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少年呪術師  作者: 森新児
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第81話 少年呪術師

 ■


 カラカラ、と砂利をころがる空き缶の乾いた音で現実にひきもどされた。

 ハッとして夜空を見あげた。

 石を投げればとどきそうなほど満月が間近にせまっている。


(いけねえ)


 ぼくは胸に手を当てた。

 これから月に向かって(ジェット)を放つのだ。

 ぼくの放つ光に物質に対する影響力はない。

 しかし地球に迫る月の()()()()()()()を打ち消し、さらに推進力を利用して月を元の位置に押しもどすことはできる。

 ぼくは細めた目で月を見つめながら呪文を唱えた。


「この盃を受けてくれ

 どうぞなみなみ注がしておくれ

 花に嵐のたとえもあるぞ

 さよならだけが

 人生だ」


 赤い月に向かって右手を伸ばすと、左目の義眼から稲妻のように銀色の光がほとばしった。

 ねらい通り月面の赤黒い土地、海と呼ばれる平原にジェットが命中した。

 海に突き刺さった光は網となって一気に広がり、月全体をおおった。


「すげえ!」


 サッカーのゴールを決めたときのようにオサムが歓声をあげる。


「三郎、月は一分でおよそ一万キロ前進してる」


 Aがいった。


「一秒で一六六キロ。あと十分で地球に衝突する」


「わかった」


 大地は揺れ続けた。

 強風にあおられた城の天守閣が獣のうなり声のような音を立て、境内に生えたクスノキの神木がムチのようにしなる。


「ぼくが月を止める」


 奥歯をかみしめジェットの光度を上げた。

 月が反射する光で夜空が明るくなった。

 それでも月は止まらない。


「ダーリン!」


 目から血が! とカラミルが悲鳴をあげた。

 血は光を放つ左目から流れた。

 流れるそばから強風に飛ばされ、頬が血に濡れることはない。


「脳の一部に過剰な負担がかかっています」


 義眼に宿る純粋精神体花子がいった。


「このままでは脳が破裂します」


「脳内経路を変えられる? 右目からジェットを放つんだ」


「できます。でもそうしたら右目に負担がかかってこんどは右目が破裂するかもしれません」


「それでいいよ。やろう」


「はい」


 一瞬の間を置いて右目からジェットを放った。

 視野が光におおわれなにも見えない。


「花子、ぼくの代わりに風景を見て。きみが見た視覚情報をそのままぼくにも見せて」


「はい」


 次の瞬間また風景が見えるようになった。

 目で見るのではない。

 花子が見た風景が夢の映像のように脳内にうかぶ。

 夢とちがってカラーで見える。


「三郎くん手伝うわ」


 ユイがぼくの手をにぎった。

 その瞬間自分の中に、奔流のようにドッと【力】がなだれ込むのを感じた。


「月の前進が止まったわ!」


 Aが歓声をあげた。


「バカな」


 天草四郎がうめく。


「ユイもういいよ」


 光を放ちながら彼女にいった。


「手を離して。これ以上力を使ったらきみが消滅する」


「いいのよ、それで」


 ユイはぼくの左手に指をからめた。

 ジェットの光度がまたあがった。

 ムチのようにしなっていた境内の神木が、急にしならなくなった。

 自分の頬が生あたたかい。

 目から流れる血が風に飛ばされず頬を伝っている。


(風がやんだ)


