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付録:詩編のみ




目次



第一話から第五話までの四行詩


抜山蓋鍋


土床


句集「雨洗ふ」




第一話 ギュイ分隊、動かず(原題:牛隊不動)



(遥かに聴く 砲声の長空を震わすを)

(隊長は端居(たんきょ)して 豆の煮らるるを香ぐ)

(眼に敵を見ずんば 心乱れず)

(一炊の出来 是れ戦場なり)



遠くで鳴り響く大砲の音が、広い空を震わせているのが聞こえる。


だが隊長はどっしりと腰を据え、ただ豆の煮える香りを確かめている。


「この目で敵を捉えぬ限り、心をかき乱す必要などない。


今、目の前の鍋の出来こそが、死守すべき戦場なのだ」



第二話 ギュイ分隊、五月雨の森に動かず (原題:濡森守竈)



(五月雨は 深林を濡らして 翠滴り)

(戦塵遠のき 辺りはただ滴の音のみ)

(隊長は 鉄鍋の火を 守りて動かず)

(眼に映ゆるは 雨脚と 白き湯気のみ)



五月の雨は深い森を濡らし、木々の緑は滴るほどに鮮やかである。


遠くの戦いの喧騒は雨に遮られ、ただ葉を叩く滴の音だけが響いている。


ギュイ隊長は、濡れた薪を操りながら、鉄鍋の火を絶やさぬよう静かに座り続けている。


その目に映るのは、雨と、鍋から立ち上る湯気だけだ。



第三話 森の惨劇(原題:翠林血雨)



(降伏して縄に投ぜらるるも 意 自如たり)

(ただ一鍋を(もっ)て 戎虜(じゅうりょ)に献ぜんとす)

狂卒(きょうそつ)蹴り翻して 香湯(こうとう)尽き)

満林(まんりん)新翠(しんすい) 血雨に変ず)


降伏して縄をかけられても、隊長の心は平然として動じなかった。


ただ、「この鍋だけは食え」と、敵兵にその至宝を差し出した。


無作法な敵兵がそれを蹴り飛ばし、香しきスープが泥に消えたその瞬間――


森一面の瑞々しい新緑は、一瞬にして血の雨へと塗り替えられた。



第四話 泥餐の将(原題:泥餐敵将)


(沈黙して言わず 計謀に非ざると)

残汁(ざんじゅう)(すく)いて味わい 涙 (ふた)つながら流る)

(敵将を捕え来りて 汚土(おど)を食らわす)

五月雨(さみだれ)深く 恨み未だ休まず)



「罠だったのか」との問いにギュイは答えない。答えるまでもなく、この惨劇が計略であるはずはなかった。


彼はただ、鍋に残ったスープを指で掬って舐め、失われた「至福」を思って涙を流した。


質問をした敵の将を引きずり出し、スープの混じった汚れた土を無理やり食らわせた。


降り続く五月の雨の音の中、ギュイ隊長の深い恨みはまだ癒えることはなかった。



第五話 帰郷(原題:殺馬為羹)


(馬を殺めて(あつもの)を煮 敵我(てきが)に分かつ)

孤将(こしょう)のみ連行して 兵士を放つ)

(郷に還りて 黙して五月の田を耕やす)

(誰か知らん 至味こそ是れ真の槍やりなるを)



愛馬を殺して熱いスープを煮出し、敵も味方もなく皆に分け与えた。


敵の将軍一人だけを連れ去り、あとの兵たちはすべてその場に解き放った。


戦を終えた彼は故郷へ帰り、今は黙って五月の田を耕している。


敵の胃袋に刻み込んだ「至味」こそが、武力よりも深く相手を畏れさせた。




抜山蓋鍋


力は山を抜き 気は鍋を蓋う

時に利あらず ギュイ行かず

ギュイの行かざる いかんすべき

テオテオなんじを いかんせん





土床


 知っている漢詩で、一番ギュイ隊長っぽく思うのは、北宗の楊時(亀山先生)の土床という詩です。冬の寒い時期の詩です。(NHK出版の冬の詩百選という本で知ったものです。和訳は瓶八の解釈です)


(土床(どしょう)煙足りて 紬衾(ちゅうきん)暖かに)

床暖房に煙入って、お布団あたたかくなってきた


(瓦釜(がふ) (いずみ)乾きて 豆粥(とうじゅく)新たなり)

土鍋はぽこぽこ沸いてて、お湯少なくなってきて、豆粥が見えてきた


(万事 温飽(おんぽう)の外を思わず)

あったかくすること、おなかいっぱいになること、これ以外なんも考えてません


(漫然たり 清世(せいせい)一閑人(いちかんじん) )

自由きままだよ、太平の世の独り身の暇人ってやつはよ


 この詩は、衣食の満足さえ得られればそれでよいという題目で、当時の詩の書き手のボリュームゾーンだった士大夫的な発想「国を憂いるぜぇ…国に道あらば仕えるぜぇ…なければ嘆くぜぇ…」という情緒から、距離をおきたい一派の気持ちを歌ったものとされます。道教とか清貧思想とか、ギュイ隊長がそういう賢げな深い思想を持っているわけではないけれど、目の前の実感に対して価値を置き、士大夫的な高い理想を遠く感じているところは共通しているかなと思いました。豆粥の表現が美味しそうで湯気や煙やお布団に囲まれて幸せそうですね。





句集「雨洗ふ」



ひとり爪研いでゐるなり花の下

蓋も手も煤けて黒し春の空

口くさき牛と見てをり豆の花

行く春や殿の形見のゴージェット

鬣に鞍に鐙に樫落葉

馬の目の隣で泣きぬ藤の花

ひなげしをアルデバランは見てをりぬ

麗らかや鍋も台詞をおぼへたる

五月雨を入れずに混ぜよけふの汁

泥に寝る野蒜を洗ふ雨やさし

縄固く諦め早き子供の日

土食へば喉が鳴るなり暮の春

利確して部下と見にゆく祭りかな






注※この世界この時代では、五月雨(さみだれ)は五月頃の雨のことで降り方はさまざま、とします。現代日本では夏六月の季語で梅雨の時期の長く降りしきる強い雨のことです。(屋外煮炊きは無理そうです)





挿絵(By みてみん)

AIにお願いして作ってもらった、「もしも伊藤若冲と葛飾北斎がマタドールを描いたら」。

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