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少年呪術師  作者: 森新児
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第82話 少年呪術師対サルバドール

 ぼくらは境内の真ん中で向かいあった。

 天草四郎の手に草薙剣(くさなぎのつるぎ)がある。

 刃の長さはおよそ一メートル。

 ぼくらのあいだは四~五メートルあるから向こうの刃はまだこちらにとどかない。

 といってもぼくの不知火丸は短刀だからこっちもぜんぜんとどかないけど。

 目から流れる血で四郎の姿が陽炎のようににじむ。


(目が見えなくなったらやばい。そうなる前に勝負を決めなきゃ)


 指先で血をぬぐい、目をこらした。

 四郎が着ている真っ赤なキャソックの胸もとで、黄金の十字架が輝いている。

 あの十字架の裏に心臓があって、さらにその裏に精神の源、不可視の身体不滅のティグレがある。


(そのティグレを斬ればぼくの勝ちだ)


 でも、どうやって?

 力を使い果たしたからジェットはもう放てない。

 ぎりぎり霊波不知火は撃てるが、あの黄金の十字架が聖なる盾となって霊波をはばむだろう。


(こうなったら()()()を使うしかない……)


 そう思ってジーンズの腰のポケットをさぐっていたら、鳥の羽ばたきみたいにやわらかい風がまぶたをたたいた。


「すまない」


 シャッとほとばしる水の音が聞こえた。


「草薙剣は神器だ。触れずとも遠方の敵を斬る。真空斬りさ」


「なにをいってる……ん?」


 とつぜん焼けただれるような痛みが顔面を走り、ぼくはその場にひざまずいた。

 視界が血におおわれなにも見えない!


「右目を斬った。きみの左目は義眼だからもうなにも見えないだろう? 勝負はこれまで。ともに剣を引こう」


「不知火丸がまだ戦えといってる」


「では死ぬがいい」


 ひざまずいたぼくの白髪頭をするどい風がたたいた。

 剣風だ。

 四郎が草薙剣を振りおろした。


「ダーリン!」


「サルバドール!」


 右からカラミル、左からフランチェスコの声が聞こえる。

 四郎に飛びかかったのだ。


「サンチャゴ」


「あ」


「え?」


 四郎が呪文を唱えると二人の声が左右に反転した。

 テレポーテーションによる瞬間移動だ。

 その直後ぼくの頭上で剣がひるがえる気配があった。

 それからなにかが地面に落ちるにぶい音と、カラミルとフランチェスコのうめき声が聞こえた。

 天草四郎はぼくの目を斬ったのと同じ真空斬りで、カラミルとフランチェスコの腕を触れずに斬り落としたのだ!


「もう真空斬りは使わない。早川三郎、真剣できみの首を……」


 そのときまたなにかの音が聞こえた。

 四郎の背中から近づいてくる。

 リンリンリン、リンリンリンというすすしげな音。

 鈴の音だ。

 鈴の音はすぐ消えた。


「これは」


 四郎は絶句した。

 ぼくは今盲目だ。

 なにも見えない。

 でもわかる。

 今四郎は見ているはずだ。

 空中に静止した風車型の手裏剣を。

 手裏剣はさっきぼくが四郎のすきをついて投げた。

 大きく弧を描いてこっちにもどってくるように投げた。

 手裏剣を止めたのは四郎の超能力だ。

 手裏剣は投げると鈴のような音がする。

 

「死んだ幼なじみの骨をまぜてこの手裏剣を鍛えやした。音がする理由はわからないが、その幼なじみの名前はすずといいやす」


 手裏剣の前の持ち主、韋駄天(いだてん)の才蔵が教えてくれた。


「鈴の音はジェロニモさまのお気に入りでした。この音を聞くたびジェロニモさまは手をたたいて喜ばれました」


 とも才蔵はいった。

 三七八年ぶりに四郎が耳にするなつかしいその音が、ぼくの撒いたエサだ。

 今、ぼくの目の前に、体ごとうしろを向いた四郎のがら空きの背中があるはずだ。

 ティグレは心臓の裏にある。

 さっき右目を斬られる直前手裏剣を投げた。

 四郎の心臓の真裏をねらって投げた。

 だから目が見えなくても鈴の音でわかった。

 不滅のティグレの位置が。


「きみは」


 四郎の声がする。

 振り向いたらしい。

 ぼくはすでに不知火丸をかまえていた。

 柄を両手で持ち、剣先の標準を合わせ、呪文を唱えた。


「エマホー」


 短刀の剣先から青い光がほとばしる。

 光の曳航が血の霧の向こうにぼんやり見えた。

 手ごたえがあった。

 ぼくの放った霊波が四郎のティグレを貫いた手ごたえが。


「う」


 四郎がうめき、それから草薙剣をとりこぼす音と、境内の砂利を踏みにじる耳ざわりな足音が聞こえた。

 勝った! と雄叫びをあげそうになったまさにそのとき、よろめいていた四郎の足音が、ピタッと消えた。


(踏みとどまった?)


 そんなバカな不滅のティグレを破壊したのに! と愕然としていると、四郎がだれかに声をかけた。


「ユダ、おまえか?」


(ユダ?)


