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少年呪術師  作者: 森新児
85/85

第85話 最終回 初恋

 ●


 宇宙には空洞(ボイド)と呼ばれる空間がある。

 そう三郎が教えてくれた。

 空洞は数億光年にわたって銀河が存在せず、光さえまったくささない宇宙最暗黒の空間なのだと彼はいった。

 わたしと三郎は今その空洞にいる。

 さっきと同じ着の身着のままのかっこうで暗黒をただよっている。

 わたしは霊体で三郎は精神体だからどこにでも行けるし、外界の影響も受けない。

 空洞に光は存在しないはずだった。

 でも目の前にある暗黒の一画がぼんやりと白くにじんでいる。

 うかんでいるのは白い観光バスだ。

 橋から転落したバスを、天草四郎がテレポーテーションで地球から空洞へ飛ばしたのだ。

 やはり淡島をテレポーテーションで空洞へ飛ばすとき、三郎が四郎のこころをとっさにのぞきこんでこの場所を特定した。


「柱サーカスの団員たちが乗ってる」


 バスを指さす三郎の顔に、四郎に斬られた傷はない。

 体は傷ついたがこころは無傷なのだ。


「四郎が彼らの遺体が腐らないよう術をかけたっていってた。きみが静かに眠るのにふさわしい場所だと思うけど、どう?」


「うん」


 わたしはうなずいた。


「わたしここで眠る」


「OK」


 次の瞬間わたしはバスに乗っていた。

 運転席の脇に立ち、車内を見わたす。

 バスの中は車内灯がついて明るかった。

 才蔵さんや孫君さんや佐助さんがいる。

 軍帽をかぶったまま息絶えた康成さんや、やはり学生帽をかぶったままの金之助さん、それに海人彦さんや健一さんや日百さんの姿も見えた。

 それから前のほうの席に若いお母さんと幼い坊や、作業服を着た中年男性と裸の女性のカップルもいた。

 四人ともわたしが知らない人だがお母さんと坊や、中年男性と裸の女性はそれぞれほほ笑みうかべて静かに抱き合っていた。


「みんな眠ってるみたい……」


「本当にここでよかった?」


「いい。ていうかここがいい」


「よかった。あそこの席あいてるよ」


 わたしと三郎は中央通路を歩き、いちばんうしろの席に座った。


「眠る前にお菓子食べよう」


 三郎はシュークリームをさしだした。

 もちろんそれは本物ではない。

 シュークリームは精神体である三郎が現出した、いわば幻体だ。

 幻でも、幽霊であるわたしにとってシュークリームの味や手触りは本物となんらかわりはなかった。


「今日が賞味期限ってサンジがいってたから」


「三郎くんのは?」


「あるよ」


「食べよう食べよう」


 二人でシュークリームをぱくぱく食べた。

 おいしかった。

 のどがかわいたので食べたあとで麦茶を飲んだ。

 これもおいしかった。


「子守歌をいかが?」


 三郎の手もとにいつのまにかギターがあった。


「ぼくがリクエストしてもいい?」


「どうぞ」


「村下孝蔵の『初恋』歌ってくれる?」


「まかせなさい」


 わたしは軽く自分の胸をたたいた。

 それから三郎の伴奏で歌った。

 ギターの音とわたしの歌声が、せまい車内にクリアに反響する。

 『初恋』の歌詞は語り手の『僕』が自分の青春時代を回想する内容だった。

 初恋の相手である女の子が放課後の校庭を走る印象的な場面がある。

 たぶん女の子は陸上部員なのだ。

 三郎はギターを弾きながら時おり歌ってコーラスしてくれた。

 団員たちはかすかに肩を揺らし、車内に響くギターと歌声に耳をかたむけた。

 歌いながら、ああ、この曲はバスで眠る死者たちへの鎮魂歌なんだ、と思った。

 すてきなメロディで、すてきな歌詞だった。

 明るい曲調なのに秋の夕暮れみたいなさびしさもあって、それがよかった。

 歌っているとどこかの高校の、放課後の風景が自然に目に浮かんだ。


(高校に行きたかったな)


 そんなことを思ったら、ちょっと涙が出た。

 やがて演奏が終わり、車内はシンと静まり返った。


「ブラボー」


 三郎はちいさな手で拍手し、わたしは笑顔で頭をさげた。





 歌い終えてしばらくすると、まぶたが重くなった。


(なんだか眠くなっちゃった)


