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第14話 「あかりチャンネル」

配信開始、三十秒前。


 東京ダンジョンの浅層入口。あかりは小型のアクションカメラを胸元に装着し、手持ちのサブカメラで画角を調整しながら深呼吸した。


「イエヤスくん、準備いい?」

「うす。何すればいいんすか」

「いつも通りでいいよ。普段通り掘ってくれれば」

「おう」


 イエヤスはツルハシを肩に担いだ。カメラを向けられている緊張感はゼロ。「カメラで撮られている」という状況すら正確に理解しているか怪しい。


 あかりは配信画面を確認した。サムネイルは『【密着配信(みっちゃくはいしん)】話題のツルハシ採掘者に同行!』。SNSでの事前告知も済ませた。


「——よし」


 配信開始のボタンを押す。


「皆さんこんにちは! あかりチャンネルです! 今日はスペシャル企画——SNSで話題になったあの採掘者さんに、密着取材させてもらいます!」


 画面がイエヤスを映す。泥まみれの作業着。ツルハシ。のんきな顔。カメラに向かって軽く手を振った。



──────【LIVE】同接:3,218──────

: キタキタキタ

: ツルハシの人だ!

: 思ったより若い てか子供じゃん

: まじで採掘者なのかこの子

──────────────────────



「はい、こちらが四級採掘者(レイバー)のイエヤスくんです! 視聴者さんに一言お願いします」

「うす。イエヤスっす。今日も掘ります」

「シンプル!」



──────【LIVE】同接:3,891──────

: シンプルすぎてワロタ

: 筋肉の付き方えぐくない? 16歳?

: 採掘者の体ってこうなるんだ……

──────────────────────



 浅層の採掘エリアに到着。イエヤスは壁の前に立ち、いつものようにツルハシを構えた。


「まずは鉱脈を探します。壁を叩いて音を聞くんすよ」


 コンコン、と壁を叩く。三歩横に移動して、また叩く。


「……ここっすね」

「え、もうわかったの?」

「なんか音が違う。こっちの方が中が詰まってる感じ」



──────【LIVE】同接:5,442──────

: 全然わからんのだが

: 音が違うってなに??

: 普通は探知機使うらしいぞ

: 耳で??? 耳で見つけるの???

: 元業界だけど、音で鉱脈当てるのは熟練の技。四級にできることじゃない

──────────────────────



 イエヤスがツルハシを振り始めた。


 一撃目から、岩盤が紙のように崩れる。二撃目、三撃目。テンポよく壁を削っていく。だが、角度は毎回バラバラ。リズムも一定ではない。


 あかりはカメラを向けながら、内心で驚いていた。画面越しでも伝わる、圧倒的な力と奇妙な精度。



──────【LIVE】同接:7,106──────

: この子めちゃくちゃ力あるな

: 採掘というより破壊

: フォームが毎回違うの気になる 我流?

: 我流であの精度はおかしい

: 掘るの早すぎない???

: ベテランが1時間かかる量を何分で掘るんだこの子

──────────────────────



 十五分ほど掘り進めたところで、壁の奥から淡い青色の光が覗いた。

 イエヤスがツルハシの角度を変え、繊細な手つきで周囲を削っていく。


「ここからは丁寧にいく。壊したらもったいないから」


 壁面から顔を出す青い魔鉱石(まこうせき)。照明を反射してきらきらと光っている。



──────【LIVE】同接:9,873──────

: きれい……

: 掘り方が急に繊細になったの面白い

: さっきまでの暴力はなんだったの

: え、浅層でこの純度の鉱石掘れるの?

: 元業界だけど説明できない。浅層であの色は見たことない

──────────────────────



 鉱石が取り出された。手のひらの上で、拳大の魔鉱石が青い光を放っている。


「おー、今日のはでかい。キラキラしてんな」


 イエヤスの嬉しそうな顔が映る。泥と粉塵まみれの中で、目だけが子供みたいに輝いている。

 あかりは——一瞬だけ、配信中であることを忘れて見入ってしまった。



──────【LIVE】同接:11,247──────

: この笑顔は反則

: 汚いのにかっこいいの意味わからん

: ギャップ萌えってやつか

: あかりちゃんが一瞬カメラ止まったの気づいた人いる?

: いる

──────────────────────



 あかりは咳払いをして実況に戻る。


「は、はい! 今イエヤスくんが掘り出したのがダンジョン産の魔鉱石です! 浅層でこの大きさと純度はかなり珍しいみたいですね!」


  そこで——空気が変わった。


 イエヤスの手が止まった。鉱石をポケットにしまい、ツルハシを握り直す。

 のんきな目が、一瞬で『捕食者』のそれに切り替わっている。


 通路の奥から、低い唸り声。

 小型モンスター(こがたモンスター)が一匹、迷い込んできた。


 あかりの血の気が引いた。約束だ。モンスターが出たら即座に配信を止めて逃げなければならない。


「え、モンスタ——イエヤスくん、逃げっ——!」


 あかりは反射で配信停止ボタンを叩いた。

 画面の隅に、小さく「配信終了処理中」の表示が出る。


(止めた。止めた、のに……!)


