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少年呪術師  作者: 森新児
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第84話 さよならだけが人生だ

 ■


「ユイちゃん」


 美津子さんとの通話を終えて振り向くと、ランがユイにしがみついていた。


「ランちゃん」


 抱きつかれたユイはほほ笑みうかべてランの髪をやさしく撫でた。

 ランは泣いていた。


「えーと、この子は?」


 事態をのみこめないようすのオサムが目を白黒させている。

 太一とタケシも呆然とした顔だ。


(みんな彼女の姿が見えている)


 今まで見えなかったのに。

 ()()()()がきたのだ。


「みんな彼女と一度会ったことあるよね?」


 ぼくはユイのとなりに立った。


「ぼくらのクラスメート、五年A組の出席番号一番。むかし公園でいっしょに遊んだ祖父江唯さんだよ」


「ひさしぶり」


 ユイは笑顔で手を振った。


「この子が祖父江さん?」


 優等生の太一はいぶかしげに首をかしげた。


「でも彼女はたしか……」


「うん、祖父江唯は五歳で死んだ。ここにいる彼女は幽霊だよ」


 ぼくはあっさり真実を告げた。

 こわがるかと思ったがみんなとくに顔色を変えることなく、黙ってユイを見つめている。

 今ぼくはつじつまの合わないことをいったがユイは死後、彼女を哀れんだ祖父母のたっての願いで本城小学校に名前だけ入学した。

 ほかの生徒と同じように春になったら進級し、クラスはいつもA組で出席番号は一番。

 不在のユイの席にはユリの花が飾られるのがならわしだった。


「楽しく生きて満足して死んだ人は成仏してあの世へ行く。でもユイはそうならなかった。死んだ彼女は風になって地上をさまよった。地上をさまよう迷える死者は生きてる人間と同じように年輪を重ねる。

 そして今年の春、ぼくらと同じ十歳の少女としてユイはふたたび地上にあらわれた。天草四郎という重大な危機の出現に反応したんだ」


 ユイが四郎を目ざめさせたのか、それとも四郎がユイを目ざめさせたのか、今となってはもうわからない。


「ユイは今年の春からずっとぼくらといっしょにいた。A組の教室にもいたんだぜ」


「祖父江さん」


 そのときだれか彼女に声をかけた。


「タケシくん?」


「……」


 タケシは黙ってユイにスケッチブックをさしだした。

 さっき肝だめしで使った小道具だ。

 見開き左のページに自分の名前、右のページに好きな子の名前を書く。

 それがオサムが決めた肝だめしの決まりだ。

 なんのためにタケシがそんなものをさしだしたのかわからないが、興味があったのでユイが見ているスケッチブックをうしろからこっそりのぞいた。

 すると左のページに「小島健」と書かれていた。

 右のページに「祖父江唯」と書かれている。


「……ありがとう、タケシくん」


 ユイはにっこり笑い、タケシはなにもいわずにうつむいた。


「よっしゃまた缶蹴りやろうぜ!」


 オサムはユイを誘った。


「いやサッカーしよう」


 この提案は太一。


「うちでお菓子食べよう!」


 とはしゃぐのはランだ。


「オサムくん、太一くん、ランちゃん、ありがとう。でも行かなきゃ。わたしの役目はもう終わったから。タケシくん」


「なに?」


「たまには学校にきてね。みんなきみを待ってるよ」


「……わかった」


「ユイ」


 フランチェスコは彼女の手に、カラミルは彼女の頬にキスした。

 最後にAがユイを抱きしめた。


「ありがとうA。あなたのおかけでとっても楽しかった」


「ほんとに?」


「ほんと。いろんなことがあったね」


 Aに抱きしめられたまま、ユイは目を輝かせた。


「月見公園でこわいおじさんに襲われたのをAが助けてくれた。あれが冒険のはじまりだった。それから真夜中の山でライヴをやってBABYMETALを歌ったり、黄泉の国へ行ってイザナミノミコトのよみがえりを阻止したりしたね。いつもこわかったけど、でもすっごく楽しかった! まさかわたしがあんな大冒険をやるなんて。このすてきな服をコーディネートしてくれたのもあなただった。ありがとうA……ありがとう、ママ」


 ユイはAの胸に顔をうずめ、Aは彼女を無言で抱きしめた。

 しばらくしてユイは顔をあげた。


「……三郎くん」


 彼女の表情を見てぼくはうなずいた。


「みんなのおかげで彼女のこころは満たされた。彼女の顔にさっきまであったアザが消えたのがその証拠だよ。成仏するときがきたんだ。ぼくは今からユイを送っていく」


「どこへ行くの?」


 不安そうにタケシが尋ねる。

 ユイの身が心配なのだ。


「彼女が眠るのにふさわしい場所へ行く。大丈夫、心配いらないよ」


 タケシを安心させてからぼくは左目の義眼をはずし、Aにわたした。


「ユイと二人きりになりたいんだ」


 義眼に宿る純粋精神体花子に告げた。


「きみはここで待ってて」


「了解しました」


「花子さん元気でね」


「ユイさんも」


「カーキチ」


 いつのまにかユイの足もとにカーキチが舞い降りていた。

 ユイはしゃがんでカラスの頭を撫でた。


「きみはいつもわたしのそばにいてくれた。きみがいなかったらわたしはぜったい怨霊になってた。わたしを、みんなを助けてくれてありがとう、カーキチ」


 ユイに頭を撫でられ、嘴に白い傷があるカラスはさびしそうにクー、と鳴いた。


「これでお別れです」


 ユイは涙を拭いて立ちあがった。


「わたしは大人になれなかったけど、みんなは立派な大人になってね」


「じゃ、行こうか」


 ぼくが手を握るとユイはその場にいる全員に別れを告げた。


「さよなら」


「ユイちゃん!」


「ユイ」


 色めき立つランとAの悲しみを封じるように、販売所の屋根に飛びあがったカーキチが一声するどく鳴いた。


「カーッ!」


 ぼくは祈りをこめた呪文を唱えた。


「この盃を

 受けてくれ

 どうぞなみなみ

 注がしておくれ

 花に嵐のたとえもあるぞ

 さよならだけが

 人生だ」


 呪文を唱えた次の瞬間ぼくは幽体離脱し、霊体であるユイとカラスのカーキチとともに夜空へ飛翔した。

 地上で手を振る人々がみるみる遠ざかり、カーキチもいつの間か消えて、ぼくはユイと手をつないだまま、二人っきりで暗黒の宇宙へと飛び立った。


 ~・~・~


 次回最終回です。


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