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第15話 「有名人」

イエヤスが有名人になっていた。

 当の本人は、全く知らなかったが。


 あかりチャンネルの配信アーカイブは、翌朝には再生数百万を突破していた。

 SNSでは切り抜き動画が無限に拡散され、『ツルハシ採掘者』『採掘者(物理最強)』『邪魔だったから』がトレンドを独占。ダンジョン系のまとめサイトには「【衝撃】四級採掘者が中型モンスターをワンパンする配信がヤバすぎる」という記事が乱立した。


 朝。イエヤスは六時に起き、鮭おにぎりを食べて、ツルハシを担いで家を出た。いつも通り。

 歩いて管理局まで四十分。


 いつも通りのはずだった。


「——あの、すみません! もしかしてイエヤスさんですか!?」


 管理局の近くで、見知らぬ女性に声をかけられた。スマホを構えている。


「うす。そうっすけど」

「やっぱり! 配信見ました! 写真いいですか!?」

「写真? 別にいいけど」


 パシャ。泥まみれの作業着のまま撮られた。女性は「ありがとうございます! 応援してます!」と顔を赤くして去っていった。


 イエヤスは首を傾げた。


「……なんだったんだ? あ、もしかしてこれが『モテる』ってやつか?」


 管理局に着くと、受付の空気が違った。職員がちらちらとこちらを見ている。すれ違う採掘者(レイバー)たちの視線も明らかに多い。


「おはようございます、藤村さ——」

「おはよう。ちょっと来て」


 待ち構えていた彩の顔は、般若のようだった。


「え、今日もダンジョン——」

「先に会議。ダンジョン庁から呼び出し」

「またっすか」

「誰のせいだと思ってんの」



          ◇◇◇



 ダンジョン庁東京管理局。会議室。


 長いテーブルの片側に管理局の幹部たちが並び、反対側に彩、あかり、そしてイエヤスが座っている。

 イエヤスだけが状況を理解しておらず、「今日の昼飯、唐揚げにならないかな」と考えていた。


「では、本題に入ります」


 東京管理局の次長が、重々しく口を開いた。


「四級採掘者・イエヤスの件。昨日のライブ配信が特大の反響を呼んでいます。ダンジョン庁にも問い合わせが殺到している状況です」

「主に二種類ですね」


 あかりが引き取った。ここでは配信者ではなく、プロデューサーとしての顔だ。


「『採掘者が戦うのは規則違反ではないか』というクレームと、『この採掘者は何者だ』という熱狂的な興味。ですよね?」

「……その通りです。庁内でも意見が割れています。規則違反として厳しく対処すべきか、あるいは——」

「有用な人材として活用すべきか」


 あかりが畳み掛ける。


「次長。イエヤスくんの配信後、採掘者の資格試験への問い合わせが前月比の『五倍』に跳ね上がったと聞いています。藤村さんが長年苦労されてきた『採掘者の認知度向上』が、たった一回の配信で成し遂げられたんです」


 彩がハッとしてあかりを見た。あかりは視線を前に向けたまま、毅然と言い放つ。


「モンスターとの戦闘を配信したのは不可抗力です。今後は『採掘』に限定し、戦闘は絶対に映さないよう管理します。ですから、配信は継続させてください」

「……配信の件はわかりました。しかし、現場での戦闘行為を見過ごすわけにはいきません。万が一彼が怪我でもすれば——」


 次長が難色を示した、その時。

 彩が手を挙げた。


「であれば——『専属の護衛』をつけるというのはいかがでしょう?」

「護衛?」

「はい。探索者(ハンター)を護衛として同行させるんです。そうすれば、万が一モンスターと交戦したとしても『探索者の指揮下における緊急の自己防衛』という名目で、規則の網の目を抜けられます」


 次長は腕を組んだ。


「理屈は通りますが……ただの四級採掘者の護衛など、引き受ける探索者がいますか?」

「心当たりが、一人だけいます」


 彩は、先日の騒動で「私が倒した」とイエヤスを庇ってくれた、あのポニーテールの少女の顔を思い浮かべていた。



 会議が終わり、廊下に出る。


「……疲れた」

「お疲れ様です、藤村さん。うまくいきましたね」


 彩のぼやきに、あかりが微笑む。


「あんた、頭いいね。怖いくらい」

「彼をただのバズり消費で終わらせる気はありませんから」

「なあ藤村さん、今日ダンジョン行ける?」


 ずっと黙っていたイエヤスが聞いた。自分の処遇が決まる会議だったのに、微塵も気にしていない顔だ。


「行くよ。手続きが終わってからね」

「よし。——なあ、あかりさん」

「ん?」

「俺、モテ始めてる?」


 あかりが一瞬きょとんとして、それから吹き出した。


「モテ始めてるよ。間違いなくね」

「マジか。やったぜ」


 底抜けに明るい笑顔だった。彩もあかりも、それ以上は何も言えず、ただ呆れて笑うしかなかった。



          ◇◇◇



 同日。夜。


 早瀬凛は自室のベッドに座り、スマホを睨みつけていた。

 画面にはあかりチャンネルのアーカイブが再生されている。


「……こいつ」


 凛はスマホを握りしめた。

 泥まみれの作業着。ツルハシ。のんきな笑顔。間違いない、浅層で自分を助けた、あの変な採掘者だ。


「……やっぱり、めちゃくちゃ強いじゃない」


 モンスターを一撃で粉砕する映像を見て、凛は唇を噛んだ。

 悔しいが、三級探索者の自分より純粋な戦闘力は上かもしれない。


 だが、凛の苛立ちの原因はそれだけではなかった。

 彼女の視線は、猛スピードで流れるコメント欄に釘付けになっていた。


『この笑顔は反則』

『きゅんときたんだけど』

『イエヤスくん彼女いるの????』

『付き合いたい(直球)』

『汗と泥がフェロモン出してる』


 ピキッ、と。

 凛のスマホの保護フィルムに微かなヒビが入った。


「……何よ、これ。何よこの女たち」


 苛立っていた。明確に、腹の底から苛立っていた。

 あの少年のことなんて、借りを返せばそれで終わりだ。それ以上でも以下でもない。ただの生意気な採掘者だ。


 なのに、見ず知らずの女たちが「かっこいい」「付き合いたい」と騒いでいるのを見ると、どうしようもなくイライラする。


「……意味わからない。私、疲れてるのよ」


 スマホをベッドに投げ出し、枕に顔を埋める。

 しかし、頭の中には昼間ダンジョン庁から回ってきた「通達」が浮かんでいた。


 ——『四級採掘者・イエヤスの専属護衛任務。希望する探索者を求む』


「……『借りは返す』って言ったんだから。ちゃんと返さないと」


 枕に顔を押しつけたまま、誰に言い訳するように呟く。


 そうよ。私が護衛に立候補すれば、堂々とあいつに会いに行ける。借りを返せる。

 それに、私が横で睨みをきかせていれば、変なファンも寄り付かないはずだ。


「……あくまで、借りを返すためなんだからね」


 誰もいない部屋でそう宣言し、凛は枕を抱きしめた。

 自分の耳が、熱を出したように真っ赤になっていることには、気づかないふりをした。

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