケット。背中には自分の体よりでかいリュック。そして小脇には、凶器になりそうなほど分厚い書類の束。


 目の下には、くっきりと徹夜の隈が刻まれていた。


「イ、イエヤスさん……!」

「おう、つむぎ。おはよう。なんかゾンビみたいな顔してるぞ」

「誰がゾンビですか……ぜぇ、はぁっ。——分析結果が出ました。藤村さんにも聞いてほしいので、今すぐ場所を」


 息も絶え絶えな十四歳の天才研究員は、その瞳の奥だけをギラギラと燃やしていた。


「おう。凛も呼ぶか?」

「……なんで探索者(ハンター)を?」

「護衛で毎日来てるから。あと、なんかいつも暇そうだし」

「暇じゃないわよ! 待機も仕事なの!」


 いつの間にか背後に立っていた凛が噛み付いた。

 つむぎの眉がわずかに寄った。護衛。毎日来ている。……なぜか、少しだけイラッとした。



          ◇◇◇



 管理局の打ち合わせスペース。


 丸テーブルを囲むように、イエヤス、彩、凛、つむぎが座った。

 つむぎがテーブルの上に「ドンッ!」と分厚い報告書を置く。


「では、結果を報告します」


 つむぎの声が切り替わった。十四歳の少女ではなく、ダンジョン庁管轄のプロの研究者の声。

 凛は初対面のつむぎを見て、小さく目を見開いた。子供がいる、と内心で驚いていたらしい。


「イエヤスさんが浅層の境界付近で採掘した魔鉱石(まこうせき)、合計十七サンプルを分析しました。結論から言います」


 つむぎがグラフの一枚を指差した。


「これらは浅層の石ではありません。結晶密度(けっしょうみつど)魔力伝導率(まりょくでんどうりつ)、不純物含有率——全ての指標が、中層深部で採掘される最高品質の鉱石と同等、あるいはそれ以上です」


 彩の目が点になった。


「中層深部って……二級や一級のベテランが奥まで潜って、命がけでやっと掘り出すレベルの石と同等ってこと?」

「はい」

「浅層の鉱石なのに?」


 凛が腕を組んで聞いた。つむぎが地層の断面図を提示する。


「浅層と中層の境界付近を調べたところ、地層の奥深くに中層の鉱脈が根を伸ばしていることがわかりました。通常の四級採掘者(よんきゅうレイバー)のツルハシでは、硬すぎて物理的に掘れない深さです」

「でもイエヤスくんは掘れてる、と」

「はい。異常な腕力と——あとは、野生の直感です」


 つむぎはイエヤスを見た。

 イエヤスは渡されたグラフを逆さまに持ち、「おー、線がギザギザだ」と感心していた。


 つむぎは見なかったことにして続けた。


「イエヤスさんは、通常の採掘者が諦める深度を軽々と粉砕しています。しかも、鉱脈に到達した際の結晶損傷率がほぼゼロ。硬い岩盤だけを破壊し、鉱石だけを無傷で抜き取っているんです」


 彩が両手で顔を覆った。


「あたしが教えたのとは全然違うデタラメな掘り方で、あたしより深く掘って、あたしより高品質の石を出してる……なんか、一級としての自信が粉々になってきた」

「藤村さんの指導法が悪いわけではありません。この人がおかしいだけです」

「……慰めになってないよ」


 イエヤスがグラフを正しい方向に直した。直したが、読めていなかった。


「つまり、俺が掘ってるやつはすげーってこと?」

「すごいです。常識外れです」

「お、やったぜ」


 イエヤスの目が輝いた。


「じゃあ、中層行ったらもっとすげーの掘れる?」

「理論上は。……だから、行かせます」


 つむぎが、報告書の最後のページを広げた。


「この百二十ページの鑑定結果を、正式なレポートとしてダンジョン庁に提出します。これを根拠に、イエヤスさんの『特例での昇格審査』を推薦します」

「特例?」

「はい。前例はありませんが、このデータと昨今の配信による認知度を武器に、庁の審査部門を物理的に殴り倒します」


 十四歳の言うことではなかったが、顔は本気だった。

 彩が身を乗り出す。


「でも、昇格審査ってことは……」

「はい。実技と、学科試験があります」

「学科かぁ……」


 イエヤスの顔が、この世の終わりのように曇った。

 探索者試験の悪夢が蘇る。漢字が読めず、マークシートを全部「ウ」に塗った、あの地獄の時間。


「俺、テスト無理。前回全部ウにして落ちたし」

「ウって……。でも、学科をパスしないと中層には行けません」


 つむぎが頭を抱えかけた、その時。

 コホン、と凛がわざとらしく咳払いをした。


「……私が、教えてあげてもいいけど」


 全員の視線が凛に集まった。

 凛はそっぽを向き、腕を組んだまま早口で言った。


「べっ、別にあんたのためじゃないから! 借りを返す一環として、三級探索者の私が特別に基礎を叩き込んであげるって言ってるだけ!」

「おお、マジか! 凛、頭いいもんな!」

「あ、当たり前でしょ! これでも成績はトップクラスなんだから!」

「助かる! 親父が『頭いい女には、バカがモテる』って言ってたし!」

「……ちょっと何言っているか分からないわ」


 凛が顔を真っ赤にしてツッコミを入れた。

 すると、今まで黙っていたつむぎが、スッと手を挙げた。


「あの。学科なら、私の方が教えられます」

「え?」

「私は飛び級で大学の課程を修了しています。ダンジョン鉱物学から関連法規まで、全て完璧に頭に入っています。教えるなら私の方が適任です」


 つむぎの丸眼鏡の奥が、なぜかバチバチと光っていた。

 凛の眉がピクリと跳ねる。


「……探索者の実地に基づいた安全管理は、現役の私の方が教えられるわよ?」

「学科試験に必要なのは暗記と論理的思考です。私が傾向と対策を完璧に構築します」

「なによ、ちょっと頭がいいからって」

「事実を述べたまでです」


 凛とつむぎの間で、見えない火花が散った。

 彩は「うわぁ……」という顔で少し椅子を引いた。あかりがいたら「コメ欄が爆発する!」とカメラを回していただろう。


 当のイエヤスは、二人の美少女から勉強を教えられそうになっているこの状況を、見事に履違えていた。


(なんだ、皆そんなに勉強好きなのか……変わってるな)


 イエヤスは一人、首を傾げている。


「レポートは三日で仕上げます。藤村さん、一級採掘者としての推薦署名をお願いします」

「もちろん。……雪平さん、ありがとう。あの子のために徹夜までしてくれて」

「イエヤスさんのためじゃないです! 科学的な興味です! 個人的な感情は一切ありません!」

「はいはい」


 彩は呆れたように笑った。

 全員が「あんたのためじゃない」と言い張りながら、この規格外のバカのために一生懸命になっている。本当に、面白い光景だった。


「よし! じゃあテスト頑張るぞ! 中層に行って、あの音の正体確かめる!」


 イエヤスが気合を入れて立ち上がった。

 特例の三級昇格試験。

 圧倒的な実力と、壊滅的な学力。


 かつてない波乱の試験が、幕を開けようとしていた。

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