 すばやくまぶたからしたたる血をぬぐった。

 真空斬りで斬られたのはまぶたの表面だけで、奇跡的に目玉は無傷だった。

 しかしいくら目をこらしても、目の前にいるのは天草四郎一人でほかに人間は見当たらない。

 なんだ? とうろたえていると四郎がいった。


「ユダ、おまえが盾になったのか?」


「はい、サルバドール」


 姿が見えないだれかの声が、空中から聞こえた。


(おじさんの声だ)


「おゆるしください。ソルダードユダは、ここに殉教(マルチリ)を遂げまする……」


 風に散るけむりのように声は消えた。


「ユダ、おまえは永遠に私の弟子だ!」


 と四郎が叫んだとき、巨鳥のような黒い影が視界をおおった。

 紺色のレインコートを着た若者が宙にうかんでいる。

 ぼくに飛びかかったのだ。

 今までずっと闇にかくれていたらしい。

 若者は右手にサバイバルナイフを持っていた。


「あいつ学校でおれを襲ったやつだ!」


 とオサムが叫んだとき、頭の中で花子がいった。


「あれは人間ではありません、純粋精神体Xです!」


「なんだって!」


「もらった」


 と空中のXがつぶやいたとき、また新しい影があらわれた。


「Shall we dance?」


 エレガントにあいさつすると片腕のカラミルは若者に飛びつき、猛然と首筋にかみついた。


「ぐわ!」


 若者は死にもの狂いでもがいたがカラミルは離れない。

 吸血鬼のダンスはパートナーが死ぬまで終わらないから。


「早川三郎」


 四郎は尻餅ついたままのぼくの前に立った。

 かつて神の子と呼ばれた美童は、悪鬼の表情をたたえていた。

 苦戦の怒りと弟子を失った悲しみではらわたが煮えくり返っているのだ。


「家族の仇をとらせろといったな?」


 四郎は草薙剣の切っ先をぼくの鼻先に突きつけた。


「私は弟子の仇をとらせてもらうぞ!」


 四郎は草薙剣を振りあげた。


「三郎!」


 そのときカラミルと同じように右手を斬り落とされたフランチェスコが、左手でギターを差し出した。

 ホームパーティーの余興に弾こうと持ってきたギターを。


「なに?」


「わすれたのか? 用があったらいつでも呼んでと()()()がいってただろう!」


(あ)


 ぼくはギターを受けとりAにいった。


「ギターの音を増幅して!」


「了解」


「サンチャゴ!」


 四郎が剣を振りおろした。

 剣風に白髪をたたかれながらギターを弾いた。

 F、B、E、コードAの四音を弾いた。

 Aのボディから『アイル・ビー・バック』のイントロが夜空にこだました。

 それと同時に境内にすさまじい轟音がとどろいた。


「なんだ!?」


 剣風が消え、頭の上で四郎のたじろぐ声が聞こえた。


「おおっ」


 ぼくも驚いて声が出た。

 拝殿前の地面が割れ、そこから白い影があらわれた。

 影は天草四郎の背後に立っていた。


「音楽が聞こえたわ」


 地割れからあらわれた白い影、一糸まとわぬ裸のイザナミ、いやカオルはぼくを見てほほ笑んだ。


「三郎くん、なにかご用?」


「天草四郎を黄泉につれてって!」


「わかりました」


 カオルはうしろから四郎に抱きついた。


「天草四郎、わたしといっしょに黄泉の国に参りましょう」


「離せ」


 四郎はもがいたが彼の胴体に巻きついたカオルの細腕はなよなよしつつ離れない。

 カオルは四郎の耳もとでささやいた。


「みんなあなたを待ってるわ」


「みんなとは?」


「原城であなたとともに戦った人々。百姓やかくれキリシタン、それに先日バスの事故で亡くなったあなたの弟子たち」


「弟子? 才蔵や佐助か?」


「そうです。あなたがバスごと宇宙へ送ったのは彼らの肉体。黄泉の国には霊体となった彼らがいてあなたがくるのを今か今かと待っています」


「……」


 四郎はぼくを見た。

 その顔を見て、胸をつかれた。


(顔がもどった)


「サンジ」


 と、思わず声をかけた。


「一つだけ教えてよ。百目鬼山で宇宙からの精神Xを倒したとき、きみはなぜ自ら危険な依り代になってくれたの?」


「それは、あなたのことが好きだからです」


 わが早川家の有能な書生伊能三次は照れくさそうに笑った。


「三郎さん、冷蔵庫のシュークリームの賞味期限は今日です。帰ったら忘れずに食べてくださいね。では、お別れです。神のご加護を」


 四郎が「行こう」と声をかけ、カオルはうなずいた。


「じゃあね三郎くん、またなにかあったら呼んで」


 カオルと四郎は互いに抱きあったまま地底に垂直に吸い込まれた。

 二人が消えるとふたたび轟音がとどろき、境内の地割れが閉じた。

 こうしてサルバドールこと天草四郎は、地上から永遠に消え去った。


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