 そのときぼくは勝利を確信した。





「月が白道にもどったわ!」


 とAが叫んだ。

 白道とは月の通り道のことだ。

 今は地球から遠く離れた月が、夜空の一画で前と同じようにすずしげに青く輝いている。


「ありがとうユイ。花子もありがとう」


 ユイの手を離し、クスノキの神木に近づくと幹にてのひらを当てた。

 それからしばらくして右目からジェットを放つのをやめた。

 右目からしたたる血を指先で切って散らすと、目に視覚がもどった。


「……OK」


「なにがOKだい?」


(ジェット)を神木に移した」


 ぼくは天草四郎に告げた。


「今木のいただきから月に向かって見えない光が放たれてる。月が遠くへ行かないようここから光の網でつないでいるんだ。月が完全に安定したら自動的に光も消える」


「すごい」


 天草四郎は乾いた音の拍手をした。


「こわすことは簡単だ。バカにもできる。いちばんむずかしいのは守ることだ。きみはそれをやった。早川三郎、きみは本物のヒーローだ」


「三郎、あなたの右目……」


「大丈夫」


 ぼくはAに左目でウィンクしてみせた。


「ちゃんと見えるよ」


「三郎くん、血だらけ」


 ユイはぼくの頬を撫でた。

 目や鼻から流れる血が女の子の細い指を濡らした。

 ユイは泣いていた。


「平気。英雄はきみだよ」


 ぼくは彼女から離れると天草四郎と向き合った。


「決着をつけよう、サルバドール」


「私はフェアネスを重んじる人間だ。傷ついた子どもと戦いたくない」


「きみの気持ちなんてどうでもいい。仇をとらせろ」


「だれの仇だい?」


「ぼくの家族」


「ほほう」


 四郎は苦笑いした。


「そういえばきみの父親早川晴彦は発狂し、兄の二郎は自殺したんだっけ?」


「あれはきみのせいだろう?」


「私のせいとは人聞きが悪い」


 四郎はおおげさに肩をすくめた。


「たしかに私はきみの父親と兄をソルダードになるよう誘った。しかし二人は誘いを断った。私の入信の誘いを断った人間はあとにも先にも二人だけだ。ただそれだけのこと、私はそれ以上なにもしていない。きみの父親が発狂したのも、兄が自殺したのも、二人が勝手にやったことだ」


「自分は無関係というのか?」


「二人とも私の誘いを断るために、生きていくのに必要な気力をすべて使い果たしてしまった。それが二人の破滅の原因だ。生きるエネルギーがゼロになったんだ。『選択を誤ると身をほろぼす』あるいは『長いものには素直に巻かれよ』それがきみの父と兄の悲劇がもたらす教訓だ。素敵じゃないか?」


「ふざけるな!」


 ぼくはジーンズの腰ポケットから短刀不知火丸を引き抜いた。


「おまえも得物をとれ!」


「そんなに私と戦いたいのか?」


「そうだ」


「なぜ? 家族への義理を果たすため?」


「ちがう」


 ぼくは目や鼻から血を流しながら、にやりと笑った。


「戦うことが好きなんだ」


「気に入った」


 四郎は闇に右手をかざした。

 次の瞬間闇が輝いた。

 空っぽだった四郎の手に、黄金の長剣がにぎられている。


草薙剣(くさなぎのつるぎ)だ。壇之浦の海底に沈んでいたこの剣をテレポーテーションですくいあげ、私の手で鍛え直した」


 四郎は右手一本で軽々と長大な剣を振った。

 すると伝説通り、シャッとすずしげな音を立てて剣の切っ先から水がほとばしった。


「きみに敬意を表してこの神器を得物に使おう。最後に聞く。なぜ私が祖父江唯にニセの記憶を植えつけたとわかった?」


「両親に暴行されたユイは最期に『破壊せよ』といった。いかにもこの世に恨みを抱いて死んでいく人間がいいそうな呪いのセリフだ。でもすぐおかしいと思った。   

 彼女かんじんなとき、いつもかならずセリフを噛むんだ。なのに噛んでない」


「ちょ、ちょっと!」


 うしろでユイが抗議の声をあげた。


「へ、へんなこといわないで!」


「ほらね? でも最初の発音がア行の言葉だと噛まない。それで気づいたんだ。彼女が最期にいったのはア行ではじまる言葉だ。つまり本当は

 『愛せよ』

 といったんだって」


「……推理なんて子どもの遊びと思っていたが、たいしたものだ。どうやってそんな力を身につけた?」


「なにもしてない。きみのような強者の武器は暴力。ぼくのような弱者の武器は推理。それだけのことだよ」


「なるほど。その弱者の武器で祖父江唯が怨霊になるのを阻止し、逆にあの子に祝福をもたらしたのか……私も祝福してくれるかい?」


「断る」


 ぼくはきっぱりいった。


「天草四郎、おまえは(はら)う」


「よかろう」


 四郎は草薙剣で闇を垂直に斬った。


「平将門や菅原道真を超える怨霊となり、この世に無限の害をなす。それが天草四郎時貞最後の願いである。わが大願祓えるものなら祓ってみよ! 少年呪術師」


 こうしてぼくと天草四郎の、最後の戦いがはじまった。


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