第80話 「愛せよ」
「あ」
空き缶、とランが空を指さした。
燃えるような夕焼け空を、一羽のカラスが飛んでいる。
「カーッ」
(カーキチ)
澄んだ鳴き声で、飛んでいるのがカーキチとわかった。
カーキチはさっきわたしがごみ箱に捨てたコーラの空き缶を両足に抱えていた。
「空き缶なんてどうするのかな?」
「巣作りに使うんじゃない?」
ランと太一がそんな会話をかわしていたら、どこかから音楽が聞こえてきた。
「あれ本城小学校のチャイムだよ。夕方五時になると鳴るんだ。きれいなメロディでしょ?」
「う、うん」
「水俣出身の村下孝蔵って歌手の『初恋』って曲だよ」
物知りなタケシくんが熱心に教えてくれる。
「そ、そう」
うつむいて足もとを見た。
夕日を浴びた地面がミカンみたいなオレンジ色に染まってる。
チャイムの音楽に耳をかたむけながら、わたしもいつかこんな歌を歌いたいと願った。
ろくにしゃべれないけど、こんな風にきれいでさびしい歌は歌える気がする。
「やべえ、今日柔道の稽古があるんだ。じゃあな」
さっと手を振り、オサムくんは公園から走り去った。
「ぼくも帰る。家庭教師がくるんだ」
「わたしはバレエのレッスン。じゃね」
太一くんとランちゃんも公園から去った。
「じゃあ」
タケシくんは名残惜しそうになんどもこっちを振り返りながら、公園から去った。
わたしと三郎くんの二人だけ公園に残った。
「さてと、ぼくも帰るけどきみは?」
「わ、わたしも……」
帰る、と絶望的な気持ちでつぶやくと、三郎くんがいった。
「じゃあいっしょに帰ろう」
「え?」
「きみの家に行こう」
「で、でも」
「いいからいいから。ぼく、きみんちでやらなきゃいけない仕事があるんだ」
「なんだてめえは!」
娘がいきなり連れてきた五歳の男の子を見て、パパはキッチンに仁王立ちになって激怒した。
「勝手に人んちにあがるんじゃねえ。とっとと帰れ」
「うるせえクソ野郎!」
「な、なんだと?」
見知らぬ子どもに罵られ、人一倍プライドが高いパパの顔色がたちまち変わった。
パパの顔は怒りで青ざめたが、三郎はまるでケロッとしている。
「て、てめえ今なんつった?」
「自分の子どもをいじめるしか能がないキチガイ野郎は生きてても世のため人のためにならないから自分のクソ食ってさっさと死ね!! っていったんだよ」
「このガキ!」
「汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ!」
三郎がちいさな手をかざすとパパの頭がパン! と風船のように破裂した。
「え? なに、え?」
ママはパパを見捨ててキッチンから逃げようとした。
「エマホー」
また三郎が手をかざすと、ママの後頭部がにぶい音立てて破裂した。
パパとママは自分が流した血と脳漿の泉に沈みこむように倒れた。
「これは現実じゃない」
三郎はわたしに背を向けていた。
あお向けに倒れたパパの手足が、堤防に捨てられた魚のしっぽのようにピクピクけいれんしてる。
「ぼくらが公園で遊んだのは事実だ。でもこの部屋で起きたことは事実じゃない。きみのパパとママは今も生きて刑務所にいる。あのとききみを公園から一人で帰らせるんじゃなかった。ごめん」
三郎はゆっくりこちらを振り向いた。
「これからもう一度、きみの人生最期の記憶を思い出してもらう。
つらいだろうけど、いい?」
「う、うん。大丈夫」
「じゃあ行こう」
三郎がうなずくと、まわりが暗くなった。
気がつくと、わたしはアパートのベランダに倒れていた。
「クー」
カーキチが悲しそうに泣きながら、傷ついたわたしの顔をはねでおおった。
「クー」
カーキチの声が引き潮のように遠のいてゆく。
わたしは生命の終わりを自覚しながら、最期につぶやいた。
「……愛せよ」
(え?)
「そうだよ」
カーキチが三郎の声でいった。
「きみは最期に『愛せよ』といったんだ。『破壊せよ』は天草四郎がきみに植えつけたニセの記憶だ」
「どうしてそんなことを?」
「ニセの記憶を植えつけてきみを怨霊にするつもりだったんだ。世の中に恨みを抱いて死んだ怨霊に。祖父江唯が圧倒的なパワーの持ち主なのは事実だから、その力を呪いに特化して三回目のカタストロフィに悪用しようとたくらんだのさ。でもそうならなかった。
きみに世の中をこわす気なんて、一ミリもなかったから」
ふと気がつくとアパートの部屋にもどっていた。
足もとを見るとパパとママの死体が消えている。
三郎は白髪頭の十歳の少年にもどり、メロンパンナちゃんのトレーナーを着た五歳のわたしも、ボーダーの長そでTシャツにミニスカートを着た十歳の自分にもどっていた。
わたしの顔を見た三郎は、無言でテーブルの手鏡をさし出した。
「なに?」
「見て」
いわれて鏡を見た。
左のこめかみにあった、大きな赤いアザがあとかたもなく消えている。
「ウソ……」
鏡を見ながら自分の顔を撫でるわたしに、三郎が問いかけた。
「呪いはとけた?」
「……うん」
鏡から顔をあげ、三郎を見た。
「とけたよ」
わたしはアザのない顔で、はじめて笑った。