 わたしは三郎に寄りかかった。


「ねえ」


「なんだい?」


「きみがまたわたしみたいな人に会ったら、助けてあげて。ね?」


「わかった。かならず助ける」


「ありがとう」


 わたしは三郎の肩に頭をあずけた。

 急速に眠気が増してゆく。

 その眠気に逆らい、最後の気力を振り絞って彼に告げた。


「早川三郎くん」


「うん」


「白髪頭で、ちびで、クラスでいちばんかけっこがおそくて、女の子より力が弱くて、でもだれよりも勇敢で、こころやさしい少年呪術師。

 わたしは、きみが、大好きだよ」


 それだけいって、目を閉じた。


「ぼくもきみが好き」


 かすれた声で三郎がいった。


「おやすみ、ユイ」


 わたしの髪に少年のちいさな手が触れ、それから一粒の水滴がポツッと頬を打った。

 三郎は泣いていた。

 死んだとき雨が降ったらその人の霊魂は天に昇る。

 そう聞いたことがある。

 少年の涙が雨の代わり

 そう思ったらさびしさが消えて、こころがほんのりあたたかくなった。


「おやすみ、三郎」


 目を閉じたままそうささやいたら、わたしのこの世への最期の執着が、きれいに消えた。









「あら?」


 わたしはうつ伏せになっていた机から顔をあげ、放課後の教室を見渡した。

 わたし以外にだれもいない。

 窓際の席から外を見ると、西日に染まった校庭を一人の生徒が走っていた。

 走っているのはセパレートのユニフォームを着た陸上部の女子部員だ。

 彼女の姿をぼんやり目で追っていたら、教室の扉ががらりとあいた。


「ユイ、なにしてるの?」


 声をかけてきたのは黒い詰襟の制服を着た長身でスマートな男子生徒だ。

 顔立ちもなかなかハンサムだが白髪頭が玉に瑕だ。


「三郎くん」


 思わず笑顔になった。

 三郎はわたしの幼なじみだ。

 今は事情があってわたしは彼の家に居候している。


「もう授業終わったんだろう? はやく帰ろう。今夜はカレーにするってAがいってたよ」


「やったあ!」


 わたしは元気に立ちあがった。





「ねえ、この服似合う?」


 正門を出て家路を歩きながら、わたしは三郎の前でくるりと一回転した。

 赤いスカーフと黒いスカートがやわらかく風を切る。


「似合うってセーラー服のこと?」


「うん」


「似合うよ。でもなんでそんなこと聞くんだよ?」


「なんとなく……ねえ、さっき教室でうたた寝してへんな夢見ちゃった」


「どんな夢?」


「三郎くんが呪術師なの。

 呪術師の三郎くんは宇宙人と戦ったり、幽霊のサーカス団の用心棒になったり、天草四郎と戦ったりするの」


「天草四郎? ユイへんな漫画の読みすぎだよ」


「そうかな?」


「その夢でぼくは呪術師で、ユイはなにしてるの?」


「わたしは……」


 夢を回想し、わたしは目をキラキラ輝かせた。


「わたしも三郎くんといっしょに

 大冒険するの!」









 ■


 ぼくは眠ったユイをそっと椅子の背もたれにあずけた。

 ユイはかすかに笑ってる。


「どんな夢を見てるんだい?」


 問いかけてももう返事は帰ってこない。

 永遠に。


(ユイ)


 絶叫したいほどの悲しみに襲われたが、必死にこらえた。

 安らかなユイの眠りを妨げたくなかったから。


「……じゃ、行くよ。みんなゆっくり休んで」


 こぶしで涙をぬぐってユイと、バスで眠るすべての死者に声をかけた。

 するとさっきユイがぼくにいった言葉が脳裏によみがえった。


「きみがまたわたしみたいな人に会ったら、助けてあげて」


 ユイはそういった。


「大好きだよ」


 ともいった。


(ユイに呪いをかけられた)


 この呪いはぜったい祓わない。

 こころにそう誓い、地球に帰還するため、最後の呪文を唱えた。


「この盃を受けてくれ

 どうぞなみなみ注がしておくれ

 花に嵐のたとえもあるぞ

 さよならだけが

 人生だ」


 バスから離脱するとき、ぼくはほほ笑み浮かべて静かに眠る少女に声をかけた。


「さよならユイ」


 さよなら、ぼくの初恋。【完】


 ~・~・~


 『少年呪術師』に最後までおつきあいくださり感謝します。

 本作は以前カクヨムに投稿しましたが、今回そのときよりはるかに多くのかたに読んでいただけました。

 三郎もユイも大喜びしています。

 みなさん本当にありがとうございました。



 あしたは読み切り短編


 【少年呪術師外伝 夜の公園で博打を】


 を午前5時投稿します。

 どうぞお楽しみに!


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