第13話 「密着配信、始めます」
伊吹あかりは、行動が早い。
SNSでバズった「ツルハシ採掘者」の動画を見た翌日には裏取りを済ませていた。
ダンジョン庁の知り合いから登録情報を引き出し、「イエヤス」という四級採掘者が実在すること、指導者が一級採掘者の藤村彩であることを掴んだ。
その三日後には藤村彩の連絡先を入手し、さらに二日後の今日——あかりは東京ダンジョンの管理局前に立っていた。
栗色の髪をハーフアップにまとめ、きれいめのジャケットにパンツスタイル。普段の配信時よりもかしこまった格好だ。第一印象は大事。特に「堅物の先輩職人」を相手にする時は、チャラついた配信者だと思われたら交渉が始まる前に終わる。
昼休み。管理局から出てきた彩を見つけ、速やかに声をかけた。
「藤村彩さんですか?」
「……誰?」
彩が足を止めた。顔には薄く粉塵の跡があり、こちらを強烈に警戒している。
「初めまして。配信者の伊吹あかりと申します。ダンジョン系のライブ配信をしておりまして——本日は少し、お時間をいただけませんか」
「配信者……」
彩の目の温度が、さらに五度ほど下がった。
想定内だ。あかりは笑顔を崩さず、名刺を差し出した。
「先日SNSで話題になった動画——ツルハシでモンスターを倒す採掘者の件で伺いました」
「……ああ。あれ」
「藤村さんの指導下にある四級採掘者・イエヤスさんについて、密着配信の企画をご相談したくて」
彩の表情が、はっきりと曇った。
◇◇◇
管理局近くの喫茶店。
向かい合って座る二人の間に、目に見えるほどの緊張が漂っていた。
「密着配信。つまりイエヤスくんの採掘作業をカメラで撮って、ライブで流すってこと」
「はい。ダンジョン内での採掘風景を中心に」
「無理」
秒殺だった。
だが、あかりは引かない。
「理由を聞いても?」
「これ以上目立ったらダンジョン庁に目をつけられるの。あの動画のせいで既に厳重注意を受けてるの。あたしが! 監督責任で!」
「それは……ご愁傷様です」
「イエヤスくんは微塵も気にしてないけどね! 配信なんかしたら火に油を注ぐようなもんでしょ」
彩の言い分は正論だ。戦闘シーンが公式に流れれば、ダンジョン庁の探索者と採掘者の分業体制が揺らぐ。
あかりはコーヒーを一口飲み、本命のカードを切った。
「おっしゃる通りです。ですから、モンスターとの戦闘シーンを配信する気はありません」
「え?」
「企画の中心は『採掘』です。イエヤスさんの鉱脈を見つける直感、結晶を壊さない掘り方。それを純粋なプロの技術として映像で見せたいんです」
彩の目が少し変わった。
「正直、採掘の映像なんて地味だよ。誰も見ないでしょ」
「普通はそうです。でもイエヤスさんは普通じゃない。SNSのコメント欄には『採掘者ってこんな凄い仕事だったのか』という声が溢れていました」
あかりはスマホを取り出し、画面を見せた。
「——採掘者の認知度を上げることにもなりますよ? 新人が増えるかもしれない」
彩の手が、ピタリと止まった。
一級採掘者であり、慢性的な新人不足に危機感を抱いている藤村彩。そこが急所だと、あかりは調べてあった。
「……配信は管理局への正式申請を通します。藤村さんに責任が及ばないよう、全て私どもで管理します」
「…………」
彩は沈黙し、腕を組んだ。
そして、深く深くため息をついた。
「……あたし一人じゃ決められない。本人に聞く」
「もちろんです」
「でも先に言っとく。あの子は——ちょっと特殊だから。覚悟して」
特殊。
あかりはその言葉の意味を、数時間後に身をもって知ることになる。
◇◇◇
夕方。管理局の前。
ダンジョンから上がってきたイエヤスは、今日もブレずに泥まみれだった。ツルハシを肩に担ぎ、音程の迷子になった鼻歌を歌っている。
「イエヤスくん。ちょっと話があるんだけど」
「うす。誰すか、そのきれいな人」
彩に呼ばれ、イエヤスがあかりを見た。
あかりは営業スマイル全開で手を差し出す。
「初めまして。配信者の伊吹あかりです」
「うす」
泥だらけの手で握手された。あかりの笑顔が一瞬引きつったが、気合で直す。
「はいしんしゃ?」
「動画を撮って、ネットで生放送する仕事です。イエヤスさんがダンジョンで掘ってるところを、何万人という人に見てもらう企画でして——」
「何万人」
「はい!」
イエヤスは首を傾げた。そして、真顔で、最も重要な確認をした。
「それで、俺はモテる?」
あかりの配信者としての嗅覚が、激しく反応した。
(なるほど、この子の行動原理はこれか!)
あかりは迷わず、力強く頷いた。
「モテますよ!!」
「やる」
「またそれかぁぁぁ!!!」
隣で彩が頭を抱えて絶叫した。
「ちょっとは考えなさいよバカ! 『モテる』って言われたら何でもやる気!? 顔も出るしプライバシーも——」
「だって伊吹さんがモテるって言ったし」
「伊吹さん! あなたまた適当なこと言って釣ろうとして!」
「事実ですよ。有名になればファンがつきます。女性ファンも。可能性はゼロじゃありません」
「可能性の話を断定みたいに言わないで!」
彩のツッコミを華麗にスルーし、あかりはイエヤスに向き直った。
悪魔の契約成立である。
「じゃあ改めて、よろしくお願いしますね。イエヤスさん」
「うす。さん付けは性に合わないから、イエヤスでいいよ」
「じゃあ、イエヤスくん。私のことはあかりでいいよ」
「おう。あかりさん」
「……そこは『さん』付けなんだ?」
あかりが目を丸くする。
イエヤスは当然のように言った。
「年上だろ? 親父が言ってた。年上の女性には敬意を払えって」
あかりは一瞬きょとんとして、それから——ふき出した。
営業スマイルではない、素の笑いだった。
「……ははっ。いいお父さんだね」
「バカだけどな」
屈託なく笑う泥だらけの少年。
数字が取れるコンテンツ。ただのバズ要員。そう割り切っていたはずなのに、あかりの胸の奥が少しだけチクッとした。
疑うことを知らない。裏を読まない。真っ直ぐすぎる。
(……まあいいか。面白くなりそうだし)
あかりは思考を切り替えた。
良心の呵責は、視聴回数と引き換えにどこかへしまっておく。
「じゃあ、初回配信は来週! 準備しておくから楽しみにしててね!」
あかりは手を振って、駅へと向かって歩き出した。
——この時の彼女は、まだ甘く見ていた。
「戦闘シーンは映さない」「採掘だけを配信する」という彩との約束が。
イエヤスという『歩く規格外』の前では、開始十分で跡形もなく消し飛ぶ運命にあるということを。