 ダンジョン内中継は、わずかな遅延がある。電波の揺らぎを吸収するためのバッファ。

 数秒前の映像が、視聴者の画面に流れている。


 そして——その「数秒」の中で。


「あ、邪魔」


 イエヤスが、歩いた。

 走らなかった。散歩でもするように三歩進み。


 ツルハシを横薙ぎに一閃。


 ゴッ、という鈍い音。

 モンスターが壁に激突し、動かなくなった。


 わずか、二秒。

 あかりが止めた「あと」に、最悪の瞬間だけが配信に乗ってしまった。


 イエヤスはツルハシを肩に戻して、あかりを振り返った。


「大丈夫? あかりさん」

「——っ」


 あかりは自分の端末を見た。確かに配信は切れている。

 なのにコメント通知が、遅れて雪崩のように流れ込んでくる。


 ——遅延で、見られた。


 最悪だ。約束を守ったのに、守れていない。


 そして画面には、追い打ちみたいに表示が出た。


『配信は終了しました』



──────【LIVE】(最終)同接:26,814──────

: は????

: は????????

: ツルハシでwwwwwwwww

: またかよ!!!!

: 採掘者(物理最強)

: 歩いて倒したぞこの人

: 「邪魔」で済ませるなwww

: え、配信切れた?

: 今の遅延で流れたっぽい

: 事故すぎるwww

──────────────────────



「あ——あ、あの……!」


 あかりは一度深呼吸して、イエヤスの腕を掴んだ。


「いったん戻る! 今は安全確認——それと、彩さんに報告!」

「うす。……でも邪魔だったし」


「邪魔だったからって……! い、いや、今はいい! とにかく戻る!」


 あかりは走った。イエヤスは普通に歩いてついてくる。温度差がひどい。



          ◇◇◇



 数分後。浅層入口付近。


 彩に連絡を入れ、状況を説明し、あかりは震える指で配信端末を握り直した。

 止めた。確かに止めた。だけど映った。遅延のせいで。


 配信者として、言い訳に聞こえない言葉を選ばないといけない。


「……よし」


 あかりは、もう一度配信を開始した。



──────【LIVE】同接:18,402──────

: 復活した!

: さっきの何だったんだよww

: 止めたのに遅延で映ったってマ?

: クリップ回ってきたぞ

──────────────────────



「皆さん……すみません! さっきモンスターが出たので、約束通り配信は停止しました! ただ、ダンジョン内中継の遅延で……映ってしまったみたいです。完全に放送事故です!」


 頭を下げる。カメラの前で、きっちり。


「今は安全確認を取った範囲で、採掘だけ再開します。戦闘は映しません。絶対に」


 隣でイエヤスが首を傾げた。


「映しませんって、今もう倒したし、終わったっすよ」

「うるさい!」


 コメント欄がまた加速する。



──────【LIVE】同接:24,731──────

: うるさいで草

: あかりちゃん胃が死んでるww

: でも止めたのは偉い

: 止めたのに映ったのが一番おもろい

: ツルハシ採掘者、伝説更新中

──────────────────────



 ——配信はその後も続いた。


 戦闘シーンは止めた。止めたのに、映った。

 不可抗力の最悪な形で、放送事故は成立してしまった。


 震える声で実況を続けるあかり。

 イエヤスは何事もなかったかのように採掘を再開し、視聴者は興奮と困惑と爆笑の渦の中にいた。


          ◇◇◇



 配信終了後。ダンジョンの外。


 あかりは壁にもたれ、震える手でスマホを見ていた。


 同時接続者数のピークは四万二千人。あかりチャンネルの過去最高が八千人だ。五倍以上。

 アーカイブ再生数はすでに十万を突破。SNSのトレンドには『あかりチャンネル』『ツルハシ採掘者』『邪魔だったから』が並んでいる。チャンネル登録者数は二万人増えた。


 たった一回の配信で。


「……これ」


 あかりは呟いた。

 とんでもないコンテンツを見つけてしまった。いや、これは本物だ。配信者が一生に一度出会えるかどうかの「本物」だ。


 少し離れた場所で、イエヤスが彩に詰め寄られている。

「今日もいっぱい掘れたっすね」

「モンスターが出たら逃げるって約束したでしょ!! なんでまた倒してんのよバカ!!」

「いや、あかりさん危なかったし」


 いつもの会話。

 四万人が見ていた配信のことなど、本人は一ミリも気にしていない。


 あかりはスマホをポケットにしまった。

 企画は成功した。数字は出た。次の配信も間違いなく伸びる。


 でも——あの笑顔を思い出す。

 鉱石を掘り出した時の、子供みたいに嬉しそうな目。私を庇ってモンスターの前に立った時の、迷いのない背中。


 あれは「数字が取れるコンテンツ」じゃない。

 あれはただの、真っ直ぐな十六歳の少年だ。


「…………次の配信、いつにしよう」


 良心の呵責と、配信者としての業。

 その間で揺れながら、あかりは企画ノートを開いた。

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